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しばしのお別れ 〜二宮浩太郎の独断推理ノート特別編〜  作者: スズキ
特別編 「しばしのお別れ」 VS女組長/北白川弓弦
13/14

解決編・しばしのお別れ



 屋敷に戻った弓弦が書斎でひとり、物憂げに机に向かっていると外から誰かが部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「誰だ」


「二宮です。お邪魔してもよろしいでしょうか」


「……どうぞ」


 弓弦が気の抜けたような返事をすると、「どうも」と二宮が紙袋を手に持って部屋に入ってきた。


「夜遅くに突然押しかけてすいません」


「いや、いいんだ……それで何の用だ」


「はい、姐さんにお返ししたいものがございまして」


 そういって二宮は手に持っていた紙袋から、ひとつの大きな冊子のようなものを取り出した。


「それは?」


「姐さんからお借りしていたファイルです。ほら、森田さんの情報が欲しいってことで借りた」


「ああ、あの……」


 そういえばそんなこともあったなと、弓弦は今朝のことがまるで大昔のように感じた。


「それを返すためにわざわざ?」


「はい。いやあ、これ、けっこう重いんでびっくりしました」


 そういって二宮はファイルを両手で持って弓弦の前に差し出した。


「……机の上に置いといてくれ」


「判りました。しかし本当に重いなあ、これ」


 二宮が机の上にファイルを置いたとき、ずしんと重々しい音がした。


「これを渡すためにわざわざ来たのか」


「いえ、ちょっと姐さんに一緒に来て欲しいところがあるんです」


「来て欲しいところ?」


「表にタクシーを呼んだのでそれで行きましょう。構いませんか?」


「……別にいいけど」


 二宮に押されるがまま、屋敷の前に停まっていたタクシーに乗った弓弦が向かったのはバッティングセンターだった。夜遅くということもあって、この場にいるのは弓弦と二宮だけのようだった。


「ここは……」


「安土さんからお聞きしました。ここは姐さんと安土さんが初めて会った時に来た場所だと」


「ずいぶん昔の話だよ」


 いったい何年前のことだっただろうか。ちょうど出先で中年男に絡まれている奏の姿をみかけた弓弦は奏を助けて、このバッティングセンターで彼女の相談に乗ったのだ。それ以来、奏は自分についてくるようになったのである。


「だけど、どうしてここに来させたんだ」


「ちょっとストレスの発散をしようと思いまして。姐さんもお疲れでしょうから、一緒にやりませんか」


「……いいよ、後ろで眺めてるから」


 そういって弓弦は通路にあるベンチに座った。


 二宮はネットのなかに入るとコインの投入機に小銭を入れて、近くにあった金属バットを手にとって構えた。


「先ほど科研から報告が来たんです。犯行に使われた銃弾の線状痕と、安土さんが署に持ってきた拳銃の線状痕がぴったり一致したそうです」


 バットを振り回しながら、二宮は後ろにいる弓弦にいった。


「あっ、そもそも線状痕って知ってましたか。銃を撃つ時に、銃の筒の部分に入ってる溝が銃弾に傷をつけて、同じ拳銃ならまったく同じ傷になるという……」


「知ってるよ。この世界じゃ常識だからな」


「そうですか、僕は刑事ドラマで知りました」


 そういって二宮は人懐っこく笑った。


「とにかく、これで安土さんの提出した拳銃が森田さんの殺害に使われた凶器であると確定したわけです」


 それに対して弓弦は黙ったまま、なにも返さなかった。


 二宮は飛んできたボールを狙ってバットを振った。しかしボールはバットにほんの少しかすっただけで、そのまま地面に落ちてごろごろと転がっていってしまった。その後も何度か打ち返そうと試みるも、すべて空振りかゴロかのどちらかだった。


