■■ 「……あたしの作る料理を『うまい』って言うまで生き続けなきゃダメよ」
二人はそのあと連れだって末禅高校の校門を出ていた。
指導室のテーブルに置かれていた名刺は公太郎が、メガネはヒトミが引き取りそれぞれのポケットに納めた。
教授との会見はどことなくスッキリしないものがあり、それは二人の表情に何となく表れている。どちらも視線を落としややうつむいていた。
それが周りには、たそがれて二人並び歩いているように見え、何となく良い雰囲気の恋人同士に思わせるかもしれないが、お互いの心中は複雑だった。
学校の前に「末禅通り」と言う駅に向かう大通りがあるが、そこを南下するとすぐ大きな公園が見えてくる。ヒトミはその入り口で足を止めた。
「公太郎、この公園は何」
「末禅公園だよ」
名前に何のひねりも無いが末禅高校の隣にある公園で無く、末禅公園の隣にある学校が末禅高校なのである。歴史で言えば末禅駅よりも古く正しくこの町の中心だ。
新宿御苑の半分ほどの面積があり、公園の中央を末禅川が流れそこから水を引いた大小三個の池をサクラの木が取り巻いている。春になると花見の名所として有名だ。
「中に入ってもいいかな」
ヒトミがそう言うので公太郎も彼女の背中を追うように付いていった。
どこと言うあても無いらしく、木々に囲まれた空間をいくつか渡り歩く。それぞれに名前が付いており二人が行き着いたのは『宴会広間』と言うサクラが咲き誇るとお花見に一番適している場所だった。
末禅公園は広い平地が少ないため球技など遊ぶための場所では無い。とても静かで川の流れる音が心地良いこともあり末禅高校の生徒には、身近なデートスポットとなっている。ただ宴会広間は見通しが良すぎるのであまり人気が無かった。
冬の日はとても短く午後四時だと言うのに空は赤く染まっていた。風も冷たくなり外で遊んでいる子供もほとんど居ない。宴会広間も二人だけ、広いためにより寒々と感じる。
二人はテラスのそばにあるベンチに並んで腰掛けていた。
「公太郎はどう思う?」
ヒトミはうつむいたまま、公太郎も彼女を見ずにうなずく。
「そうだな……怪しい人物だと思うけど、とりあえずおまえたちのことは見過ごしてやる、そう言われたみたいだ」
「そうだね、変に余裕がある態度が気に入らないわ」
「もっと悪役っぽく振る舞ってくれたら、こっちも何とかしないといけないかなって思うけど、今回の騒動もしかたなく付き合っているって感じだな」
掴み所の無い『学会』と教授の存在は、当人を目の前にしてもより不明な面が大きくなっただけのように思える。不気味なのは教授がどれほどの地位に居るか判らないが、逃げも隠れもせずに公太郎の目の前に出てきたことだろうか。
しかし正体を現したようで謎は深まるばかりだ。わざと混乱させるために自ら登場したのでは無いかとも勘ぐれる。
「それと……あの学校には何人ロボットが居るんだ?」
彼にとってあの体育教師がアンドロイドだったと言う衝撃の方が大きい。ひょっとしたら祖父の関係で自分を監視していたのかもしれない。
あれだけ自然に教師として振る舞っているのに、最新モデルであっても『学会』にすれば性能は大衆車並みと言うのも驚きだ。
だとすれば、自分の隣の女の子が高級スポーツカーになぞらえるのも判るような気がした。
「聞いていいかな、ヒトミのこと」
彼女はちらりと公太郎を見たが、首は縦にも横にも振らなかった。
「変態マッチョにぶっぱなしたあれっていったいなんだ?」
「……ああ、あれね」
瞳はどこか安心したかのように薄くほほえむと小さくうなずいた。
「電磁投射砲って言うの。レールガンって言った方が名前が知れているのかな」
「確かに聞いたことがあるような」
ヒトミは昨晩と同じように両腕をまっすぐ前に伸ばしていた。
「右手と左手の間に電気流してそこに発生するクーロン力で間に挟み込んだ弾丸を超高速で打ち出すの。弾丸は二酸化炭素の混ざった、堅く結合した氷だけどね」
「あの透明な筒は何なんだ?」
「あれも氷よ。傍目に一本の筒だけどホントは右手と左手の電極用に分かれているわ。弾丸は最初胸元にあって電極に通電すると発生した力で筒を壊しながら加速するの。一発撃ったら壊れる使い捨ての砲身みたいなものね。
たかが氷でも初速があるから攻撃力が高いのよ」
「どれくらいのスピードなんだ?」
「昨日のは出力をセーブしたから秒速四キロメートルってところかな。ええと一二マッハくらいね」
