44.閑話 炎の勇者と魔王
――――フリグスの街から離れた森の中
「……回復が遅い……時間が掛かりそうだ……」
ルカとの戦闘から離脱したウンブラは森の中のある場所で立ち止まった。
先ほどルカに切断されたため左腕の肘から先は無い。
魔人は魔物と同じく体は瘴気からできている。そのため核を破壊されない限り、例え手足を切断されたとしても復活する。
しかし、今回は勇者魔法で切断されたからだろうか、回復が遅いようである。
(ここは瘴気が濃い、少し休憩していくか……)
周囲を見回すとウンブラは無造作に近くの木の根元の座り込んだ。
(これだけの傷を負ったのは久しいな……あれは先代勇者との戦いのときか……)
それは歴史上初めて魔王の下に辿り着いた勇者、炎の勇者との戦い。
●○●○●
――――百年前、魔王城、大広間。
「くそっ……強すぎる」
一番攻撃を引き受けてきた大楯を持った戦士が膝をつく。
追撃はない。
「まだ魔王にも辿り着いてないのに……」
剣の切っ先は魔人に向けたまま勇者は肩で息をする。
人類は世界中から戦力を集め、魔族の支配地域に大規模な反攻作戦を行った。
道中の魔物、魔獣の対処にほとんどの戦力を裂き道を切り開いて、勇者パーティーをこの魔王が居るとされるこの場所に送り込んだ。
そのため、ここにいるのは炎の勇者、戦士、神官、魔法使いの四人だけである。
荒れ果てた元修道院の建物の中に入ると一人の魔人が待ち構えていた。
燕尾服のような服装でロマンスグレーの髪をした老紳士のような出で立ちの魔人、ウンブラである。
「ふむ……」
ウンブラは畳み掛ける訳でもなく満身創痍な勇者パーティーを見ている。
神官が戦士に回復の神聖術をかけるが回復が遅い。神官の顔にも隠しきれない疲労が見える。
ウンブラはまだ諦めた様子がない勇者たちを見て話しかける。
「勇者一人なら魔王様のところへ通してやっても良いぞ」
これはウンブラの気まぐれであった。
「「「!!」」」
「魔王様は人類の代表と話してみたいとおっしゃっていた。ここまで辿り着いた者はお前たちが初めてだ。勇者だけなら魔王様に会わせてやっても良いぞ」
勇者たちは戸惑いつつも魔族の言葉を反芻する。そして、目の前の魔人から目をそらさず小声で相談する。
「行け! ここは俺たちでなんとかする。勇者の力は魔族には特効だ。相手の強さに関係なく効果がある。あの魔人もお前の攻撃だけは受けようとしてなかった。行って魔王を倒してこい! ここで全滅するのは最悪だっ」
吐き出すように戦士が勇者に言う。
「分かった……戻ってくるまで耐えてくれ」
「あんまり遅いと俺たちだけで倒しちまうぞ」
そう言って魔法使いは勇者の肩を小突く。
「決まったか?」
「分かった、魔王と会う」
「そうか、それなら私の後ろの扉を進むといい、その先に魔王様はいらっしゃる」
魔族は軽く後ろに振り向き扉を示す。
「行ってくるみんな」
そう言ってウンブラの横を通り過ぎ駆け出す勇者。
おそらく勇者が抜けてしまえばあの魔人に勝つことは難しいだろう。だが魔王を倒す千載一遇のチャンス。そもそも人類は一度として魔王の姿さえ見たことがないのだから。少なくとも敵が誰なのかは知ることができる。生きて帰れればだが。
●○●○●
バンッ――――
音を立て勢いよく扉を開くとそこは礼拝堂だった。
今は魔王城と呼ばれているここは、かつて最北の修道院と呼ばれる教会施設であった。
入り口正面には所々割れた立派なステンドグラスがあり、その向こう側から満月の光が射し込んでいる。
