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それいけ! メイドレス・スリー  作者: みやしん
■第三章 ミカ
14/32

■■ 「はじめましてぇ、メイドレスのかたすとろふぃーY、お名前はミカですぅ」

 ところは末禅公園、宴会広間に戻って。

 吉木工業の生徒にからまれていた公太郎とヒトミだったが、先ほどから落ち着かない様子で辺りを見回していた。

「この近くにミカが居るみたい」

「それって一番下の妹か?」

「そう……でもどうしてこんなところに?」

「こらぁ、てめえらシカトしてんじゃねえぞ」

 そう目の前の不良は自己主張したのだが、振り向いたヒトミは憤怒の顔だった。

「うるさいわねえ、ちょっと静かにしていてよ!」

 そう叫ばれびびる不良のみなさん、確かにその迫力は最悪のスケ番並と言って良いだろう。

 静かになったところで二人は改めて耳を澄ませていた。

《おねえちゃまー、寂しいですぅ》

 その声は公太郎にも確実に聞こえている。ただ方向性は伴っていなかった。

「ひょっとして、彼女も目覚めの言葉が必要なのか?」

「そーよ、たぶんここで言えば届くと思うわ」

 目の前で不良五人組が二人の様子をじっと見ている。ここで大声を出すのは少し恥ずかしいがヒトミの妹のためである。

 それに妹を目覚めさせるのはご主人様の義務だ。

「名前はミカでいいの?」

 ヒトミは小さくうなずいた。それではと、思いっきり息を吸い、おなかに力をこめ、拳を握りしめると……

「目覚めよ、ミカ!」

 宴会広間に公太郎の声が響いた。

 申し合わせたように皆が無言になる。

 ……むなしいような静けさが宴会広間を占領し遠くでカラスの鳴き声が聞こえ夕焼けが赤みを増していた。

 時刻が中途半端なせいか公園に居る人数が少ないのだろう、末禅川のせせらぎも聞こえてくるようだった。

 あっけにとられていた吉木工業の生徒が我に帰って何かをしゃべろうとすると、彼らの背後のサクラの木々の間から何やら物音が聞こえてくる。

「ちょっと、通してくださいですぅ」

 ややあって五人組をかきわけるように、小さな女の子が一人姿を見せた。

「ヒトミおねえちゃまぁ!」

 その子はヒトミの姿を見つけると舌っ足らずでなおかつヘリウムを吸い込んだような高い声をあげ、ぽろぽろと泣き出して彼女に走り寄った。

 ところがあと少しと言うところで何かにつまずくと、その場にぱたんと倒れ五秒ほどそのままの姿勢で泣き続ける。むっくりと起き上がると手で涙をぬぐった。

「痛かったですぅ!」

 女の子はそう叫んでヒトミの胸の中に飛び込んだ。

 まさしく末っ子であった。

 ともかく一言で表すと幼女である。極端に小さく無いのだろうが身長はフタバより頭ひとつ低いだろう。

 鮮やかな赤をベースにした、フリルがたくさん付いているメイド服に身をくるんでいる。エプロンには胸の部分にふた付きの大きなポケットがあり、いろいろ詰まっているのか少し膨れていた。

 半袖だがフタバの服と異なり袖口が広がっており、カフスは着けていない。

 膝丈のフレアスカートの裾にもフリルがあしらわれており、そこから伸びた細い足は三つ折りした白い靴下に真っ赤な運動靴を履いていた。

 背中に大きな蝶結びのリボンがあり、彼女の泣き声に合わせて揺れている。

 髪は肩に掛からない程度のショートで左右に赤いチューリップのついた髪留めをしていた。

 前髪から一束分がちょこんと飛び出ており、それも鳴き声に合わせてふらふらと揺れている。

 頭の上に白い水兵帽がのっており、その帽子に赤いリボンが巻き付いていた。

 ヒトミは自分の胸元で泣き続ける妹に少々あきれてたずねていた。

「ミカ、姿を見せないと思ったらどうしてこんな所にいるの? まっすぐマスターのところにいったはずでしょう?」

「途中で道に迷ったんですぅ」

「GPSはどうしたの、お父様に使い方は聞いていたでしょう」

「あんなに数字がたくさんあるの、ミカには判りませんですぅ」

「もー、ともかく涙を拭きなさい」

 ヒトミはしゃがみ込んで視線の高さを合わせるとポケットから出したハンカチでミカの顔を拭いていた。ついでに鼻もかんだのだが、そのハンカチが華子のものであるのは言うまでも無い。

