マストカ・タルクス⑳『冒険者の町・バラン』と犬が好きな町長の話
『冒険者』にロマンを感じるのはこの世界の人達も同じらしい。
『英雄イヒルナス』も冒険者だったそうで。アラトア人は彼に憧れて冒険者になる人達も多いとか。
でも貴族は冒険者を見下すんだよね、不思議だ。
バランの町を歩くと元冒険者の吟遊詩人が沢山いて、カッコイイ冒険者の物語を曲に乗せて歌ってくれる。
聞いてると結構楽しい。
でも魔法使いを襲撃する話がやたら多いんだよね……、魔術師にとってはただの強盗なんじゃ……と思わなくもない。
バランの町に来てから10日経った頃、父上が昼に出かけようとする俺に声をかけてきた。
「マストカ、お前また例の定食屋に行くのか?」
「あ、はい。サンバースさんから遊びに来てくれてって言われてるんで」
「そうか。別に市民や冒険者と関わるなとは言わん。シュナやアルヘイムも一緒だから別に心配はしていない。だが余計なお節介は焼くな。特に役人達に危害を加えてはいかんぞ」
「は? 役人? 危害? 前にサンバースさんを騙そうとした役人が居たから追い払っただけですよ?」
「そういうお節介はあまり焼くなということだ。母さんも心配する」
俺は振り返って言った。
「何言ってるんですか? あれはお節介じゃなくて正しいことをしただけです。役人達が好き勝手やるのを見逃せって言うんですか?」
「そういうことは我々の仕事ではない。皇帝陛下のご命令は『冒険者達を監視して違法行為を防げ』だ。役人の汚職を調べるのは仕事に入っとらんのだ」
俺は父上の言葉が信じられなかった。ちょっとイライラしてきて、
「意味が分かりません。俺は人間として正しいことをしただけですし、同じようなことがあったらまた止めます。それだけです、それでは」
捨て台詞を残して家を出ようとすると、背中から父上の声がした。
「お前の気持ちはよく分かる! だが無意味なことなんだ! それどころか役人達に恨まれるぞ!」
俺は無視した。
恨むんなら存分に恨めばいい。また返り討ちにしてやる。
サンバースの店には今日も沢山の冒険者達がやってきていた。
「おっし! また俺の勝ち~♪ 髪と勝負運がないなアルヘイムさんよぉ!」
「あぁ!? 今私のことハゲって馬鹿にしたな!? う~! 絶対許さんぞぉ!」
『メプル(サイコロ)』を使う賭けで遊んでいたアルヘイムとシャイザルが喧嘩し始めた。
「いいのさ、どうせ私は結婚なんて出来ないからさ……こんな無骨で色気のない女、誰が嫁に貰ってくれるんだい……」
「戦士として強いことと女として魅力的なことは両立しますわ。まずは私が使ってる肌荒れ防止の油を使ってみません? 私の愛用品ですよ?」
「シュナさん……あんた本当にいい女だよ、グス……」
隣のテーブルではウルルムが酒に酔って泣きながらシュナから渡された油を顔に塗っていた。
涙のせいでうまく塗れてないけど。
すっかり馴染んでる……ていうか俺だけ浮いてないかこれ。
そんな俺のテーブルにまた新しい客が座った。
「あんたが噂の物好きな貴族の坊ちゃんかい? 俺も面白い冒険譚があるんだ、聞いてくれるかい? 俺の名は『カイバル』だ」
ちょっとさっぱりした雰囲気の青年だった。歳が近そうだ。
「カイバルさんか。俺の名はマストカ。俺ってバランの町じゃ有名なの?」
「ああ。『下賤な冒険者と関わりたがる貴族っぽくない貴族』てな。一体なんでそんなことしてるんだ? 誰か探してるのか?」
「いや別に。暇だから遊びに来てるだけだけど……」
一応『商業都市管理長官補佐』という役職が俺に与えられてるんだけど、仕事は全部父上が1人でやってしまうのでやることがない。だからこうやってブラブラしてる。
うーん、どうやら俺はニートに向かない性格らしい。ニート志望者だけど。
カイバルが金属製の筒を取り出し、中の葉っぱらしきものに火をつけて煙を吸い始めた。どうやらタバコらしい。
筒だからむしろキセルか。
「ふぅ、俺の故郷は『メシュプール』て町でね。マストカは知ってるかい?」
「えっと、確か帝都から東に向かって馬で1日の距離にある街だっけ?」
「ああ。昔、そのメシュプールの町長が死んで、新しい町長がついたんだ。でもその町長がまた困った人でね……」
アラトアでは貴族の子は貴族になるし、兵士の子供は兵士に、農民の子供は必ず農民になる。勿論役人の子供は自動的に役人だ。
昔、メシュプールの町の町長が死んで、その息子が新しい町長になった。彼は町長になると早速こんなことを宣言した。