「いやあ、難しいなあ。ぜんぜん当たらない」


 二宮はそういうと、後ろにいる弓弦のほうを向いた。


「そうだ、姐さん。ちょっとお手本見せてください」


「……どうして?」


「参考にしたいんです。お願いします」


 二宮は手招きをして、弓弦をネットのなかに呼び寄せた。


「はい、ではこれを」


 二宮は持っていた金属バットを弓弦に手渡した。そして弓弦は二宮を一瞥して渡されたバットを両手で握り、構えようとした。 


 だが腕が肩の辺りまであがったとき、弓弦はそこでぴたりと動きを止めた。そしてそのままゆっくりとバットを地面に向けて下ろしてしまったのだった。


「……これが確かめたかったんです」


 一連の光景をみていた二宮がいった。


「姐さん。今日のお昼に姐さんが自宅で筋トレをしていたとき、あなたはあのぶら下がり健康器で懸垂をしませんでした」


「……そんな日もある」


「しかしあの時僕はこう頼みました、大川さんにお手本をみせて欲しいと。しかしあなたは話をうやむやにしてそのままトレーニングを終わらせてしまいました。そしてもうひとつ」


 二宮は人差し指をぴんと上に立てた。


「あなたはあの、個人情報が載ったファイルをご自身で一度も手に取ろうとしませんでした。僕たちに渡すときは安土さんに持たせ、そしてさっきご自宅でお返ししたときも自分の手で受け取ろうとしませんでした」


「何が言いたいんだ」


 いや、本当は判っているのだ。なぜ二宮がこのことを執拗に指摘してくるのか──


「姐さん。あなたは肩を壊しているんです」


 二宮が弓弦を指さしていった。


「ファイルを持てなかったのは、重いものを持つことができなかったから。懸垂をすることができなかったのは、腕を肩より高くあげることができなかったから。バットを構えることが出来ないのは、腕をあげることが出来ないのとバットを振り回すことができなかったから。違いますか」


 確かに弓弦はこの一日、ずっと肩を痛めていた。そのお陰で重いものが持てず、肩より高く腕をあげることが出来なくなっていた。もしそんなことをしようものなら、言葉にならないほどの激痛が襲ってくる。


「だからなんだよ」


 弓弦はぶっきらぼうにいった。


「確かにおれが肩を壊していることは認めるよ。だけど、それが事件にどう関係があるっていうんだ」


 口ではそう言っても、関係があることは弓弦が一番よく判っていた。そして二宮は容赦無くその点を突いてきた。


「関係あるんです。なぜならあなたが肩を痛めた理由は、あなたが銃を撃ったことが原因だからです」


 二宮はすべてを見透かすような目で、弓弦の顔をみた。


「警察のかたから聞きました。今回の犯行に使われた四十五口径の拳銃は撃ったときの威力がふつうの拳銃より大きいぶん、撃った人に対する身体の負担がとても大きいそうです。特に……肩のあたりに」


 そして二宮は弓弦の肩を指さした。


 昨夜、晃敏を殺したときのことだった。コートのポケットから銃を取り出し、銃口を彼に向けて引き金を引いた瞬間、凄まじい衝撃が弓弦の全身を襲った。


 そしてその衝撃でいちばんダメージを受けたのは、彼女の両肩だったのだ。まさしく二宮がいまいった通りだった。


「もし銃を撃ったのが安土さんだったとしましょう。となると彼女も当然肩を痛めているはずです。拳銃なんて撃った機会ないでしょうからね。何年か前に北白川組が持っていた拳銃はすべて、警察に引き渡してしまったんですから。


 しかし彼女の肩にはちっとも異常はありません。あの重いファイルが持てましたし、今日のお昼にはこのバッティングセンターで平気でバットを振り回していました」


 二宮はゆっくりと、着実に弓弦を追い詰めてくる。しかしそんななかでも彼女はポーカーフェイスを崩すことなく、静かに二宮の推理を聴いていた。


「さて、凶器となった拳銃の持ち主は姐さんです。あの拳銃を使えたのは拳銃を持ち出した安土さんと、持ち主である姐さんのふたりだけです。しかし安土さんが拳銃を使ったはずがない以上、犯人は姐さん、あなたしかいないんです」