〈今度は迷子になるロボットか〉

 だいぶ慣れてきた公太郎だがそれでも個性的な姉妹だとつくづく思う。それと祖父の趣味も何となく理解しつつあった。

 研究所があった東大野から公太郎の家がある滝田川に来るとしたら、ここ末禅町は途中を大きく通り過ぎたことになる。

ヒトミの話では体内にGPSを組み込んであるのだろうが、それでも道に迷ってここまで来たのだろうか。いったい公園のどこに隠れていたのだろう。

 ただ、道に迷って泣いていたとしても違和感を覚えない外見だった。

 涙をぬぐって落ち着くと、ミカも姉二人同様美少女だった。

 やや丸顔で瞳が大きくぱっちりしている。まつげが長く眉毛が少し太いような気がするがそれが愛嬌になっていた。

 泣いていたこともあるのだろうが大きな瞳にハイライトがいくつも浮かんで揺れていた。まるいほっぺたはほんのりと赤くなってリンゴのようである。

「ミカ、この人があたしたちのマスターであなたを起こしてくれたのよ」

 ヒトミはミカの身体ごとくるりと公太郎の方に向けた。彼にしても身長差があるのでヒトミと同じようにしゃがむと視線を合わせる。

「はじめまして、ミカちゃんでいいのかな?」

 するとミカはそれに答えるようにぺこりと頭を下げた。

「はじめましてぇ、メイドレスのかたすとろふぃーY、お名前はミカですぅ」

 たぶんカテゴリーYだと思うのだが聞き返すのはやめにした。それより少し自分を怖がっているように見える。

「お姉さんに逢えて良かったね。俺の家にフタバも居るから早く帰ろうか」

「フタバおねえちゃまもいるですかぁ」

 公太郎がうなずくと少し安心したのか笑顔がのぞいている。すると河合らしさが指数関数的に上昇した。

「あの……お名前は何と言うのですかぁ?」

「萌葱公太郎だよ」

「もえぎ……こうたろう……あの、おにいちゃまって呼んでいいですかぁ?」

「ああ、もちろんいいよ」

「ではよろしくおねがいするですぅ、おにいちゃま」

 そう言ってさらにぺこりと頭を下げるミカ、そんな妹とご主人様を明るく笑顔で見つめる長女ヒトミ。美しい家族の風景に取り残されている不良五人組。

 その他大勢の一人がようやく我に返って虚勢を張ってみせた。

「なんだぁ、てめえらいい加減にしろよ!」

 ミカは人差し指を口にくわえたままじっとその男を見つめた。

 無邪気な目である。その瞳に見つめられると心の奥からいろいろと汚れたものが洗い流されるような気分だ。声を発したその男もミカに何も言うことができず、振り上げた拳の落としどころに迷っていた。

「おねえちゃま、この人たちはお友だちですかぁ?」

 先ほどヒトミが公太郎に聞いたのと同じ質問である。そこはやはり姉妹なのだろう。

 ただ、ヒトミの返事は彼女らしくにこやかな笑顔で首を左右に振った。

「ううん、なんの因果かここで偶然に出逢った単なる他人の集まりよ」

「そうなんですかぁ」

 それで意味が通じているのかと公太郎は思ったが、軽く存在を否定された不良のみなさんは一気にヒートアップしていた。

「なんだとこらぁ、ガキだと思ってつけあがってんじゃねえぞ!」

「素直に謝らんと、シメルぞ、おまえら」

 幼児相手になんて大人げないと公太郎は思いながら、またミカが泣き出すのではないかと心配したが、彼女はじっと五人を見ているだけだった。

「おねえちゃま……この人たちは『敵』ですかぁ?」

 はて? 何となく声のトーンが一段落ちたような気がする。ミカは自分に背中を向けているからそう聞こえたのだろうか?

 問われたヒトミは慌ててそれを否定した。

「違うわ、この人たちは普通の人間だから」

「そうでしたかぁ」

「また言いやがった、このアマ!」

 たぶん『人間』と言うキーワードについて、彼らが捕らえている意味とヒトミの言う意味に微妙な違いがあるのだが、それも説明しづらいと公太郎が思っていると、

「じゃあ、あの後ろの大きなおじさんも『敵』では無いんですかぁ?」

 ミカが五人の後ろを指さしている。

 大きなおじさん? と思いながら公太郎とヒトミはしゃがんだままの姿勢でミカの指さす方向に視線を移動した。

 確かに五人の真後ろに一人の大男が立っていた。二メートル以上の身長、碁盤のような胸板、丸太のような腕をしっかりと胸の前で組み、上半身裸の上にスキンヘッドの口ひげの男だ。

