おはようございます
30超えたら、魔法使いになっちゃうらしい。
ただし、条件がある。
「童貞」
そんなの、楽勝でクリアだ。
それくらいで魔法使いやら妖精さんになれるなら、俺みたいな奴らがなにかと苦労している現実に、納得できる説明なんかできないし。
そんな風に世間を嘲笑していたのは、10代半ば。
そんな事があればいいなと、ちょっと憧れたのが、10代の終わり頃。
そんな事すら考えていられるほどのゆとりもなかったのは、20代前期。
そのあと、どうしようもない無気力がやってきて、俺は、他愛もなく怠惰の誘惑に屈してしまった。
父母は、ある日突然、家から消えた。
何の予告も、仄めかしさえなく、ただ、居なくなってしまった。
いつものように真夜中、夜食を漁りに部屋を出ると、階下がいやに暗かった。
きれいに片付いた食卓に、「ひとりで頑張ってみなさい」という、たった一行だけの書き置きと、数日分の現金を残して。
だから、俺は本当に一人になることにした。
元々、単純な性格であったため、くだらない一人遊びで延々と時間つぶしをしていられたし。
何かに没頭していれば、眠る事や、食べる事すら忘れていられた。
何日も、もしかすると、何年も経ってしまったのかもしれない。
自分でも何をやっているのかわからない、クソみたいな自作のゲームに没頭している事に、ふと気がついた時のこと。
やけに外が騒がしかった。
そんな事は、かつてなかった。
だって、ここは結構な僻地なのだ。
干からび切った岩山で、何一つ運用できないばかりか、岩すら使い道が皆無だという、念入りに役立たずな土地でもある。
滅多に、と言うか、まず人が来るような場所じゃない。
来る意味も理由も、そして、実のところ、道すらないのだ。
なにしろ、そういう土地を選んで移り住んだのだから。
苛立って立ち上がると、椅子から、長く伸びた髪がドサリと床に滑り落ち、思いがけない重さに一瞬怯んだ。
なに、この髪の毛?
髪の毛だけじゃない。
俺ってそもそも、こんな部屋に住んでいたっけ?
そういえば、岩山ってなによ?
それに、今って何年何月?
時計ってあったかな?
そう考えた瞬間、俺の手にズシリとした手応えが生じた。
さっきまでは空手であったはずの掌に、えらく芸術的な造りの懐中時計が現れたのだ。
ありがたいが、アナログなので、時間は分かるが年月日まではわからないのが玉に瑕だ。
イマイチで無能。
ところで、これ、出したの誰?
俺?
もしかして、これって魔法?
俺、魔法使いになってんの?
て事は、俺は30歳になったのか。
変に納得しながら記憶の糸を手繰ってみるが、どうもはっきりと思い出せる事がない。
さっきまでは、何かを覚えていた気もするのだが、目覚めると消える夢の記憶のように、もはや全く思い出せない。
だが、ちらほらと、ほんの断片だけが一瞬の閃きとして蘇る。
30超えて、童貞だったら、魔法使いになれちゃうらしい。
ああ、そうか。
俺って童貞なんだ。
で、俺は一体、誰なんだっけ?




