38話 看病 1
広瀬と仲直りした次の日。
「38度……」
俺は風邪をひいていた。
原因はどう考えても一つしかない。
どうして肩だけ濡れた俺が風邪をひかないといけないんだ……どこまでもついてない。
そしてびしょ濡れになった広瀬はというと、
『もしかして風邪った?』
メッセージから分かる通り、ピンピンしている。
それよりも、
『風邪ったってなんだよ』
『いいから、教えて』
俺が学校を休んだ且つ、昨日あんなことがあった後だから広瀬は心配してくれているのだろう。
だが、もし本当のことを言ってしまえば、きっと広瀬は家まで来てしまうだろう。
そうなれば風邪が移る可能性もあるし、自分のせいで風邪をひいたと思うかもしれない。
それなら嘘をついてでも――
『早く』
『もし嘘ついたら家凸るから』
どうやら嘘はつけないらしい。でも、
『もし俺が嘘ついてたとしても分からないだろ』
『いや、分かるよ』
『どうやって?』
『こうやって』
『?』
広瀬のメッセージに疑問を抱きつつ、しばらく待っていると、
――ピンポーン。
家のインターホンが鳴らされる。
「まさか……」
急いで玄関へ向かい扉を開けると、そこには制服姿の広瀬が両手に袋を持ってインターホンの前に立っていた。
「早く入れて」
「いや、『早く入れて』って……今昼の12時だぞ? 学校は――」
「早く入れて」
「はい……」
そうしてとりあえず広瀬を家の中へ入れたのだが……
「どうして俺の部屋に?」
なぜか、広瀬を自室まで招くことになっていた。
「すごい浅野の匂いがする」
「そりゃ俺の部屋なんだし当たり前だろ」
「いい匂いではないな」
「おい、そんな真剣な表情で言うことじゃねぇだろ」
「でも、嫌いじゃないよ」
「はいはい、光栄です……ってか、『嫌いじゃない』って言われるより好きって言われる方が嬉しいわ」
「うん、好きだよ」
「っ!? そ、そうかよ」
「「…………」」
そこで少しの沈黙が流れる。
本当に広瀬は何をしに来たんだ……俺をからかうためにいちいち授業を抜け出してきたのか?
そんなふうに思っていると、
「じゃあ浅野は寝てて――ちょっとキッチン借りるね?」
「えっ、あ、あぁ」
そうして広瀬は部屋から出ていき、部屋の外から何やら袋をゴソゴソする音が……どうやらあの袋の正体は食材だったらしい。
つまり看病をしに来てくれたのか……俺がもし体調不良じゃなくてサボりで休んでたらどうしてたんだよ……。
そんなことを考えつつ、だるい体をベッドへ預ける。
まずい……普通に広瀬と会話してたけど、そういえば38度もあるんだった。
後は広瀬に任せて体を休めるとしよう。
◇◇◇
「浅野、浅野、できたよ」
聞き心地のいい声と共に目が覚める。
目を開けるとエプロン姿の広瀬。うん、最高の目覚めだ。
「いっそのこと毎朝起こしに来てくれ……」
「何言ってんの。寝ぼけてる?」
まずい、声に出ていた。とりあえず誤魔化すために部屋の机に置かれた食べ物を一瞥。
シンプルな真っ白のお粥だ。非常に有難い。
「大丈夫? 一人で食べれる?」
「さすがに大丈夫だから。ご飯くらいは――」
と、ベッドから立ち上がったところで頭がくらり。そこをなんとか広瀬に支えてもらう。
「ちょっとホントに大丈夫?」
「だ、大丈夫……だから」
正直いうとかなりしんどい。必要最低限の会話はできるが立ち上がるとなると話は別。
「もう、仕方ないな。早く座って」
「う、うん……って、何してっ」
「ほら、早く……え、えっと。あ、あーん」
前回広瀬が絶対口にしようとしなかった『あーん』が初めて解禁される。
その特別感に俺も乗っかり、
「あーん」
しようとしたのだが――
「あっつ!!」
まさかの熱さによりノックダウン。
せっかくのあーんが……。
「あっ、ごめんごめん。ちょっと待ってね――フー、フー」
またしても普段の広瀬では絶対に取らない行動。
広瀬は恥ずかしながらスプーンですくったお粥を冷ましてもう一度、
「あ、あーん」
「あーん」
今回は見事、口へとお米がダイブ。
「お、美味しい」
けれど……なんだこれ。なんかいけないことをしている気分になる。
その後俺は新たな何かが開拓されそうになりながらも、広瀬に全て食べさせてもらった。
かなり恥ずかしかったと思うのだが、風邪のせいでそれが恥ずかしさなのか、それとも熱なのかは分からなかった。