「メシュプールの人々は犬を大事にしていない! 野良犬をいじめたり、冬でも家の中に入れてあげないではないか! こんなこと許されない、ワンちゃんを大事にする法律を作るぞ!」
彼はさっそく『犬をいじめた者は斬首』、『飼い犬を捨てた者は磔刑』、『犬を食べた者は生き埋め』という法律を作った。
あ、ちなみにアラトアの平民は犬を食べるらしい(蛇も食うしな)。
町の人達は最初本気にしなかった。そりゃそうだ、こんな馬鹿馬鹿しい法律があるもんか。
でも野良犬をいじめていた子供3人が役人に逮捕されて本当に首を斬られたので本気なのだと悟った。
でもそれは序章でしかなかった。
ある人は嫌いな奴を騙して犬の肉を食わせ、それを役人に知らせて処刑させた。
またある人は訓練した犬を使って強盗を働いた。襲い掛かってくる犬に反撃できないのでやりたい放題だったそうだ。大抵は犬に反撃したので襲われた人が処刑された。
勿論役人に知らせたのはその強盗だ。
一番酷いのは、役人が金持ちに無理やり犬を飼わせ、こっそりその犬をいじめ、飼い主の金持ちに濡れ衣を着せて『逮捕されたくなかったら賄賂を払え』と全財産巻き上げたあげく復讐されないように処刑した話だ。
まさに地獄だ。
以上の通りあまりに酷い法律だったのでメシュプールの人達は怒って町長を追い出そうと反乱を起こすことにした。
だけど反乱の計画を話し合い始めると、その夜からメシュプールの町を沢山の野犬の群れが襲撃するようになった。
「さすがに何かおかしい。もしかして町長は魔族に操られてるんじゃないか?」
カイバルが話を途中で中断してタバコを吸った。
「ふぅ、ちなみに自慢じゃないが俺はメシュプールで1番強い戦士だったんだ。だから舎弟達を引き連れて町長の家に殴りこんだんだ」
カイバル達が町長の家に潜入すると、中に居た無数の番犬が襲い掛かって来た。
だがカイバル達も負けていない。屋敷の中に魔法薬から作った毒ガスをぶちまけて犬を全滅させてから中に入った。
『貴様らよくも私の可愛い子犬達を殺したな!? 全員八つ裂きの刑にしてやる!』
屋敷の一番奥に魔族が1匹居た。2本足で立って3つの頭がある犬だった。辛うじて声で町長だと分かった。
「あんた町長さんかよ……元々魔族だったのか、それとも魔族と入れ替わったのか、あるいは取り憑かれたのか……どうでもいいか。おい町長さんよぉ、ここにあんたの大事な大事なワンちゃんがいるんだ。これをこうするとどうだ?」
カイバルが瀕死の番犬を目の前で殺してみせると、町長が怒り狂って襲い掛かって来た。
だけど舎弟達がカイバルの後ろから一斉に矢を射たので町長はハリネズミみたいになってあっさり死んだ。
町長は死体になると元の人間の姿に戻ったらしい。
「……それで終わったら大団円だったんだけどよぉ。役人どもが俺達に感謝するところか、いきなり逮捕しやがったんだよ」
役人達いわく、『お前達を町長殺しの罪で死刑にする』とのことだった。
は? なんで?
「役人どもは法律を悪用して好き勝手やってただろ? それで罰せられるのを恐れて俺達に罪をなすりつけたのさ。町長が嫌がらせで人間の姿で死にやがったもんだから役人どもに有利に働いちまってな」
さすがにクズ過ぎるだろ……。
ちなみにカイバルだけが処刑される前に脱獄して助かったらしい。それ以来メシュプールには帰ってないのでその後どうなったかは分からないのだそうだ。
カイバルが立ち上がって俺に言った。
「マストカとか言ったな? メシュプールの役人どもが特別邪悪だと思うか? いや違う、この国の役人は皆そんな感じだ。勿論貴族も同類だ。俺ら平民を汚らわしい動物か何かだと思ってやがる……お前はどうなんだマストカ? え?」
カイバルが煙を俺の顔に吹きかけた。
俺がその役人達と同類じゃないかと思われていることに気づいてカチンときた。
俺は咳き込むのを我慢し、逆に彼のタバコを奪い取って思いっきり煙を吸って見せた。
「……糞くらえ、無礼討ちされたくなかったらさっさと失せろ」
「……へへ、あんたのこと結構好きだぜ? じゃあまたな」
カイバルは店を出て行った。
シュナが呆れ顔で俺に言った。
「あらあら、そんな汚い言葉遣いでは奥様に叱られますよ?」
「へん、母上には『うんこをお食べになってください』とでも言ってさしあげるよ」
俺の言葉に店中の冒険者たちが爆笑した。
なるほどこれが『冒険者』か、悪くないね。
最初カイバルを『いなせな青年』にしようと思ったんですけど、『いなせな』は『江戸っ子みたいな格好良さ』と調べたら出て来たので、なんか違うと思って『さっぱり』にしました。