ヒトミはさらりと言ったが音速の一二倍である。彼も一応進学校の生徒だから運動量の公式は知っている。速度は二乗で比例するから一マッハ程度のライフル弾に比べると途方もない破壊力だと判る。
あの巨体が遠くまで吹き飛ばされるのも何となく理解できた。そして瞳のメイド服が衝撃波に巻き込まれてあそこまでボロボロになる理由も。
「あたしも公太郎のことを聞いてもいいかな」
「なんだよ、改まって」
ヒトミはまぶたを閉じて少し間をおいてから口を開いた。
「ねえ、公太郎は女の子と経験あるの?」
「答えづらい質問するなよ」
「……そっか、まだ無いんだ」
「そういうそっちはどうなんだよ」
公太郎は精一杯強がり、噛まないようにそう聞くとヒトミは実に冷静に首を左右に振った。
「無いわ」
「そ、そうなのか」
「あたしみたいなアンドロイドだと『鋼の処女』って言うのかな」
何かそれだと絶対に貫けないような気がした。ヒトミはさらに言葉を続ける。
「初めてだとあたしとフタバ、どっちを選ぶ?」
「な、何を言っているんだ?」
「それとも普通の女の子の方がいいのかな、華子みたいな」
そんなヒトミを怒っても良いのだろうが、どこか寂しげな横顔に声をかけることができなかった。
「あの教授が言っていた通り、あたしはちゃんと女の子の部分があるのよ。もちろん子供を作ることはできないけどね」
公太郎は何と返して良いのか判らず、また笑ってごまかすこともできずただうなずいていた。
「だから教授の例えでは無いけど、いくらあたしを相手にしても子供なんてできない。考えようによってはとても都合のよい存在だわ。そこまで人間に……女性に近づけることも無いと思うけどきちんと意図はあったと言うところね」
「そうなのかな」
「そうよ。メイドのくせに家事全般がまるでダメで、戦うしか能が無くて、身体は女の子で、それなりのプロポーションで、マスターに逆らえないとしたら他に何をしろって言うの?」
彼女の言い方にはとげがある。しかしそのとげの向きは彼ではなくヒトミ自身に向いているように聞こえた。
「あたしはフタバがうらやましい。あの子だってセクサロイドだけどちゃんと料理もできるし素直に見えるし……エッチ以外にも役割があるんだもん」
素直に見えると言う言い方が少し気になるがそのほかのことはうなずける。
「ええと、つまりヒトミはそう言う方面は好みでは無いと」
「だから何回も言ってるでしょう、あんたが望めばなんだってするって! なんだったら今すぐここでもいいのよ!」
「しー、声がでかいって」
「……嘘だと思うのなら命令してみればいいでしょう」
声は小さくなったがやれやれと思って彼は肩をすくめていた。
「いくら俺だって気分ってものがあるよ」
「あたしでは気分が出ないってこと? アンドロイド相手ではご不満だってこと?」
「そんな投げやりに言われたら誰だって気分なんか出ないだろうに」
「男なんて気分とかより下半身に忠実なんじゃないの?」
「ヒトミが俺をどう見ているか知らないけど、それなりに理性ってものがあるんだよ。特に無料とか自由とかってのはあとで大きな借りが返ってくるもんだ」
「年寄りくさいのね。そんなところはお父様によく似ているわ」
「孫だからね」
すこしふくれているヒトミの顔を見ながら公太郎はほほえんで見せた。
「ヒトミにしろフタバにしろ学習機能はあるんだろう?」
「もちろんあるわよ」
「ならさ、家事が苦手だって覚えればいいだろうに」
問いかけられたヒトミはゆっくりと瞬きして小さく笑っていた。
「あたしが? 無理よ」
「でも『汎用』なんだろ? それなりに学習していけば料理だって覚えるんじゃないのか」
「それでも華子みたいにいかないわ」
昼休み、碧に呼ばれて席を外した時、弁当箱を覗いていた彼女は中のおかずを見たりあるいはつまみ食いして味を確かめていたのだろう。
同じような顔と身体を持ちながらかたや『毒』しか作れず、かたやこんなに優れた料理を作れるものなのだろうかと。
その気持ちを読み取ってか公太郎は正面を向いて話し出した。
「ずーっと昔、ハナが初めて俺に作ってくれたのは小さなおにぎりだったよ。ちょうど家に誰も居なくて俺が腹減ったって言ったらあいつが作ってくれた」
ヒトミは不服そうな目で彼を見たがそれにかまわず話を続けた。
「ところが幼児が作ったから形はボロボロですぐに崩れて、おまけに塩と砂糖を間違えて一口食っただけで気分が悪くなって『こんなの食い物じゃない』って言ったんだ」
つい昨日、同じ台詞を言われたヒトミは手を握りしめていた。
「……そしたら?」
