第86話「国境まであと少し」
翌朝、エミリーさんとゲンジさん、ルイさんで朝食。
朝食はこの4人で固定化されてきたよ。
「ノノ様、ふと気になったんですが、剣術の鍛錬は、なされんのですか……」
「ゲンジ、急にどうしたの?」
エミリーさんが早速反応した。まあ、確かにこの旅に出てから剣術の鍛錬はやってないね。
……町に居るときは、少しだけやってたんだけど、ここは人目もあるから。
「確かにやってないですね。今の立場が司祭ですから、朝から鍛錬とかしてたらおかしいでしょう?」
「……確かにそうですな。司祭様であることを失念しておりました」
そう言って、ゲンジさんは頭を掻きながら、食事をしている。
「ノノ、普段はどんな生活してたの?」
バリボリと沢庵を食べながら、エミリーさんが聞いた来た。
「あ、それは気になりますね。私も同じようなことをするのかも知れませんし?」
ルイさんも気になるようだ。
「あ、ルイさんは剣術はしないよ。その細腕で剣とか触ったこともないでしょう?」
パッと見て分かるほどに、ルイさんはホッとしている。
「話を元に戻せばですが、家に居るときは、朝は剣術の鍛錬、昼からは魔法の研究って感じでしたね」
体を動かすのは嫌いではないので、家に居るときはキッチリ鍛錬をする。そうしないと体が鈍るからね。
「あ、でも、寝る前に何かやってますよね。こう、杖を構えて、棒術?ですか。30分ぐらい振り回してますよね?」
ルイさん、起きてたのね。
「聖職者といえど、メイスとか錫杖を振るう人がいるでしょう。聖職者が持つ武器として、何故か認められているし。なので目立たぬように寝る前にちょっとだけ、ね」
ゲンジさんとエミリーさんが、こっちを見ている。
「ノノ、使えない武器は?」
横のゲンジさんも興味ありげに頷いている。
「あまり長い武器は取り回しが難しいので苦手ですね。武器を使って戦うことはあまり考えてないから、別に良いんですけど」
「え、でも、あなた一番最初に出会ったときは、その杖でゴブリンを撲殺してたよね?」
ぼ、撲殺かぁ、確かにそうだったけどね。撲殺……。
「時と場合によりますよ。あの時は、まさかこんなことになるとは思っていませんでしたからね。ちょっとお手伝いをして、便宜をはかって貰えたらいいなぁぐらいでしたし。エミリーさんもこの状況は想定外でしょう?」
「確かにね。……オーガスチンとオークが悪いとも思うけど、本当のところはノノがその服でやって来たのが原因だからね」
エミリーさんはそう言って苦笑いをする。
「某からすれば、幸運としか言い様がないですな。おかげで怪我や死ぬ確率が、グッと減りましたからな」
ゲンジさんが、そう言って会話に入ってきた。
「私なんて、もっと幸運でしたよ。全くの役立たずでしたから」
ルイさんはしみじみとそう言う。
……何だ、この流れ。
「エミリーさん、そろそろ出発みたいですよ」
この変な流れは断ち切っとこう。
「ん? あら、ほんとだ。ノノ、悪いけど、後片付けはお願いね。ゲンジは持ち場に戻って。私は商隊長のところへ行くわ」
「それでは、ノノ様、ごちそうさまでした」
そう言って、ゲンジさんは持ち場に戻って行った。
「じゃ、私も行くわね。ノノ、いつもありがとう。そして、ごちそうさま」
エミリーさんは商隊長の居る方へ向かって行く。
「じゃ、パパッと片すよ。<<ウオッシュ>>」
後は鞄に片付けてっと。
「……ノノ様、お手伝いする間もなかったです」
ルイさんが控えめに言う。
「今はいいよ。そのうち嫌でもやって貰うことになるから」
そう、たくさん魔法を使うことで、自分の魔力がどういったものかを覚えて貰う。その先は、何になりたいか次第かな。このまま司祭を目指してもいいし、魔法使いを目指してもいい。うちに居ると魔導師にってことも無くは無いけど、こればっかりは本人次第だからね。
そっとルイさんの方を見ると渡した白の魔導書を読んでいる。真面目さんなのは評価としては高いし、魔力量も多いから、ちゃんと伸ばせれば、と思う。
「ノノ、何やら力が入っているようだけど、何かあったの?」
ん? エミリーさん?! なんと、もう戻ってきたよ!
