39話 看病 2
あれから広瀬はすぐさま学校へ戻っていった……と言いたいところだが、今現在広瀬はなぜかニヤニヤしながらベッドで横たわる俺を見つめていた。
(何なんだこいつ……なんか今日はずっとテンションがおかしい)
そんなふうに思いながら、必死に視線を逸らしていると、
――ヴーヴーヴー。
ヘッドボードに置いていたスマホが連続振動。通話だ。
今、目の前に広瀬がいるということは相手が誰だかは限られてくる。
父さん……あるいは、
『アサくん!』
元気な声がスマホから漏れて、部屋に響く。
「早乙女さん!? ど、どうしたの?」
『いや、風邪だって先生から聞いたから。大丈夫?』
「うん、休めば明日には治ると思うから。心配してくれてありがとう」
『そっか。でも、今昼休憩だし急いで何か買ってこようか?』
「へ?」
思わず情けない声が漏れる。
『美波もどっか行っちゃったし……もうお昼も食べ終わったから急げば授業に間に合うと思う』
「え? いや、さすがにそこまでは……」
『ほんとに? だけど一人だと心細いんじゃ――』
「いや、気持ちは嬉しいけど本当に大丈夫だから!」
少し強めの口調で言って、広瀬に『早乙女さんに言ってないのか?』という視線を送ると、さっきまでは見つめていた広瀬がなぜか目線を逸らしていた。立場が逆転だ。
『そっか。じゃあお大事にね』
「うん、ありがとう早乙女さん」
最後にお礼を言うと電話は切れた。
必死に視線を逸らす広瀬に俺は問い詰める。
「広瀬……もしかして、お昼食べてないのか?」
「…………食べた」
「嘘つけ。ならなんで視線を逸らすんだよ」
「だ、だって……」
そんな恥ずかしがる広瀬の様子を見て、俺はどういうことか理解する。
きっと広瀬は食べる間も惜しんで、俺を心配して家まで来てくれたのだろう。
それなら今日一日中、様子がおかしかったことも合致する。
嬉しいけど、さすがにそこまでしてもらうのは気が引ける。自分にも気を遣ってほしい。
それならもう無理やりにでも、
「広瀬、もう大丈夫だから」
「つまり帰れってこと?」
「そうは言ってないだろ……まだ授業まで時間あるみたいだし、今から急げば食べる時間ぐらい残ってると思って」
「ふ~ん、つまり浅野は私と一緒にいたくないんだ」
「だから……」
「冗談だって。私に風邪が移るかもって心配してるんだよね?」
「……分かってるなら、早く――」
「はいはい。帰るから――じゃあ、またね」
「うん。今日はありがと」
最後にそう言うと、広瀬は家から出ていった。
広瀬のことだからもっと長居すると思っていたのだが、意外にも簡単に諦めてくれた。
安堵の息を漏らして、もう一度ベッドに横たわる。
先程まで騒がしかった部屋が静寂に包まれる。驚くほど静かだ。
「…………」
なんだろう……風邪のせいだろうか。寂しく感じてしまう。
何か前にもこういう経験をしたことがあるような……あれは確か中間テストの時か。あの時は広瀬から電話がかかってきたんだっけか。
――ヴーヴーヴー。
そうそう、まさしくこんなふうに……って、え? もしかしてまた早乙女さんだろうか? それとも……。
少し期待しつつ電話を取ると、
『よっ、浅野』
「って、広瀬……? どうして……」
『これだったら風邪移る心配もないでしょ?』
「まあ、確かにそうだけど……」
不覚にも広瀬の声を聞いて安心してしまう。
なぜだか分からないが広瀬の声を聞くと不思議と落ち着く。それがたとえ通話越しであっても。
『別に浅野は何も喋らなくていいから。ただ学校に着くまで通話を繋ぐだけ』
一体そんな通話に何の意味があるのか、と思ってしまうが、話していなくても通話を繋いでいるだけで同じ空間にいるような感覚になる。
ふとした時に発した独り言は相手に聞こえる。それだけで何だか一緒にいるような気持ちになれた。
「広瀬」
『ん?』
「ありがと」
『うん。せっかくだからゆっくり歩くね』
果たして何が『せっかく』なのかは分からなかったが、そう言ってもらえるだけで心が落ち着いた。
安心感により瞼が重くなり、【みなみ】という通話画面を眺めながら、ゆっくり瞼を閉じていった。
◇◇◇
「スー、スー」
『浅野?』
眠りに落ちた自室で、一人の女の子の声が響く。
『寝ちゃったか。まだ繋いでおきたいけど切るね…………おやすみ、樹』
そう言うと通話は切れ、部屋はまた静寂に包まれるのだった。