 弓弦は二宮の目をまっすぐ見据えると、小さく口を開いた。


「弱いな」


 弓弦のその一言に二宮は動じることなく、彼女の瞳を見つめた。


「おれが肩を壊した原因がタマを撃ったことなんて断言できるのか? 何日も前に全然違う理由で痛めたなんて可能性は? そこまできっちり証明出来なきゃ、おれを告発することなんか出来ないぜ。浩太郎、お前にそれが出来るっていうのか?」


 この際罪から逃げられるかどうか、弓弦にはもはやどうでも良かった。それ以上に二宮が自分に対してどれほどの覚悟を持って真剣に向き合ってくるのか、彼女は彼を試そうとしていた。


 そんな弓弦の挑戦に対して、二宮はゆっくりと口を開いて答えた。


「昨夜、浅羽さんの殺害事件が起こったあとのことです」


「待て……どうして邦弘の事件が関わってくるんだ」


「浅羽さんが刺されたあと、僕たちは彼の容態を確かめるために搬送先の病院にいました。そしてそこに、姐さんたちは走って駆けつけてきました。そしてそのときあなたは……走りながら腕を振っていました」


 二宮にそういわれて、弓弦はとっさに昨夜の出来事を思い出そうとした。


 確かに邦弘が刺されて病院に送られたと聞いたとき、自分は奏と一緒に大急ぎで病院へ向かった。そして廊下を大急ぎで走って邦弘のもとへ駆けつけようとした。


 そしてその姿を、浩太郎たちは目の前でみていたのだ。


「人間が走る時に腕を振るのは当然のことです。しかし、肩を痛めている人間にそんなことは出来ません。ものすごく痛いですからね。つまり姐さんが肩を痛めたのは昨夜病院から帰ってきてから、今朝僕たちがご自宅に訪ねてあのファイルを受け取るまでの間だということになります」


「単に重いものを持って痛めたって可能性もあるだろ」


「なら今日のうちに接骨院にでも行くべきでした。わざわざ僕たち一緒にアイスを食べに行ったりするより、ずっと大事なはずです。それをしなかったのは、肩を痛めた理由が後ろめたいものだったからなのではないですか」


 そして二宮は弓弦にとどめを刺すようにこういった。


「そろそろ教えてください、姐さん。あなたは昨夜、何やって肩を痛めたりなんかしたんですか?」


 そこまでいうと二宮は、以上です、と自らの推理を締めくくった。


 しばしの沈黙ののち、弓弦はふふっ、と笑った。


「……まいったね」


 弓弦はそう呟いた。


「うだうだいって誤魔化す手もあるんだろうけど……それはおれの性に合わないや、うん」


「自供していただけますか」


 弓弦はそれに対して、ゆっくりと首を縦に振って頷いた。


 すると二宮が困ったような顔をして弓弦のほうを向いた。


「いやあ、正直にいうと僕、昨夜病院で姐さんが腕を振りながら走っていたのか、はっきり覚えてなかったんですよ」


「……ちょっと待てよ。ということは浩太郎、おまえ、おれを試したのか?」


「はい。もし違うっていわれたらどうしようかと思ってました」


「どうしようかって、そりゃないだろうよ」


 思わず文句を言いたくなったが、弓弦はこの勝負の勝者は二宮であると認めざるを得なかった。彼の作戦に乗せられた時点で、敗者は自分なのだから。 


「まったく、大した度胸の持ち主だよ、おまえは」


「光栄です」


 そういって微笑む二宮に、弓弦は苦々しく笑ってみせた。


「それで……いつからおれのこと怪しいと思ってた? やっぱりお目当てのファイルを一発で当てたやつがまずかったか」


 弓弦がそう訊くと、二宮は「ううん」と唸った。


「それもそうなんですが、一番最初に気になったのは今朝自宅へ訪ねた際に、森田さんがいつ殺害されたのか訊いてこなかったことです」


「どういうことだ?」


「ふつう人は知り合いが殺されたって聞いたら、最初にいつ殺されたかって質問をするんです。しかしあなたは訊いてこなかった。もしかしたらいつ殺されたのか知っているからではないか……そう思ったんです」


