43話:3億越え
なんとか17日以内に更新することが出来ました。
このように、学校が始まり、ギリギリの状態で投稿です。
どうかみなさん、温かい目で見守ってくださるようお願いします。
戦いにおいて、ミユに出来ることは限られていた。
それは他人の補佐または身を守ることの二つである。
それ以外で彼女に出来ることと言えば、裏をかいた攻撃、つまり罠を張ったり仕掛けを施すことだった。
しかし、それは分類上『補佐』に値するもので、相手に対して大打撃を与えるものではなかった。
味方の通る道を開けたり、相手の気を引いたり、または視界を奪ったり拘束したり。
補佐と身を守ることだけでは、一対一の戦いにおいては勝ち目がない。ほとんど無い。
一応、低級悪魔程度であれば肉弾戦、いや剣を交えて戦い勝つことはできるが、目の前に居るのはそう、主天使なのだ。
真っ白な長い髪にそれに負けないくらいに透き通った肌を持つ主天使、ラン。
神の威光を知らしめるために様々な仕事を買って出る役割優秀な彼女。
その彼女が何故、こんなことをするのかがわからなかった。
天界3億4738万0945番地と言えば、3億越えと呼ばれる未開地なのだ。
天使はもちろん悪魔も住んでいない未開の地。整備されていないので監視役となる天使もいない。
無法地帯とでも言えばいいのだろうか、そんな地域に呼び出されたということは神の監視下で行えるような事ではないということなのだ。
であれば、考え付くのはランの独断で始めたことだということ。
だが、何故彼女は自分に対して執着しているのかが分からない。彼女は記憶がどうこう言っていたが、自分には思い当たる節は無いし、恨みを買った覚えもない。
何故? そんな思いばかりが頭の中を覆い尽くしていた。しかし、考える時間を彼女は決してくれない。
『力を抑えていては我には勝てないぞ!』
ランは左手の黄金の槍を突き出してくる。風を切ってそれはミユに接近し、殺気を振りまいて穴を穿つためにその槍は吠える。
「っ! 抑えているつもりはありませんがっ」
ぐんっ、と身体を捻って槍から逃れると、翼を展開し空に飛びあがる。その間にも口の中で術式を組み立てる。
空中からの攻撃、それも良かったがそんなものではランに傷一つ付けられないだろうとミユは早々に地面に舞い降りる。地に足がついた瞬間、ランの右手の刀身の青い槍が迫る。
首をひねって避けると、冷たい風が顔を撫でた。おそらく貫かれれば身体の内側から凍らされてしまうだろう。血液を凍らせ、身体の内の循環を停止させたうえで戦闘不能状態にするのだ。
それが分かっていたミユは、桃色の装飾剣を出現させてランに切りかかる。
『そのような飾り物、打ち壊してくれる!』
左手の黄金の槍で弾かれたそれは、すぐにミユの手を離れバラバラに砕け散ってしまう。魔力の供給が途切れたのだ。いや、それ以前にあの黄金の槍の力に負けていたのだ。
破片が地面に突き刺さる。ミユはそれを横眼で眺めつつ、新たな術式を展開させる。
ミユの左右に幾何学的な模様が散りばめられた魔方陣が一つずつ出現する。そこから何本もの細いレーザーが放出される。
それはランを追尾し、どこまでも追っていく。逃れるようにランは翼を展開させて上空に飛びあがり、そのまま滑降してきた。
右手の青の槍が突き出されているのを見て、ミユは飛びあがってその場から姿を消す。
バンッ、と地面に突き刺さった青の槍は瞬く間に草原を凍らせ、風に靡いていた草の時間を止めた。
『何故、手を抜く』
「何か勘違いしているようですから言いますが、私は戦闘に長けているわけではありません」
『多分そうらしいな。だがな、記憶ではそうではない。貴様の中の本当を、見せろ』
「話が通じないみたいですね。どうすればいいのでしょうか」
『内なる力を、出せばよい!』
いつの間に加速術式を展開させていたのか、双方の槍を構えて突進してくる。
唐突の出来事に反応に遅れたミユは咄嗟に手を前に突き出して、結界を張った。それは薄く、盾と呼べるものには到達していなかった。
ランの突き出した槍の一突きでその結界は崩壊し、ミユは吹き飛ばされてしまった。
草原の上を転がり、ランと距離ができる。だが、身体を地面に打ち付けたせいで、すぐには立ち上がれない。
そこで先ほど空に飛びあがった際に仕掛けて置いた術式を使用する。
瞬間、天から雷撃が降り、ランを撃った。
が、しかし。
『その程度で、我は倒せんっ!』
ランはよろめくことさえしなかった。ただ彼女の立っていた地面の草が軽く焦げただけで、彼女自身にはダメージを与えられていなかった。
再び迫ってくる彼女に対し、ミユは装飾剣を出現させて槍の柄部分を弾き、刀身の軌道を逸らす事しか出来なかった。装飾剣は破壊され破片は散らばる。
「くっ」
『はぁっ!』
槍を乱打してくるラン。ミユは装飾剣を何度も出現させては防御に使い、破壊されては欠片が舞う。
そんな事を何度も繰り返している内に、しびれを切らしたのかランは一度後退し槍をその手のうちから消し去った。
『このままでは何も進展しない。我も手を抜いてこれ以上戦うのは逆に疲れが溜まる。だから、次で決めよう。次の槍は、防ぐことは不可能だ』
