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22 夏  ヒマワリ 4

 拓とヒワコは互いに顔を見合わせ、きょろきょろした。

 茜が、今一つ様子が飲み込めない、といった顔でゴーヤーの苗を一つ、ポットから取り出し、プランターに植え替えていた。

 

 ――ごめんなさい驚かせちゃったみたいで。ハハッ、だめだなあ、わたし。

 

 プランターのすぐ後ろに、大柄な、二十代後半から三十代前半くらいの女性が立って何度も会釈えしゃくしていた。


 やや下膨しもぶくれの瓜実顔うりざねがおで、角張った眼鏡をかけた彼女は、下ろすと肩より少し上くらいの髪を、両側に分けてしばっていた。

 目は小さくかすり傷のようで、鼻も低くて、少なくとも拓の基準では美人ではない。けれども、低めな声も姿も、どこかのほほんと落ち着いていて、笑顔がやわらかい。

 オフホワイトののりがぱりっと効いた開襟かいきんシャツに、濃い緑色のパンツを合わせている彼女は、なぜか、文庫本を手にしていた。

 

 ――だ、誰!?

 ヒワコは、手や脚を変な角度で曲げたまま硬直こうちょくしていた。

 

 ――ゴーヤーの精の、ウリヤだよ。よろしくねー。

 女性は自分より小さなヒワコに向かって、深々と頭を下げた。

 言葉自体は標準語なのだが、アクセントが一つ一つの言葉の最初に来ることが多く、聞いていると拓は不思議なリズムを感じた。

 

 ようやく、ヒワコは姿勢を元に戻した。

 ――あ……あたしはヒマワリの精のヒワコだ! 覚えてやがれ!


 いきなり別れ際の台詞を吐いてどうすんだ!

 

 ――ハハッ。元気よくていいわねえ。ヒワコさん、っていい名前さー。太陽を表す「日」の 字に輪っかの「輪」って漢字を当てたら、ヒマワリっぽいしね。これからお世話になるんで、いろいろ、教えてちょうだいねぇ。


 ヒワコの妙なリアクションにも、ウリヤはまったく動じない。

 泣き出しそうになっている小さな娘を、大丈夫だよ、と母親や幼稚園の先生があやしているみたいだと拓は思った。


 ――あのう、そっちの方は?

 眼鏡に手をやり目をしょぼしょぼさせながら、ウリヤはヒワコに尋ねた。

 ――こいつは近くの高校の園芸部員で、水原拓。このうちのじいさんから、お、お前を緑のカーテンにするよう言いつかってるんだ! ちなみにわたしが見える。

 ――おい、人を指差ゆびさすな。あと、いきなりお前呼ばわりはねーだろ。

 ――い、いいんだよ!

 口を挟まずにいられない拓とヒワコのやり取りも、ウリヤはにこにこして見ていた。


 ――そうなんですか。お手数をおかけして申し訳ないですぅ。よろしくお願いします。もう一人のかたにも、よろしくお伝えください。

 ウリヤは大きくがっちりした体をよじりながら拓にお辞儀じぎし、茜にも頭を下げた。

 ――わかりました。こちらこそ、よろしくお願いします。

 思わず敬語になってしまった拓に、ウリヤは、

 ――あ、どうぞタメ口で。

 と付け加えた。

 


 ――わかった。んじゃ、そっちもな。

 拓が答えると、茜が背後から声をかけた。


「拓! 時間がないのはわかるけど、パントマイムの練習はあとでやってよね!」


 拓ははっとした。いつの間にか、目いっぱい普通の身ぶりでヒワコやウリヤと話してしまっていたらしい。


 自分の言葉が周りから見て不自然にならないよう、茜は精一杯せいいっぱいフォローしてくれたのだ。

 そして、拓の手が止まっている間も、茜はずっと作業を続けていた。すでにじょうろでプランターの土に水をやり、穴を掘り、根鉢ねばちを崩さないように苗を土の中に植え替えていた。


「ごめん」

 茜に、拓は手を合わせて謝り、もう一つのプランターを手に取った。そしてまた作業に取りかかった。


 ヒワコとウリヤの話を短くまとめて小声ですると、へえ、と茜は目を見張みはった。それから、必ずしも天を向いて咲いているわけではないヒマワリの花々と、まだ小さなゴーヤーの苗とを見つめ、「わたしもよろしくお願いします」としゃがんだまま頭を下げた。



 ――こいつ、男のくせに花が好きなんだぜ!

 

 ヒワコが伸ばしかけた人差し指を引っ込め、鼻の下を手でこすりながらウリヤに説明した。


 ――性別、関係ねえだろ!


 拓はゴーヤーの苗を取り出す手を止めぬよう気をつけつつ、胸のうちでつぶやいた。


 ――ハハハッ! 確かに関係ないですね。あ、でも、男の人が花が好きだと、なんか問題あるのかしら?

 ウリヤは、ふっくらした大きな手を頬に当てた。興味津々(きょうみしんしん)といった感じで、小さな目が輝いている。

 ――べ、別に問題はねーよ。でも男なら男らしく、スポーツでもやりゃいいじゃん。

 思わぬ角度からの質問に、ヒワコはうろたえているようだった。


 ――アキサミヨー! 花の世話ってけっこういい運動よ!?


 ウリヤは心底しんそこびっくりしたように、口をしばらく開けていた。

 

 ――アキサミヨーってなんだよ、アキサミヨーって!

 ずれたところに噛みついたヒワコに、ウリヤは頭をきながら答えた。

 ――わ、ごめんねえ。アキサミヨーっていうのは、沖縄おきなわで、あれまあ、とか驚いた、とかいう意味で使う言葉なの。ふだんは標準語で喋るようにしてるんだけど、ふとしたときに、つい、 出ちゃって。


 それからウリヤは、なんの話だっけ、とヒワコと拓を交互に見やり、あ、そうそう、と手を打ち合わせた。

 ――男でも女でも、花が嫌いでポキポキ折ったり引っこ抜いたりする人よりは、花が好きな人の方が、わたしは断然いいよ?

 と真面目な顔をした。


 ――けっ! 正論せいろん吐くやつはつまんねーなぁ。

 ヒワコはミニスカートのポケットに両手を突っ込むと、ぷいっと後ろを向いた。

 

 ――ハハッ、正論かどうかはわからないけど、確かに人を笑わせる内容ではなかったわねー。でもヒワコさんにもそのうち、つまんないって思われるってわかってても、これ言わなきゃー、って思うようなことが出てくるかもしれないわよぉ。

 ウリヤは優しいまなざしで、ヒワコの背中に話しかけた。

家の近くのスーパーでは、秋になるとあんまりゴーヤー(実)売ってないんですよね。

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