38.ある街の選択
今回から第4章に入ります。物語は折り返しです。
起承転結の”転”ということで物語が動いていきます。
引き続きよろしくお願い致します。
――――この街を訪れたのは偶然だった。
近くを通りかかったところ、街から煙が上がっているのが見えた。
気まぐれに破られていた外壁の門を潜ると、そこは喧噪と血の匂いにあふれた恐慌状態にあった。そこら中で苦悶の声と悲鳴が木霊し、親と逸れた子どもが泣いている。
街は大規模な賊軍に襲われ陥落寸前であった。人類同士の大規模な戦闘だ。
そんな阿鼻叫喚な大通りを一人の男が歩く、否、正確には男の姿をした魔人が歩く。
そんな悲劇的な光景を見ても眉一つ動かない。
直ぐ横で女性が賊に捕まり暗がりに引きずり込まれていても。その女性を助けようと手を伸ばした状態で、胸に剣を突き立てられ事切れている男性が転がっていても。彼は何も感じない。姿形は人に近いが感じるようにできていない。
「ふむ……」
魔人の男は大通りの突き当たりで立ち止まった。
そこには一人の身なりが良い男性おり、大勢の賊に囲まれ膝を付いた状態で首に剣を突きつけられていた。この街の領主であろうか。
「なんだこいつ、死にてぇのか?」
周りを囲っていた賊のうち数人が魔人の男に気づいた。幸か不幸か魔人を普通の人が目にすることは皆無と言って良い。例え目にしても数瞬後には殺されいるだろう。
賊たちもただの蛮勇な男だと判断し、剣の峰で自分の肩を叩きながら魔人の男を睨め付け囲んだ。
「…………」
シャッ――――
ブシャ――――
魔人の男が黒い輝跡を空中に残して腕を横一閃に振る。すると囲っていた賊が首が飛び、血飛沫が噴き出し、そのまま後ろに崩れ落ちた。
「「「…………」」」
一同はここに来てようやく、目の前の男がただの人でないことに気づく。
逸早く魔人であることに気づいた賊たちの中心で膝を突いている男――この街の領主は一つの賭に出た。
「助けてくれ! こいつらは殺しても食ってもかまわない! 礼もする!」
領主が叫んだ。
死ねばもろとも、半分はやけくそだ。
「ふっ……魔人の私に助けを求めるか……」
シャッ――――
ブシャーーーー
「面白い」
先ほどの再現の如く、領主を囲っていた賊立ちの首が一斉に飛んだ。
血飛沫が舞い、領主の顔を赤く血で濡らす。
ドシャッ――――
一瞬後れて賊たちが地に崩れ落ちる。
領主は賭に勝った。しかしこれは領主の苦難の始まりであった。
●○●○●
ここはアルミス帝国の北方に位置する都市、フリグス。
アルミス帝国北部は魔族領と接しており、常に散発的な戦闘が発生している。そのため帝国も北方は全土において十分に治安を維持できていないのが現状だ。そうなると魔族だけで無く、お尋ね者といったならず者たちにとって格好の逃げ場となり、実際多くの野盗などの賊が存在していた。
ある時、フリグスの領主をしていた男が度重なる不正と腐敗が露見し身分剥奪の上、追放処分を受けた。しかし男は逆恨み甚だしくも、その判断を不満に思い、賊などを丸め込んでフリグスを占領せんと攻め込んだのであった。
当然、治安の悪い地域にあるためフリグスも都市の境界は城壁で守られている。破城槌も持たない寄せ集めの賊程度、物の数ではない。
しかし、前領主の男には内通者がいた。不正に荷担し自らも甘い蜜を吸ってきた者たちである。その者たちも前領主失脚に伴い財産没収など厳罰に処され不満を抱いていた。前領主は極秘裏にそれらの者たちに今回の襲撃を持ちかけていたのであった。
内通者は気づかれないように門対し破壊工作を仕掛け、その影響で襲撃と同時に門は破壊されてしまった。
門が破壊され雪崩れ込む賊に対し、城壁を前提に守りを固めていた防衛部隊はあっけなく瓦解した。体勢を立て直す隙を与えず衛兵たちを攻め立てた賊たちは、領主館に突入し領主であるファトムを捕らえることに成功したのであった。
領主を人質に取られた兵たちは武器を捨てて投降を迫られ窮地に陥った。