「ハナが泣いた。そりゃもうすっごく泣いた。それでその時のことを父さんに話したら俺が怒られた。『男はそれでも黙ってみんな食べてうまかったと言うのが礼儀』だって」
「そーよ、そうに決まってるわ」
ヒトミは腕組みし大きくうなずいている。
「でもさ、ハナは負けず嫌いだからその日からおにぎりを練習して、俺が本気でうまいと言うまで続けたよ。ちゃんとしたおにぎりができるまで何回こっちが泣かされたことか」
「女の子を泣かせたんだからいい気味よ」
「だけど俺は正直に言って良かったと思っている。ハナの料理の腕前は天性と言うより努力の結果だよ。エジソンと同じようにね。
もしヒトミが料理を作り続けるのならうまくなるまで、何回だって『食い物じゃない』って言ってやるよ。それがご主人様の役目だと思うからね」
しばし考えていたヒトミは首を左右に振って答えた。
「……ばっかみたい。あんたこんなにキレイで素敵な身体している女の子を好きにできるのに、わざとへたくそなお料理させるなんてどれだけ意地悪なの?」
「悪いか?」
「最悪よ!」
彼女はぷいっと顔を背けてみせる。公太郎は笑いながら腰を上げた。
「しかたない、そう言うご主人様なんだから俺がくたばるまで諦めるしか無いだろう」
ヒトミはポケットの中の丸メガネに手を添えているように見えた。
「……公太郎もいつか死んじゃうんだよね」
「帰ろう、フタバもハナも待っている」
彼は歩き出したのだがその公太郎のジャンバーの背中をヒトミは引っ張っていた。
「……あたしの作る料理を『うまい』って言うまで生き続けなきゃダメよ」
「努力するよ」
「うん。きっと二人ともそう言うわ」
そのまま彼女は力任せにジャンバーを引っ張って彼の背中を胸に引き寄せた。
公太郎も風よけくらいになるだろうと思いそのまま動かなかった。
夕焼けが二人を赤く染める。そして静かで優しい時間が流れていた――のだが、
「よーよー、見せつけてくれるじゃねえか」
「全くよう、こんな公共の場所で、そーんなハレンチなことしているとはさすが無法の末禅高校生徒様だよな」
広場の入り口からそんな下品な声が聞こえてくる。五人の男がにやついた顔を向けて近づいて来た。
公太郎は顔に出さなかったが、気分を害されたらしいヒトミはその綺麗な顔を思いっきりゆがめている。そして当然のようにそのいらだちを公太郎にぶつけるのだった。
「……誰、あいつら。公太郎のお友だち?」
「いや……友だちでも無いし知り合いでも無い。わりに近所にある吉木工業って言う男子校のあまり素行のよろしくない人たち」
「ふーん、そう言うこと」
簡単に言うと不良の方々なのだ。
進学校と言うことで末禅高校は品行方正な生徒がわりに多い。そのため近隣のあまり品が良くない高校から搾取の対象になっていた。
特に吉木工業高等学校とはいろいろと因縁が深いのだが、もめる最大の原因は女子がらみなのである。
末禅の女子と言うのはいわゆるブランドの一つであり、進学校だからと言って昔ながらのガリ勉少女ばかりが通っていると思ったら大きな間違いだ。
自由な校風にあこがれここを受験する女の子は多い。それに美少女が高い確率で存在する。
公太郎の隣に居るヒトミ≒華子もその一人だ。
〈そう言えばハナも昼休みに公園で、吉工の生徒に声かけられた事があるって言ってたっけ〉
「おい何シカトしてんだよ!」
公太郎としては無視を決め込んでいた方が楽なのだが、どうも隣のお嬢さんはそれを許してくれそうも無い。
彼らが乱入してから明らかに殺意のこもった視線を送り続けている。サイドテイルの毛先が怒気に連動してプラズマを放出しているように見えた。
ところが、五人組の中の一人がヒトミの顔を見て大きな声を上げた。
「おう、これってあの女じゃねえのか?」
指さされたヒトミは何のことやら判らずにきょとんとした。
「知り合いか?」
公太郎がたずねてみる。もしや今朝方学校に来る途中でナンパされたのかと思ったが、彼女は強く首を振っていた。
そんな二人の様子とは別に五人組は話を進めている。
「なんだよ、その女のこと知ってんのかよ」
「ほら、前に田中がこんな女にコクって無視されたって泣いてたじゃあねえか」
「ああ、あれか。するとこっちのデカブツは『コウタロウ』ってヤツか?」
その男は公太郎を指さす。
「なーによ、あんたやっぱり知り合いなの?」
ヒトミに質問されここ数日の記憶を掘り起こしてみた。自分の名前を知っていて吉木工業に田中、それにコクハクと言えば……祖父の家にフタバを迎えにいった日のあさのことだろうか。