 一度見れば忘れようが無いがあまり太陽の下で見たくない姿だった。

 二人が同時に声を上げる前に男は叫んでいた。

「見つけたぞ人形! いざ尋常に勝負!」

 そのあまりの迫力に、不良の五人組は悲鳴も上げられずに腰を抜かしていた。


  §


 さて、公太郎の部屋では。

「華子さん、気がつかれましたか?」

 そんな声が聞こえてきたので華子は再度思いっきり身体をびくつかせると限界まで目を見開きフタバを見ていた。

 そばに医師がいればあまりに急激な心拍数と血圧の上昇に、ドクターストップがかかるほどに混乱している華子は、その原因となった少女からの言葉に混乱に拍車をかけていた。

〈生きている?〉

 今自分に声がかけられたような気がするし、そもそも上半身を起こして瞬きだってしているし、にこやかにほほえんでいるし。

「……フタバさん?」

「だいぶお休みになられたようですけど、どこか身体に異常はありますか?」

 彼女は心配そうに自分を見ている。どちらかと言えば自分がフタバを心配しなければならないのに、いまだ顔が引きつっていた。

 しかし時間が流れるにつれ表情筋も元に戻り、華子の顔はだんだん無表情になる。それに応じて目の前のフタバの顔も表情を無くしていった。

「……フタバさん、生きてるよね?」

「はい?」

「いや、その……あたしが目を覚ました時には確か呼吸も鼓動もしていなかったからもしかしたらと思ったんだけど」

 華子の言葉のあと、ベットの上でとても気まずい雰囲気になった。空気がずんと重くなり自分の身体がさして柔らかく無いベットの底に沈み込むような感覚に襲われる。

「ちっ」

 ややあって小さく舌打ちするような音が聞こえた。自分では無い。だとすると……

 フタバのまん丸メガネが蛍光灯をうけてきらりんと輝いて見せる。角度が微妙なのか大きな瞳が見えなくなった。

「わたしが息をして無かった……」

「う、うん」

「脈も無かった……」

 華子は生物的な危機察知本能で最大級の警告を受け取った。すぐさま行動しなければ自分の命に関わるだろう。

「あ、あの……あたしうちに帰るね」

 華子がベットから降りようとした瞬間、自分の身体がふわりと浮いたと思うとそこに仰向けに押し倒されていたのだ。

 もちろんフタバの仕業である。彼女は華子の身体に覆い被さるように四つん這いになり、言葉も発せずじっと顔を見ているようだ。

 照明が逆光になりフタバの顔がきちんと見えない。真上からほんのりと清潔そうな石鹸の香りが降り注ぎ口元がゆるむ様子が見えた。

〈こ、これはイケナイ状況?〉

 とか華子は思ってみた。それを肯定するようにフタバの口から言葉が漏れた。

「……見ましたね?」

 どれを、とフタバは聞かない。華子は腕を胸の前で交差し首をふるふると振って見せた。

「……聞きましたね?」

 ここでも何を、と聞かない。華子はもう一度首を左右に振ってみた。

 何とか逃げようと思って身体をもぞもぞさせてもベットの上を滑るだけ、それも頭頂部がまくらを乗り越え壁に当たったのでそこでおしまい。

 人生のターニングポイントとは意外な時にやってくる。さりげない一言が未来を大きく狂わせるのだ。

〈ひょっとしたら、さっきのは死亡フラグ?〉

 そう気がついても遅い。

「先ほど呼吸と鼓動が止まっていたと言っていましたよね?」

「あのあのあの、あたしは……」

「言ってい・ま・し・た・よ・ね? ふふ」

 華子の目の前の少女は笑った。とても小さい声で笑った。

 昨日は公太郎のそばでかいがいしくしとやかにメイドの作法のままに働き、美しいながらもどこかに地味さを感じさせていた女の子の背後に、何かとてつもなく大きな闇が渦巻いている。

 華子は悲鳴を上げられたらな、と思った。おそらくそうした瞬間に自分の口か首に手が回され『桜庭華子、死亡確定!』となるに違いない。

 いよいよフタバの放つ黒い波動が最高潮に達し目も開けられなくなった。全身が硬直し震えることもできない。

 そこに、ベットがきしむ音が耳に飛び込んでくる!

〈助けて、公太郎!〉

「……そうですか、ばれてしまいましたか」

 ふと大きな圧力が無くなった。華子がおそるおそる目を開けるとそこには自然な笑顔の中に照れを交えた少女の顔があった。

「……フタバさん?」

 フタバは華子の身体を解放するとちょこんとベットの上に女の子座りをして見せた。

「全てお話しましょう、わたしのこと、そして華子さんが見た姉のこと」

 華子もゆっくり身体を起こすと足を崩してフタバと対面した。二人が向かい合うとフタバは重い口を開けてこう告げたのである。

「実はわたし、ロボットなんです」

 当然のように華子は口をぽかんと開いて呆けていた。


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