「エミリーさん、早くないですか?」
「今は話すことは殆ど無いから。今日だって、どこまでを目指すか、だけだったしね」
確かに殺風景な場所だし、魔物も何も出ないもんね。
「で、今日は休憩は入れるんですか?」
「いいえ、今日も日が暮れるちょっと前まで進むそうよ。商隊長の読みだと明日の昼頃には国境に着くだろうって。そこで検問を受けて、そのまま野営して、国境から最も近い町まで行くと言っていたわ」
「結構早いですね。もうちょっと掛かるかと思ってました」
ルイさんも話に加わってきた。
「警戒する必要もないから、サクサク進んでるからね。乗合馬車だけならもうとっくに着いてるわよ。本当なら乗合馬車だけ先に行ってもいいんだろうけど、そう言い出さないのは、この荒野を越えた先に不安があるからよ」
ほう、不安、不安ねえ……。
「エミリーさん、不安って何ですか?」
「ルイさん、あなたの国の今の状況が分からないからよ」
「え、魔王軍が居るのは王都を挟んだ国境のほぼ真反対側ですよ?」
「それでもよ。それでもキチンとした情報は何一つ無いから、不安なのよ」
ルイさんはやや怪訝な顔をしている。
「ルイさんは自分の国だからある程度、安全かどうかの判断ができるんでしょうけど、乗合馬車の人たちは全員が全員、そうじゃないからね。国境を越えた辺りからは盗賊も出てくるのよ。商隊と一緒ならどうということは無いでしょうけど……」
そうでしょうね。今は良くても、この先もそうとは限らないものね。
「さて、そろそろ出るみたいだから、ルイさんは荷台へ。ノノは騎乗して頂戴」
商隊の前の方が出発しているから、すぐだね。
「ノノ、昨日の魔法のことだけど、あれってもっと効率化できるんじゃないの?」
エミリーさんが近づいてきたかと思ったら、昨日の魔法を効率化出来るんじゃないかと。
「まあ、その余地はあると思いますよ。もっと魔力の効率化と呪文も簡易なものに出ると思いますね。私はその必要性がないので、勿論、多少は効率化してますが、ほぼ思いついたときのまま使ってますね」
普段使いする魔法はそれなりにあるけど、自分で思いついたものは手抜き系が多いから、パッと使うだけということもあって、効率化とかは突き詰めてはいない。
「あ、やっぱりそうなんだ」
何と、シンシアさんとレミさんも来た。
「シンシアさんとレミさんもこっちに来たのですか」
「ここら辺で何かあることも無いですしね。それならノノ様のところに居た方が良いかなとレミさんと相談してこっちに来たんですが、そしたら、丁度、エミリーさんが昨日の魔法のことを話していたので、聞き耳を立ててました」
レミさんはそこまで無いような顔をしてるけど、シンシアさんはそうでは無いね。
「ノノ、シンシアは魔法に関しては、結構、研究肌なのよ。まあ、これまでは自属性を深掘りしててみたいだけど、ノノのせい、いや影響で他属性の魔法にも目を向け始めたみたいなのよ」
「……今、私のせいって言いましたよね」
ジト目でエミリーさんを見る。
「魔法に対する考え方が私たちの知ってる範疇外だったからね。それをいとも容易く実践してるから疑いようも無い。何が違うかというと、確かにノノの考え方は理解できたよ。でも、そう、頭では何となく分かっていてもそれでも自分が出来るかというと、出来ないのよ」
ふうむ。それは何故なんだろう?
「理解は出来るけど、出来ない?」
「そう。今まで教えられてきたこととは全く違うとは言わないけど、かなり違うからね。話だけだと現実味が無いのよ。複合魔法という範疇でなら分かるんだけど、そうじゃないと言われてもね。そんな状況で、試しにやっても常識が邪魔して、上手くいかない。でも、それをノノに間接的に手伝って貰ったとはいえ、成功した。これが大きいね」
なるほど。実践してもこれまでの常識が邪魔して上手くいかない。けど、私の助力があれば、成功した。ふうむ。
「ノノ様、昨日の魔法ですが、あの後、何とか納得できるぐらいには使えるようになったのですが、イメージ重視で構築し直すことが可能ですよね?」
お、シンシアさん、何かに気付いたのか?
「2属性の複合魔法という考えを捨てると、もっと効率の良いものになるんじゃないかと思うんです。でも、これって勝手にあれこれしてもいいものなのでしょうか?」
あー、これまでやったことがないことだから、不安なのかな?
