二宮浩太郎からの挑戦状 最後の問題
取り調べが終わったところで、警察は弓弦を一旦帰宅させることにした。タクシーを呼んで彼女を家に送らせると、科学捜査研究所では銃弾の線状痕の検査が行われた。
結果が出るまでの間、暇を持て余していた千尋は昼間に行ったバッティングセンターへ行き、携帯に報告が来るのを待ちながらバットを振り回していた。
「ちぇっ、ぜんぜん当たんないなあ」
「肩に力が入りすぎなんだよ。もっと力抜いてやらないと」
何度やってもバットがボールに当たりさえしない千尋に、後ろのネット越しのベンチに座っている二宮が注文をつけた。
「じゃあニノがやってみてよ」
「そんな気分じゃない」
弓弦が帰ってからというものの、二宮はずっとなにか考え事をしているようだった。
「安土さんのこと?」
「……なんだか釈然としないんだよ」
「そんなこといったって、証拠とか全部出揃ってるからねえ。それに、いまさら全部ひっくり返っちゃうようなことが起こるとも思えないし」
そういいながら、千尋はまたもやバットを空振りした。
「んもう、どうやったら当たるのかなあ、これ」
「うじうじいってないでもっとリラックスして、顎引いて、脇閉めて、肩の力を抜いて」
そう指示してくる二宮の言葉を聞きながら、千尋は彼のいう通りにポーズを変え、次のボールがマシンから飛んできた瞬間、彼女は思いっきりバットを振り回した。その時だった。
「うぎゃああっ」
千尋はそう叫ぶとバットを落として膝から崩れ落ち、地面に倒れてしまった。
「何やってるのさ」
「か、肩の関節が外れた」
うずくまりながら震える声でそういう千尋に二宮は呆れながら、ベンチから立ち上がってネットのなかに入り倒れる彼女の横にしゃがんだ。
「きゅ、救急車を呼んで」
「大袈裟だよ。いま係の人を呼んでくるから……」
そこまでいったとき、二宮はなにか思いついたような表情を浮かべ、すくっとその場から立ち上がるとそのままネットの外へと去った。
「あっ、ちょっ、ニノ、救急車を!」
そう叫ぶ千尋を無視した二宮が向かったのは警察署だった。
「わざわざ無理をいってすいません」
警察署の廊下で、二宮は弓弦たちの取り調べにあたった藤野愛美にそういった。彼女は二宮の頼みで彼を署のとある一室へ案内していた。
「いいのいいの、二宮くんにはいつも千尋が世話になってるからさ。はい、この部屋」
愛美が二宮に案内したのは取調室だった。「どうも」といって二宮が部屋に入ると、そこには奏の姿があった。
「お疲れのところすいません」
部屋に入ると自分に向かってそういってきた二宮に対して、奏は警戒心を剥き出しにした。
「何の用だよ」
「ええと、少し安土さんに伺いたいことがございまして」
「おまえに話すことなんかない」
「大したことじゃありません。すぐ終わりますから」
「……早くいえよ」
いったいどんな質問が来るのかと奏は身構えた。しかし二宮から飛んできた質問は、なんとも予想外なものだった。
「姐さんが毎朝やっている筋トレのメニューはご存知でしょうか」
「はあ?」
「知っていたら教えて欲しいのですが」
「そりゃ、知ってるけど……」
「お願いします」
「……腹筋、マットで柔軟体操、ランニングマシン、懸垂、エアロバイク」
「懸垂はあのぶら下がるやつで?」
「そうだけど」
「毎朝その順番でやっているんですか」
「ああ」
「省略したりとかはしませんか」
「しないよ。というか、なんでこんなこと教えなきゃないんないんだよ」
奏がそういうと、二宮は「ううん」と唸った。
「こんなことが、事件解決のために必要だからです」
どうもありがとうございました、といって二宮は奏に軽く頭を下げると、呆然とする彼女を横目にそのまま取調室から出ていってしまった。