天使であるはずなのに、邪悪な殺気を振りまいて言うランに対し、ミユは口の中で術式を組み立てて地面に配置した。
ランはそれを見逃してはいなかった。
『暴発ノ槍』
新たに奇怪な形をした槍をその手に収め、ランはミユの心臓の位置を睨みつける。
持ち手には渦巻くように装飾がなされており、刀身である先端は円錐型ではなく、薄い二等辺三角形がいくつも並んでいた。それはシュレッダーを彷彿とさせたが、ランの叫んだ名前からして刻んで殺すような槍ではないらしい。
『最後の策は、張り終えたか?』
「………」
『いいだろう、手の内を見せずに死ぬ。それもいいだろう』
冗談は言っていないようだった。並大抵ではない殺気とその槍が放つオーラに、ミユは身体が少し震えていた。
もし、最後の策が破れたら。
そんな負のイメージが頭の中を支配するが、彼女はそれを振り払う。
生き残るべきなのだ。相手に頭を冷やしてもらい、最低でも話を出来るレベルまでに落ち付かせる。
ランは確定した何かを再確認するかのようにして自分を襲っている。
その確定した何かを信じて疑わない彼女に、言って聞かせるべきなのだ。
ミユの考えがまとまったことを見抜いたのか、ランは加速術式を展開して真っ直ぐに突っ込んできた。
そして、ミユの仕掛けた術式を踏みつぶし、ミユの横腹を思いっきり蹴った。
「がっ………」
蹴りの威力は内部で爆発し、身体を吹き飛ばすためのエネルギーは全て内臓破壊に費やされた。
そう、戦闘において相手を蹴り飛ばすのは良い戦いではないとされている。それは相手との距離ができるし、吹き飛ばされている途中に何らかの策を練られる可能性があるからだ。だからあえて吹き飛ばすことをせず、特殊術式を足に張り巡らせて蹴りの威力を全てその身体に当てるのだ。そうすれば追撃も楽になり、何よりもダメージ量が桁違いになる。
ランは空中停止したミユに対し、槍の刃が付いていない部分で横薙ぎしてさらに同じ箇所を攻撃。
ミシリ、と手に嫌な感覚が伝わってくるが顔をしかめるわけにもいかずランは続けて槍の刃の部分を地面に刺した。
次の瞬間、その槍を中心に強大な爆発が巻き起こった。
視界が砂煙で覆われ、ミユの姿が見えなくなる。しかし、もう決着はついていた。
結局、彼女は全てを隠したままだったのだ。
何を言うでもなく、強大な力を振りかざすでもなく、ただ一介の天使としてその力を持って大きなものに立ち向かっただけだったのだ。
では、ランは間違えていたのか。
それは無いはずだった。記憶ノ槍で引きだした記憶に偽りなど無いはずだった。
記憶ノ槍が誤作動し、ミユの夢をさらったのか。それも違う。夢ならばあんなにリアルなわけではないし、そもそも記憶ノ槍には夢を抜き取ると言った能力は無いはずだった。
風が草原を撫でると、砂煙も共に流れていった。
ミユは地面に伏したまま動かない。死んでしまったのだろうか、死んだかもしれない。何しろろくに防御術式も張っていない身体に直接攻撃を仕掛けたのだから。
内臓は修復不可能なレベルに破壊されているはずだった。おそらく、今ミユに触れると、ぶよぶよとした感触が得られるだろう。槍でつついたりしてみると、剥がれた皮膚の下からはぐしゃぐしゃになった肉の破片と内臓の欠片が流れ出てくるだろう。
そう、安易に想像できたのだが。
「手加減、したつもりですか………?」
ミユは膝を震わせながら立ちあがっていた。
あり得ない、こんなことはあり得ないはずだった。確かにミユの展開した術式を自分は踏んだ。
踏みつぶしたのだ。それは確かに発動した。自分の蹴りの威力の一部分はかき消された。
だが、それを持ってしてもこの足と靴に張り巡らされた術式は身体を破壊するのには十分すぎるくらいのものだった。
では、何故。
「そうですね、あなた。草原の感触はいかがですか……?」
『草原の、感触? 貴様は何を言って──────』
そこでランは気が付いた。草の踏みしめる感触が直に足に伝わっていることを。
自分は靴を履いていなかったことを。
ランは視線を下げると、そこには黒のソックスを纏った足が目に入った。その足は確かに地面を踏んでいる。術式は、一部しか展開されていない。
『そうか、あの人間の家で……』
靴に仕掛けた分の術式、ミユが展開したものによる弱体化。それらのおかげで大ダメージには至っていないと?
いや、そうは言ってもすでにミユは満身創痍だ。
この状況で絶望を叩きつければ、もしかすれば。
すでにランは戦いの中で冷静さを欠いていた。
靴を置いてきたという初歩的、いや程度の低すぎるミスをした上に、流れの中で存在を忘れられがちだったがミユは暴発ノ槍の爆風を受けてなお立っているのだ。
それに対する術式の弱体化を行っていないにもかかわらず、立って見せたのだ。
その中で誰が冷静でいられるだろうか。少なくともランには不可能だった。
『では、次で終わりだ』
暴発ノ槍を両手で握り、切っ先をミユに向ける。
すでに立っていることがやっとのミユに対して、小細工が必要ないと感じたのかランは術式を張ることもなく、一直線に突っ込んでいった。
ランがその一歩を踏み出した時、彼女は先に破壊したミユが生み出した装飾剣の破片を踏み砕いていた。
ミユの眼前に牙が迫る。それに対してミユの取った行動はあまりにも簡単なものだった。