「禁忌に触れるとかは無いですよ。元々、属性不明な魔法も結構あるでしょう?」
「あ、言われてみれば」
「「確かに」」
ハモってる人もいる。ちなみにどっち着かずは両方の魔導書に載ってたりする。
「シンシアさんがイメージを固めることが出来て、魔法として使えるようになれば、それは一つの新しい魔法になりますよ」
イメージの力! 魔法は想像力。魔法は、ね。
「ノノ様でも出来るんじゃないですか?」
「それについては、否定はしませんけど、この魔法にはそこまで効率を考えてないので、やってないのです。便利は便利なんで、この魔法を使えばそれで良いという考えになるとですね、ちょっと問題が。実は、私、お風呂が好きなんですよ。あの魔法、突き詰めていくと、お風呂が要らなくなるんで、それはちょっとねーって。そんな理由で、突き詰めないようにしてるんです」
必要性は認めるけど、それはそれ。
……何か、残念なものを見るような視線があるぞ!
「ノノ様の考えは分かりました。今回の護衛任務が終わったら、私なりに何とか効率的に使える魔法にして見せます!」
「ほどほどにね」
シンシアさんのやる気はどこから生まれてくるのか。謎だなぁー。
「レミ、シンシアの監視を強めておきなさい。何が起こっても大丈夫なようにね」
え、エミリーさんがレミさんにシンシアさんを監視するように言ってるけど、何で?
「ノノ、その疑問のまなざしに関しては、さっきも話したと思うけど、魔法の研究が好きで深掘りするのはいいんだけど、しすぎるのよ。周りが見えなくなるほどにね。それで水魔法でやらかしたことがあるの。今回はその時と雰囲気が似てるので、注意が必要かなとね。どこぞのエルダーなリッチまでは無いけど、ちょっとね」
シンシアさん、普通の魔法使いでは無かったのかい!
「それにしても、ノノ様が居ると直ぐに魔法談義になりますね」
「シンシア、そこは仕方が無いよ。私たちが普段疑問に思ってることを分かりやすく教えて貰えるから」
レミさんがシンシアさんに。エミリーさんは横で頷いている。
「それに『今しかその機会は無い!』とも思ってるからでしょう」
エミリーさんが付け加えてきた。
「しかも、無料。そこまで教えてくださるのは何故? という疑問さえ浮かびますね」
「ノノ、これまでもこういったことはやっていたの?」
ん、今まで?
「今までですか?」
「そうそう」
んー、なくは無いけど、ここまで長いのは無いかな。
「そうですね、全くないということは無いですけど、ここまでのは無いですね。大抵の魔法使いの方達は、それなりにプライドが高いので、私のような見た目の女の子に教えてもらうというにの抵抗があるのか、軽い話で終わっちゃいますね」
みんな納得顔で頷いている。……ルイさんも頷いてる。てか、話聞いてたんだ。ずっと白の魔導書を読んでたから、こっちの話は聞いてないと思ってたよ。
「ノノの場合、見た目で損してるのか、得してるのか分かんないんだよね。大体が14~16歳ぐらいにしか見えないし、エルフというには耳がそれっぽく無いし」
耳はどうしようも無いね。
「ああ、そうですよね。エルフの耳って、ハーフエルフもですが、もうちょっと横に出て尖ってますもんね。あれってなんでああなってるんでしょうね?」
エルフ耳か。精霊の声をよく聴くためとか言われてた気がするけど、どうなんだろう?
「ノノ、確か精霊の声をよく聴くためと聞いたことがあるんだけど、そうなの?」
「さぁ?」
「「「さぁ?」」」
「知らないんですよ。皆さんが知ってる伝承と同じとしか。実際のところ、精霊の声を聴いてるエルフに会ったことは無いですが、古老とか呼ばれるエルフは聴けると聞いたことがあるぐらいで、ホントかどうかは分かりません。興味も無かったですし」
精霊王とかに聞けば分かるのかな?
「興味が無いかー」
「ええ、全くないです。私ことというか、ハーフエルフを半端者としか思ってない連中ですし、出来るだけ関わり合いたくない相手ですね」
「そこまでかー」
「ええ、そこまでです。特にフォルス王国のエルフ共は」
あいつら母様にはかなり下手に出るのに、私のことは見下してくるからね。あー、思い出したくも無い。
「ノノ様、顔が邪悪になってますよ」
……ルイさん、こういう時は話に入ってくる。聞き耳を立てているのかな?