「まさか、そんな薄い根拠でおれを疑ったのか」


「さすがに僕もそれだけで人を疑ったりしません。しかし昨晩、あなたは被害者の森田さんに電話をかけたんです。昨夜電話で話したばっかりの相手が殺されたと聞いたらいつ死んだのか、とても気になるはずです。


 それに浅羽さんが刺されて病院に運ばれたとき、あなたは病院で大川さんにいつ浅羽さんが殺されたのか尋ねました。そんなあなたが森田さんの時は訊いてこなかったことが気になって目をつけたんです。これで納得していただけましたか」


 やれやれ、最初から疑われていたというわけか。


「納得したよ。まったく、油断も隙もないやつだよ」


 そういって、弓弦は溜息をついた。


「……だけどさ、実をいうと、こうやって浩太郎にぜんぶ暴いてもらって少し嬉しいんだ」


「嬉しかった、というと」


「奏が警察に自首したとき……本当の犯人は自分だと名乗り出れば、組にいるみんなに迷惑をかけることになるし、だからって奏を見捨てることもできない。どうすればいいんだって、目の前が真っ暗になったよ。だからこうやって浩太郎に引導を渡されて、ほっとしてるんだ」


 そういうと弓弦は自嘲した。


「最低だよな、自分でやったことの責任を自分で取れないなんてさ。おれは……組長失格かもな」


 不意に、潤んだ彼女の瞳から涙が零れそうになった。


 しかし弓弦はそれを拭き取ると、二宮に「行こう」といってその場をあとにしようとした。


 そのままバッティングセンターから出たふたりだったが、建物の出口から出たとき、何十人もの集団が弓弦たちの前に姿を現した。


 彼らの姿をみて、弓弦は思わず言葉を発した。


「みんな、なんで」


 建物の前で弓弦たちを待ち構えていたのは、彼女の部下たちだった。そしてそのなかには組から離れた者や、そして奏の姿もあった。二宮が呼んだのだろうか。


「姐さんっ」


 建物から出てきた弓弦に、奏が駆け寄った。


 彼女は目から大粒の涙を流していた。いつも気が強く、男に対しても一歩も引かない奏の涙を、弓弦はこのとき初めてみた。


「ウチのせいです、ウチが余計なことしなきゃ……」


 そういいながら泣きじゃくる奏を、弓弦は力強く抱きしめた。


「いいんだ、悪いのはおれだよ。奏はなにも悪くないさ」


 そして弓弦は集まった組員たちに目を向けた。彼らは全員、視線を弓弦に向けていた。


「すまなかった」


 組員たちに向かって、弓弦は頭を下げた。すると、彼らのなかから誰かの声があがった。


「姐さんは悪くない」


 そういったのは、組を出てコンビニの店員をしている秀治だった。彼に続いて他の者たちも声をあげた。


「そうだ、お嬢は悪くない」


「お嬢はやるべきことをやっだけだ」


「俺たちに謝らないでください」


「姐さん、あたしたちのことは気にしないでください」


 お嬢、姐さんと皆が口々に声をあげるのをみて、弓弦は彼らに微笑んだ。


「……ありがとう、みんな」


 そして弓弦は二宮とともに、近くに停めたタクシーのほうに足を向けて部下たちに背を向けた。


「それじゃあな」


 そういったとき、奏が弓弦に呼びかけた。


「姐さん!」


 弓弦たちが振り向くと、奏は恐る恐る言葉を続けた。


「また、帰ってきてくれますか」


 そういわれた弓弦は二宮のほうに目をやった。二宮はなにもいわずに肩をすくめるだけだった。


 それをみて、弓弦は彼女たちに小さく手を振ると、そのまま二宮とタクシーに乗り込み、彼女らを乗せた車は街灯が照らす夜道へと去っていったのだった。



 特別編 「しばしのお別れ」 完



 この事件は創作であり、二宮浩太郎は架空の高校生です。

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