壊れたベンチが散乱するなか少し進むと勇者は祭壇に一人の人影を認識した。
それは崩れた主神の像に腰掛け月の光に照らされながらこちらを見ていた。
「魔王……」
炎の勇者は人類で初めて魔王の存在を確認した。
見た目はかなり若い男、髪はやや長く金色で月光のようだ。
勇者が近づくと魔王が話しかけてきた。
「君が勇者かい?」
「そうだ……」
「そうか、勇者がここまでたどり着いたということは、この戦争、我らの負けか……」
「……?」
魔王の言葉に勇者は理解ができなかった。
異様な雰囲気を感じられたが戦う意思が全く感じられない。
魔王は独白のように続ける。
「我は北のわずかな領域に追いやられ、我らを殺しに来る人類とどうやったら対等になれるかを考えていた。そのために我はずっと人類の様子を見てきた。人類とは? 国とは? そして戦争とは? どうやったら終わる? そして理解した……魔族と人類は戦争状態にあると。人類同士の戦争の様子を見た。相手のテリトリーに攻め入り、王に辿り着いた方が勝つ。戦争が終わればもう殺し合いはしない。話し合いがされ、国と国の行き来も再会する。そして今、我のところまで辿り着いた。なら戦争は我の負けで終わりだ。話し合いをしよう」
「なにを訳の分からないことをっ!! まだ外で兵たちが、仲間たちが戦っているのに終わりだと!?」
「んっ? ああ、そうか」
パチッ――――
魔王が指を鳴らす。
「これで我の眷属たる魔物は戦闘を止め引いたはずだ」
「何を根拠に」
ウォオオオ――――
訝しむ勇者の耳に遠くに小さく地響きのような歓声が聞こえた。
「まさかっ、本当に? 勝ったのか?」
「ああ、終わった。この度の戦争は君たちの勝ちだ」
淡々と告げる魔王。
呆然とする勇者に魔王は尋ねる。
「さて、どうやったら戦争を終わらせることができる? 誰と話せば良い?」
「……各国の王とかだろうけど……俺にも良く分からない……一度戻って相談してもいいか? こんな事態想定してなかった」
「構わん、これで我もこんな何も無い、つまらん北の端から出ることができる。人類の国には興味深いものが沢山ある」
「分かった、魔王。戦う気は全く無いのだな?」
始めから全くと言っていい程、今まで出会った魔族と異なり戦意を感じられないが、勇者は再度確認する。
「ああ、我はさっさと戦争を終わらせたかっただけだ」
魔王はその赤みがかった目で勇者を真っ直ぐに見つめる。
「じゃあ、魔王。俺は戻って対応を決めてくる。その隙に攻めてくるなよ」
「愚問だ。そちらが攻めてこない限りこの度の戦争は終わりだ」
勇者は踵を返し来た道を戻る、急がなければ仲間の安否が心配だ。
●○●○●
「戻ったぞっ! なっっ!」
先ほど戦闘をしていた場所に戻るとそこにあったのは、血に沈み動かなくなった仲間の姿だった。
「間に合わなかった……ぐはぁ!」
仲間に駆け寄る勇者。
その後ろからウンブラの腕が勇者を刺し貫く。致命傷だ。
「なんで……魔王は対話を望んで……ぐっ……がはぁ」
何の感情も見えない眼差しで見つめるウンブラを振り返り見る勇者。
人類で初めて魔王と会った勇者はこうして命を落とした。
●○●○●
「魔王様、侵入者の片付け終わりました」
「そうか」
「勇者とは良い話ができましたか?」
「ああ、これでこの度の戦争は終わるだろう」
「そうですか」
しばらくの時が流れ、再び人類が戦力を整え魔族領に攻め入ったことでつかの間の停戦は終わりを告げた。
その間、魔王から魔物を攻め込ませることは一切無かったと補足しておく。
次回更新は5/3予定です。




