その13
階下の笑い声で目が覚めた。ベッドの中で思い切り体を伸ばし、天井を見つめる。部屋はすっかり明るくなっていて、おそらくすでに昼近い時間だろう。隣りのシルヴィアのベッドはもぬけの殻になっている。
(そうだ、セイアが来るんだった)
だが、記憶が正しければ「昼過ぎに行く」と言っていた気がする。耳を澄ませると、再び下から明るい笑い声が聞こえてきた。女性の声だ。一人はシルヴィアだろうが、もう一人は誰だろう。
着替えて降りていくと、店内のテーブル席を挟んでお茶を飲む二人の姿があった。シルヴィアの前の席に座る、背もたれに寄りかかって足を組んでいる大柄の女性を見て、アリアは思わず目を丸くした。
「シ………シンシア、様?」
「ひさしぶりー、アリア。やっと会えたね。ずいぶん大きくなったんじゃない?」
彼女――――シンシアは、アリアの姿を見ると快活に笑って、椅子から立ち上がった。女物と男物のちょうど中間のような動きやすい服を着て、姿勢が良く、パッと人目を引く姿をしている。表情豊かな大きな口元は、いつも笑っているようにきゅっと口角が上がり、ほとんどメイクもしていないのに花がある。
そして、何よりもその豊かな胸。
「……シンシア様こそ、あいかわらずでっかいですね」
「ちょっとアリア、どこ見て言ってんの?」
「いや、もちろん胸もですけど、身長も。俺も結構伸びたけど、まだ抜かせないなぁ」
アリアも、女子にしては背はそれなりに高い方だ。だが、シンシアは更に大きい。南国出身らしい浅黒い肌、ところどころ三つ編みを施した金褐色の長い髪。身体の大きな美人というのは、立っているだけで不思議な魅力と迫力がある。
「本当にお久しぶりです。お元気そうで何よりです」
居住まいを正してアリアがそう告げると、シンシアはふと目元をほころばせ、手を伸ばしてアリアの髪に触れた。
「四年ぶりだね。ラトスに聞いてたけど、ほんとに男の子みたいにしてるんだね。きれいな長い髪だったのに、こんなに短くしちゃって」
「楽ですよ。洗ってもすぐに乾くし、邪魔にもならないし」
そう言って笑ってみせると、シンシアは「そっか」と頷き、軽くアリアの肩を叩いた。
「ところでアリア、折り入ってお願いがあるんだけど」
「え、何ですか改まって」
「パンケーキ作って。あんた、確か上手だったよね」
四年ぶりに会って、何を言われるかと思えば。真面目な顔つきに、少し力が抜けた。そういえばシンシアはパンケーキが好きだった、と思い出す。決して特別な材料を使っているわけでもなければ特別な技術が必要なわけでもないのだが、当時まだ幼かったアリアが一生懸命に焼き上げた素朴な味のパンケーキを、おいしいおいしいと絶賛して食べていた記憶がある。
「うーん、まあ、作ってもいいですけど。同じ味になるか分かんないですよ?」
「いいよ、全然。私はぁー、アリアのパンケーキがぁー、食べたいぞぉー!」
「はいはい」
朝から酔っ払いみたいな人がいるなぁ、と思いつつ、キッチンに入った。適当に材料を引っ張り出し、粉をふるいながらカウンター越しに店内を眺めると、シンシアが再び椅子に座り直し、シルヴィアと楽しそうに談笑しているのが見えた。
昨年末にラトスが訪れた際にも思ったことだが、昔の知り合いと今の知り合いがここで話しているのを見ると、何だかタイムスリップでもしたような不思議な気持ちになる。




