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【読心令嬢】  作者: 不正解
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第八話 デート後半戦


 フルーユ様が動揺している。


 そのことに気がついたのは、お昼を食べ終えてすぐのことだった。


 言わずもがな、顔には出ていない。しかしうっすらと見える紫色は、確実に彼の不安を示唆していた。


 だからと言って、どうして不安なんですかとか訊くのはキモいだろうし、デートはこのまま続行する他ない。


 故に私たちは、不安を互いに隠し合いながら、デートコースをなぞり続けたのであった。


 そうして数時間。日が半分ほど沈んだ頃。


「そろそろ帰りましょうか、いぇい…」


 無理があるのに勢いのないいぇいを陛下に向けて投げかける。色濃い紫が返ってきた。


 帰路に着く馬車に乗り込んで、考える。 


 なんでこんなことになったんだろう。私の中では目的のあるデートだったのが、最早ありふれたデートとしての役割すら果たせないような塵芥と化してしまった。言い過ぎか。


 私はどうすれば良かったのだろう。

 馬車の天井を見上げても、答えは書いてなかった。


 が、その時。


 ガタン、と仕切りの開く音がした。運転手と我々を仕切る戸である。


 顔を出した騎手さんは、にっこりと微笑んで言った。


「陛下はご存知かと思われますが、ここを左に曲がると、夕陽のよく見える丘があります。立ち寄ってみてはいかがでしょうか」


──────────────────── 


 道無き道とはこの事だと思った。


 雑木をかき分けて、大股で進む。

 おおよそ公爵令嬢と一国の王がやることではない。


 しかしその光に照らされれば、不満は面影すら残さず溶けていく。

 丘に出て初めて、そう思えるほどのものだった。


 夕陽。


 もちろん綺麗であることは知っていたし、普通に生きていればほぼ毎日目にする。

 そうしてそのありがたみは、一日一滴水を垂らすように、だんだんと薄れていくもので。


 そうありながら、しかし。

 私が見てきたものは。

 本物のそれでは、なかったとすら思えた。


 目に残って一生落ちなさそうなくらい濃厚な、それでいて優しく咲うようなオレンジが、空を底まで染め上げる。


 溢れ出たそれは帳を下ろすように、国を優しく包んでいた。


「きれい……」


 思わず零れた声に、息を飲むことすら叶わない。ただ目を見開き、焼き付けることしかできなかった。


「そう言ってくれてよかった」

 

 陛下が言った。話はそのまま続く。


「今日は一日、様子がおかしかったから。久しぶりに元のピノ嬢を見られた気がしてうれしい」


 様子がおかしかった。

 その一節に心臓が跳ねるのを自覚した。


「今日は無理に楽しんでるように見えて、途中からずっと不安だった。もしかして実際、そうだったのかな」


 その一言で、夕陽の満たす景色に紫色が射し込む。

 それを慌てて否定した。


「違う、違います! そのなんか、楽しかったんですけど、こうなんかフルーユ様にそれをこう伝えたかったというかなんというか、この間の…ほら、答え……ゴニョゴニョ……」


 ゴニョゴニョだった。

 なんなら全編通してゴニョゴニョだった。


 しかし陛下は、私の想定を遥かに超えるほどの気遣い上手だった。


「もしかして、俺の『君はどう思ってるのか聞かせてくれないか』という問いかけに対して応じようとしてくれていたのか」


 驚くべきことである。

 私の意思は、その言葉に一滴残らず汲み取られてしまったのだ。


 フルーユ様はこちらをじっと見つめている。まずい、直視できない。というか何か言わなければ。


「……あ、えっとその…そうです」


 月並みなんてものではなかった。するとそれを覆い隠すように、言葉がするすると零れ落ちてきた。


「あの、私…人の心が読めて……」

 

 あれ。あれ何言ってんだ私。


「その、フルーユ様がああやって訊いてくれたことが、すごく嬉しくて。でもあの時、フルーユ様が私を真摯に愛そうとしてくれてるのに気づいて、この婚約をひねくれて捉えていた自分の愚かさが嫌になったんです。だからこうやって、デ、デートに誘って、楽しい感じを前面に出そうとしたんですけど……なんか上手くいかなかったな……あはは」


 どんどんと溢れ流れていく。その根源が、話していくうちに段々と輪郭を帯びていく。


「だから、でも、その、」


 伝われ。


「私、」


 言うんだ。


「私も……あなたのような人と結婚できて、すごく幸せです」


 ………………。


 初めから、こう言えば良かった。


 気がかりが溶けていく。涙腺から溢れてくる。

 夕景色が、大きく揺らいでいる。


 顔を覆い隠そうとした瞬間───それより先に、視界が黒く染まり上がった。


 黒には良い思い出が無い。脳の裏から、かつての婚約者の声が聞こえる。

 フルーユ様が、私に興味を失った? 今?


 不安が私を飲み込もうとした時。


 その黒は、これまでの黒を大きく塗り替えた。


「……フルーユ様?」


 遅れて気がついたのだ。


 抱きしめられているということに。


「…………」


 思えば、まさにそうだった。

 頭と背中に、屈強な腕の感触を覚える。

 肌を通して、全身に暖かさを覚える。


 そして耳元に、高鳴る鼓動を覚える。


「ありがとう」


 フルーユ様の声が、肉体を直接震わせた。


 しばらくの抱擁を経て、彼は離れた。


 開けた視界の向こうには、相変わらず無表情の彼がいる。けれどその周囲には、溢れんばかりの愛が視られた。


 きっと、私も同じだ。


「……こちらこそ」 

 

 私は笑う。


 細くなった目の端から、涙が一粒落ちていく。

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