確かに間接的とは言え、ヒトミ≒華子と自分の知り合いになるのかもしれない。
「……んー、なるほど」
「知り合いなら挨拶くらいしといた方がいいのではなくて?」
「ならおまえも一緒だぞ」
「やーよそんなの。どっちかと言うと目の前から消えて欲しいんだから」
その言葉が冗談に聞こえなかったので公太郎は小声でささやいた。
「相手は人間だからな、あれは無しだぞ」
「判ってるわよ、そもそもフタバは待機状態なんだしー」
「なんだぁ、てめえら俺たちを人間扱いしないつもりか!」
〈いや人間でなければ大変なことになるんだけど〉
と、そこに。
《おねえちゃまぁ》
どこからともなく公太郎の耳にそんな今にも泣きそうな女の子の声が聞こえてきたような気がする。
思わず辺りを見回してみても自分たちしか居ない。妙な空耳だなと思ってみたのだが、
「ミカ、そこに居るの?」
ヒトミが目を見開いて空耳に返事をしていた。
§
それと平行して。
こちらは公太郎の部屋のベットの上である。仲良く並んで寝ているのは桜庭華子とフタバなのだが、華子の方は気絶した当初からうなされ続けている。
かく言う今も、
「あ……あたしの、あたしのビーフシチューがっ!」
と言いながら口が盛んにもぐもぐと動いている。さらに、
「お肉、高かったのにぃっ! 公太郎のバカ!」
そこでかっと目を大きく開くと、勢いよく上半身を起こした。
ぼんやりとした頭とかすんだ視界で辺りを見回すと、彼女も良く知っている公太郎の部屋である。そこについてはあまり驚かなかったが、問題は自分が公太郎のベットの上で寝ていること、それに、
「うわ、何これ」
彼女が着ているのが彼のトレーナーであったこと、さらに、
「おー、どうなってるの?」
自分が穿いているのが見たこともないタイトスカートだったこと、加えて、
〈え……?〉
声にもならないが隣でフタバが寝ていることだった。
とりあえず何が起きたか整理しよう。
タイトは窮屈であぐらをかくことができなかったがうんっと腕組みし目を閉じた。
まず今朝も一応二人分のお弁当を作り早めに家を出て、公太郎の家に着き大きな鏡を見て……どうもそこからはっきりしないが何か全身がしびれ、そしてここにいる。
ふとベットの横にある目覚まし時計を見ると午後四時過ぎ。この家に来たのが午前七時くらいだから最後の記憶から九時間が過ぎていることになる。その間ずっと寝ていたにしては身体が妙に疲れていた。
途中で何があったのか、どうして自分はこんなちぐはぐな服装をしているのか、さらに何で隣にフタバが寝ているのか?
もしかして公太郎が自分の口にクロロホルムをしみこませたガーゼを押し当てて気絶させ、フタバと一緒にとても口にできないような行為をおこなっていたとか!
自分で想像しておきながら、あいつだと絶対無理と乾いた笑いを浮かべていた。とりあえず身近な少女にこれがどんな状況なのか聞いてみようと考えた。
「ねえフタバさん……」
この子は寝ている時もメイド服を着てメガネをしているのだろうか、と思いながら小さな肩を揺さぶったのだが全然起きない。
それにしても良く寝ている。例えが悪いがまるで死んでいるような。
そこで思わず身体を引いてしまった華子だが、まさかと思って苦笑いすると彼女の鼻に指をかざしてみる。
……おかしい、呼吸していないような気がする。思い切って耳を彼女の口元に近づけてみても呼吸音はおろか鼓動も聞こえてこない。
おそるおそる彼女の右手を取ってみたが普通は脈を打っているはずなのにそれも無かった。おまけに極端に体温が低い。
寝顔をよく見てみると妙に白い。何と言うか血の気が全く無い。
条件がそろいすぎている。華子の顔面からも血の気が引いていった。
「……フタバさん?」
もう一度彼女の名前を呼んだが返事無し。
一拍おいて。
〈し、死んでる!〉
華子はベットから転がり落ちる勢いで後ずさりした。本気で驚くと悲鳴なんかでないし何かをしゃべるなんて無理だと判った。
〈まずどうすればいい、警察を呼ぶのそれとも救急車?
でもでもどうしてこうなったの公太郎はどこにいったのなんであたしが隣に寝ているの?〉
華子の頭の中はそれこそパニックになりサスペンス劇場のオープニングテーマ曲が鳴り響いていた。気分的には終盤の崖の上に立たされている状態に近い。
ともかくあたふたして自分自身を忘れている華子の横で、呼吸も鼓動も忘れたフタバは少しだけ目を開くと華子に聞こえない一言を発していた。
「……ミカ」




