第六話 ひねくれ者
手を離すまで、数秒かからなかった。
フルーユ様の暖かい手から放たれ、代わりに夕暮れの風が熱を冷ましていく。
おもむろにだらんと垂れ下がるそれは、私の放心を意味していた。
「……すまない、突然すぎた…ました」
とってつけたような敬語は、まるで私との壁を示しているようで。
何か私からの答えをまだ期待しているような、そんな寂しさを含んでいた。
オレンジ色が、彼を中心に収束していく。消える前に目を逸らした。
その後無言のまま帰り、無言のまま夕食をとり、おやすみなさいと声をかけてから自室(執事さんに案内してもらった)に入る。
ベッドに身体を放り投げ、眠りについた。
次の日も、状況は変わらなかった。
会話は必要最低限に留まり、目を合わせることもないまま一日が終わる。
結婚式もまだ挙げてないのに、冷めきった熟年夫婦みたいだった。
そしてベッドに身体を放り投げ、眠りに。
つく前に、少し考えた。
君はどう思ってるのか、聞かせてくれないか。
天井を見ながら、彼の言葉を反芻した。ただ夕暮れの風に消えた、儚くも確固たるそれを。
どう思っているだろう。いやそもそも、私はこの婚約に思うことなんてあったのだろうか。
初めから、自分が幸せになるための結婚じゃなかった。両親を安心させるため、というのは前々から最優先で意識している。
対して彼はどうだろう。
あの一連の行動は、私を愛し、私の幸せを考えてくれていることの、表れだと言えるんじゃなかろうか。
いきなり泣き出す私に、気持ち悪いとも疲れるとも言わず。
優しい、と言ってくれた彼の懐の広さ。
能力が無くたって分かる。彼は心の底から深く、本当の本当に、私を愛したいと強く願っているのだ。
考えれば考えるほど、胸の奥がズキズキと痛む。
私はなんてやつなのだろう。
身近にこんなにも私を想ってくれてる人がいるのに、やれ元婚約者の言葉がなんだとか、私の幸せより両親の幸せとか、ひねくれ者にも程があるだろう。
ああそうか、すっかり忘れてた。
乗り越えるつもりだったのに、いつの間にか後回しにしていたことを思い出す。
私はまだ、失恋に囚われていたのだった。
昨日の問いかけに、彼の気持ちに、こたえたい。
そのためにまずやるべきは。
ベッドを飛び降りる。扉を開ける。廊下を、一目散に疾走する。
向かう先は、もちろん。
「フルーユ様!」
ガシャン、と陛下の部屋のドアを開ける。いやまずノックしろよと後から自分にツッコミを入れる。
「ピ、ピノ嬢? どうしたのです…」
「ッェト!」
自分でもなんて言ったのか分からなかった。ただそれが、身体の奥底から湧き上がってくる思いそのものなのは確かだった。
今度は慎重に、それを掬い上げる。そしてドロドロと粘りつく自制心を手で払い落とし、その正体を、志に形作られた言葉を、ゆっくりと彼に差し出した。
「……デート、しましょう。明後日とかに」
私の結婚は、この一歩から始まる。
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第七話以降は明日投稿します。