――――魔人の男が現れたのはそんな時であった。
その後、街の中に入り込んだ賊立ちは、魔人の男一人によって全て殺された。
そして、血の跡を含め跡形も無く消えた。魔人の男が全て体内に取り込んだのだ。その様子は、魔人の男の手から影のような黒いもやが伸び、実体を持っているかの如く、賊たちの亡骸に食いつき消し去った。
領主は生き残った兵たちに街の治安回復を命じ、自身は魔人の男と会談の場を設けた。
領主館は荒らされていたものの、金目の物を物色するためだろう火は放たれずに済んでいた。
領主は適当に転がされていたソファーを戻し、魔人の男に席を勧めた。
「領主のファトムだ。生憎こんな状況だ、お茶は用意できないが寛いでくれ」
「お前は私が怖くないのか? 人と同じ姿をした怪物が」
楽しそうに魔人の男が領主に問いかける。
「怖くないといったら嘘になるが、同じ人であっても獣になるのは先ほどお前さんも見ただろう? 話が通じる分マシだ」
吐き捨てるようにファトムは言った。
彼は賊が殺され喰われていく様を見ている。
実際は恐怖故の震えを賢明に押し殺し、平然を装っているに過ぎない。
「ふっ、そうか。お前たち人類は魔人と分かるといつも襲いかかってきた。こうして言葉を交わす事もできるのにな」
魔人の男はソファーに深く腰掛け意味深な微笑みを浮かべている。
「君たち魔族は人類を食べるとも聞くが」
「人族も食べる、エルフ族も。むろん人類以外も食べる。人類は魔素が豊富だから効率が良い。お前たちも目的に応じて食べるものは変えるだろ?」
「ああ……」
言っていることは理解できるが、人類と動物を同列に扱う魔人の男にファトムの頬は少し引きつる。見た目は人だがどこまで行っても人類とは相容れない存在のようだ。
「どのくらいの頻度で食べる必要がある?」
「ん? 気が向いたときだが、3ヶ月に一度程度か」
「取引できないか? 先ほどの報酬の話だ。滞在中、我々は君に食べてもよい人を提供する。その代わり住民には手を出さないでほしい」
「そうか、そうか。私も人の物を勝手に食べるほど分別が無い訳ではない。食べ物があるのであればそれを食べよう」
魔人の男はペットと家畜の違い程度の意味合いで理解しているかのように言うと頷いた。
「もう一つ、助けてやった報酬として要求がある」
「……なんだ?」
ファトムは冷や汗をかきながら問う。
相手は魔人だ。金銭的な要求では無いことは確かだ。金銭的な要求であればどんなに楽な事であろうと彼は思う。
「なに、体したことは無い。この街を自由に歩けるようにしてほしい」
「食べる人を物色するためか……? それはこちらが――――」
「いや、食料はお前たちが用意するのであろう? それで問題は無い。ただ単純に人類の街に興味があるのだよ」
一瞬焦りながらファトムが問うが、魔人の男は首を振り否定した。
「分かった。ただ街に出歩く際はワシも付いていく。人類の常識には疎いであろう? 下手なトラブルはお前さんも望まんだろう」
「いいだろう。あともう一つ、この町の周囲にいる魔物は討伐するな。その代わり魔物側から攻撃する事はない」
魔人は脚を組み直しながら鷹揚に言う。
「…………分かった。危害を加えられないのであれば……通達を出そう。ただし危害を加えられたらその限りではないぞ!」
「契約成立だ。そちらが約束を違えない限り、私は約束を守ろう」
本音で言えば早く立ち去ってほしいところではあるが、一先ずは住民に危害が加えられないことが分かり安堵するファトム。魔人一人によって陥落した都市は数多ある。それだけ魔人というのは脅威なのだ。
「そういえば、始めに聞いておくべきだったか。お前さんに名前はあるのか?」
「ウンブラ。それが私の名前だ。よろしくファトム。ふふっ」
魔人のウンブラは意味深に微笑み、ファトムと握手をした。
後世でこれは、人類史上初めて魔人と行われた会談だったと言われている。
次回更新は4/12予定です。