「他の国のエルフは?」
「こうやって旅に出てる時は、身元を明かしたことがないので分からないです。普通に若い女の子で通してますから、向こうからちょっかいを掛けられることも無いですし、魔法も極力使わないことにしてますから、絡む要素も無いですね」
無理に絡む必要も無いし、関わり合わなければお互い幸せだ。
「関わり合わなければ、無害か。そりゃそうね」
「それにしても、本当に何も起こらないですね」
……この話は終わらせよう、何の得もないし。
「ところで、エミリーさん、そろそろ昼食時ですよ?」
「え、あ、そうね。確かにそろそろ昼飯時か」
「予定では休憩無しで進むんですよね?」
「そうよ。昨日と同じで、昼は干し肉を配ってあるわ」
そう言って、エミリーさんが干し肉を取り出す。
確かに配ってるようで、言われてからシンシアさんとレミさんも干し肉を出してきた。
「はい、ルイさん。私たちのお昼は昨日と同じおにぎりですよ」
そう言って、ルイさんにおにぎりを渡す。
遠くから視線を感じるが、これはゲンジさんだな。
「ノノは器用よね。昨日も言ったけど、その無駄な魔力の使い方。私ももっと魔力が欲しいわ」
エミリーさんはそう言いながら干し肉を囓ってる。
「この分だと、本当に明日の昼頃には国境に着きそうね。……さぁ、一端持ち場に戻ろうか」
エミリーさんがシンシアさんとレミさんにそう言って、離れていった。シンシアさんとレミさんも名残惜しそうに、持ち場に戻って行った。
「賑やかでしたね」
「若い女子が集まったのだから、仕方ない」
「そーいうものですか?」
「そーいうものです」
ルイさんと他愛も無い話をしながら、おにぎりを食べた。
その後は何事も無く、夕方が近づいてきた。
「そろそろ野営の準備になりそうな感じですか?」
エミリーさんが近づいてきたので、確認してみる。
「あと小一時間ほど進んで野営に入るそうよ」
「今日はもう少し先まで進む、ということですね」
「明日には国境を超えた先にある町まで進みたいと思い直したみたいなのよ」
「国境を越えた先の町まで、ですか。それはまた何故?」
ちょっと急ぎすぎな気もする。
「国境を越えた辺りから、現在進行形で野盗が出てるみたいなのよ。タンドラ王国内がちょっと混乱してるから、その隙を突かれてるみたいね。もっとも、本当に野盗なのか、怪しいけどね」
野盗かぁー。
おや? エミリーさんが怪しんでるけど、何故?
「何か怪しい点があるんですか?」
「国境付近はいろいろあるからね。傭兵崩れとかだと面倒くさいなと」
ああ、そっちか。
そんな話をしていると、グラインさんがやって来た。
「エミリー、野営の際に打ち合わせがしたいと連絡が来たぞ」
「え、私、今し方まで、向こうに居たのに」
「知らんよ。兎に角、あと少し行って野営に入るから、その時に打ち合わせがしたいと。伝えたからな」
そう言って、持ち場に戻って行った。
「何か、慌ただしくなってきました?」
エミリーさんは両肩をすくめて、不満げだ。
「まあ、しょうがないか。ノノ、またあとで」
エミリーさんも持ち場に戻って行った。
「ノノ様、どうなるんでしょう?」
ルイさんが白の魔導書を見るのを止めて、こっちを見てきた。
「どうにもならないわよ。こちらで野盗をコントロールできるわけでも無いしね」
「確かにそうですが……」
「それにこの規模の商隊を襲うような野盗はそんなには居ないわよ。……それでも襲ってくるようなら、傭兵崩れの可能性もあるなと思ったのよ」
この規模を襲う野盗なら、傭兵崩れの可能性が高いか。
「傭兵崩れだと、不味いんですか?」
「普通の野盗と違って、組織だった動きをするからね。より注意深い行動を求められることになる。まあ、私たちは商隊の方針次第だから、そのうちエミリーさんから何らかの話があるわよ」
面倒だなとは思うけど、その程度。この人数なら襲って来ないと思うけどね。
誤字・脱字は見つけ次第、修正しています。
ノノの耳は、映画の指輪物語ぐらいを想定しています。




