勇者選び
カイナンの大聖堂には、剣が突き刺さった岩が仰々しく祀られている。
俺と言う魔王が現れると、当然のごとくにそいつは脚光を浴び、たいした根拠もないまま、魔王討伐の神剣だとして勇者の選定が行われる事になった。
俺としては、当然ながら、気にはなる。
なんでそんな事を知っているかといえば、あれからちょいちょい街に出かけているからだ。
生きている事を自覚してしまえば、腹も減るし、欲しいものもある。
欲しいものがあれば、金も要る。
無意識の時には魔法で呼び寄せられていたらしい物資も、どうしていたやら、さっぱり思い出せない。
手元に残っていた食べかすから、種を育ててみたりもしてみたが、魔法で補ってさえ、痩せ過ぎのこの土地ではろくな作物は育たなかった。
だが、カボチャだけは見事に売るほど実ってくれたので、文字通り売って小銭稼ぎをしている。
究極に引きこもっている今が、過去最大級で努力し、社会的活動に尽力しているあたり、人生は不思議に満ちている。
そんな中で、常連客から聞き付けたのが件の儀式だ。
どんな物かと思って、とりあえず見物に行ってみた。
一応は聖域なのでちょっと警戒していたが、大聖堂はこけおどしに過ぎない代物だった。
俺は魔王本人でありながら、難なく群衆に紛れ込み、麗々しく公開された「それ」を見た。
おや、なんと。
あれって、何時だったか俺が作ったゲームじゃん?
いわゆるババ抜き系の、抜いちゃった奴に罰ゲームがあるやつ。
力一杯引いても抜けないんだが、ちょっとズルをして、引っ張った振りをして手前に軽く引くと抜けるのだ。
ぼっちでは全く楽しくないゲームであったためにその辺に放置したのだが、誰かが拾って帰ったみたいだね。
それはつまり、あんまりやる気のない奴が勇者認定されてしまう、という事に他ならない。
なんなら俺が抜いて見せてもいいくらいだ。
真面目に期待している皆さんには申し訳ないのだが、俺としては非常にありがたい。
とんでもない脳筋に問答無用で惨殺されるのは、やっぱ、ご免被りたいもんな。
しかし、こんな伝説扱いされてる物を、一体俺は何時作ったんだろう……?
冗談抜きで、何年引きこもっていたんだろうか。
時間感覚全然なかったけど、魔法使いを通り越して魔王になるだけの年月は流れていたということなのか。
祭壇前には、いかにも強そうな奴らが列をなしている。
あんな奴らがうっかり手抜きしちまったら嫌だなあ。
自慢じゃないが、俺は、体育会系やらガテン系には縁のないタイプの人間だ。
いや、今は人間じゃなくて魔王か。
魔王と呼ばれてはいるが、正直、たいした魔法は使えない。
秘めた魔力があるのかもしれないが、少なくとも、そんなものには未だお目にかかってはいない。
そもそも、どこも支配していないばかりか、臣下はもちろん家政婦さんすらいないというのに、なんで「王」扱いなのだろう?
ここで勇者に希望を託す気満々の人々は、まさか恐怖の根源の俺が、ぼっちでチキンスープを温めている姿なんて想像もできないに違いない。
しかも普通に、その辺で買い物したりもしているし。
もしかすると何百年となく引きこもっていたのかもしれないが、覚醒してこの方、わりと規則正しい生活が身に付いている。
必用に駆られると、最低限の社交スキルは自ずと身に付くものらしく、かつては恐怖でしかなかった対面での買い物も、そつなく、かつ、結構楽しくこなしていたりする。
魔王にさえなっていなければ、いずれ普通に社会生活に参戦できそうなくらいだ。
現に今も、さっきついでに行きつけの店で買ってきたお惣菜の包みを大事に抱えて持っている。
この店の挽肉料理は絶品なのだ。
おばちゃんも愛想が良くて、よく、おまけしてくれるし。
それだけでも、俺がこの街を滅ぼしたりしない理由には十分なのに、なんで一方的に怖がるのかなあ。
その魔王が育てたかぼちゃなんて、甘くて美味しいと、結構評判なんだけど。
もしかして、無意識の時に、せこい略奪以外にも色々と痛い仕業をやっちゃってたのかもしれないな。
だとすると、黒歴史過ぎて、記憶から削除しちゃったのだろう。
祭壇には、今や、いかにも弱そうな青年が無理やり引っ張り上げられていた。
居並ぶ猛者らは、みんな真面目に剣を引っ張ったとみえ、俺が造ったちょっと恥ずかしいデザインの剣は未だに抜かれてはいない。
ああ、これはよくあるパターンだ。
こういうのって、たいてい子供とか、最後の最後に念のために参加させられた、とんでもなく弱い奴がババ引いちゃうんだよなあ。
ほら。
どよめきが沸き起こったぞ。
絶対に勇者なんかになりたくなかったはずの青年は、難なく抜けてしまった剣を手に、今にも卒倒しそうな様子で震え上がっている。
人々の期待がこもった色眼鏡で見れば、武者震いに見えなくもないだろうけど、あれは相当びびってる。
なんせ、勇者どころか、君はこの場で唯一、ズルしようとした奴なんだよなあ。
しかもその剣、仰々しいだけで何の御利益もない、ただのゲームの備品だし。
それでも、もう色々と避けられない責務を負わされて、俺の討伐に来なきゃならないんだよね。
お気の毒。
まあ俺も、討伐されちまう前に、もう少しこの世界を楽しんでおくことにしよう。




