【奥さまの温かさ】
麗らかな午後、と申しましょうか・・・。
春も間近に迫っていると見えて、お縁に出ておりますと、庭の片隅の小さな桃の木には、ちらほらと花が綻んでおるのに、季節の移り変わりを感じます。。また、空も一層青々として見えますし、寒さの緩んだ気候は、まことに日向ぼっこには丁度ようございます。
わたくしもお嫁に参りまして、すでに半年を迎えました。
旦那さまは、わたくしが何もできないことにも腹をたてず、温かく迎えてくださり、とてもありがたく存じます。それに、何よりも大変見目お麗しくておいでで、わたくしには勿体ないくらいの旦那様でございます。
殿方でいらっしゃるのに、白い肌は雪のようになめらかでお美しくておいでです。それに、閉じていても分かるほどに切れ長の瞳は綺麗に生え揃った睫毛に縁取られ、一層存在を際立たせています。スッと通った鼻筋と、形のよい唇は、色香のようなものも感じます。
胸の上で組まれた手は、殿方らしく大きく、甲には筋や血管が浮かんでいるのですが、指はスラリと細く、関節が少し目立ちますが、とても逞しく感じます。
園芸や読書などを好まれるからでしょう。少し華奢な体つきではありますが、わたくしより頭一つ分背の高い旦那さまは、やはりわたくしより力も強いのでしょう。軽々とわたくしを抱えてしまします。
今はじめて気づきましたが、旦那さまの左の鎖骨の下には、小さなほくろがございました。
なぜ、わたくしが、旦那さまー松太朗さまを間近く観察しているかと申しますと・・・。そうでもしていなければ、とても冷静でおれる気がしないからでございます。
春を感じるお外の様子なんて、本当はほとんど見えておりません。
『ここが春の訪れを愛でるには特等席だな』
昼食後、お縁で着物を仕立て直していたわたくしの側にいらっしゃった松太朗さまは、そう仰ると、おもむろにわたくしの横に座られ、そのままごろんと横になられたのでございます。
『しょ・・・松太朗さま!』
わたくしは思わず、はしたなくも声をあげてしましました。
『なんだ。構わんであろう』
松太朗さまは、春の陽気のような微笑みを浮かべ、わたくしを見上げました。
わたくしの膝に頭を乗せたまま。
『か・・・構いますわよ!』
下から覗かれるだなんて、恥ずかしいことこの上ありません。
わたくし、どんな顔で、何をすれば良いというのです!恥ずかしさのあまり、わたくしは思わず顔を背けてしまいました。
『俺のことなど気にせず、針仕事をしてよいのだぞ』
などと、わたくしの膝に自らの手を載せながら・・・ついでに、ゆっくりとわたくしの膝を何度か撫でながら、面白そうにそうおっしゃいました。
間違いございません。
松太朗さま、わたくしをからかっておいでです。
わたくしは、ご無礼ながらも松太朗さまの手をパチリと叩きました。
『またわたくしをからかっておいでですね。怒りますわよ』
わたくしがそう言いますと、松太朗さまはわざとらしく、『おお怖い』と言いながら、くるりと体を反転させました。
わたくしに背をお向けになったかとになったかと思うと、枕を抱え込むようにして、わたくしの膝に手を添えられます。
『松太朗さま、あの・・・風邪をひきますわよ』
わたくしは、何もおっしゃらない松太朗さまに、恥ずかしさを堪えて言いました。
すると、松太朗さまは顔を少しだけこちらに向けられます。そして、わたくしの目が瞑れてしまうのではないかと思うくらいに、美しい微笑みを浮かべられます。
『織り殿は温かいから大丈夫だ』
『ーーっ!!!!』
松太朗さまってどうしてこうなのかしら!?
こちらが恥ずかしくなることを、平気で仰る!嫌じゃありませんわ!嬉しいですわよ!でもそれ以上に、わたくしへの愛しさを素直にお伝えなさるから、その愛情をわたくしは素直に喜べませんし、受け取れません!
恥ずかしいのです!
わたくしが、恥ずかしさのあまり頭をボンヤリさせているあいだに、松太朗さまは規則正しい呼吸のみをするようになり、すっかり黙ってしまわれました。
そして、今に至るのですが・・・。
わたくしがむやみに動けば、松太朗さまのお休みを邪魔することになります。
だから、わたくしはじっとしておかねばならないのです。
心を乱している場合ではございません。
ニャー
っと鳴きながらやってきたのは、松太朗さまが愛でていらっしゃる、猫のメダカさまさまです。メダカさまはぴょんと松太朗さまの上に乗っかりました。
「んぅぅ・・・」
メダカさまの重みで、松太朗さまが小さく声をあげられますが、起きられる気配がありません。
そしてメダカさまは、松太朗さまの腰に器用にのかったまま体を丸めてしまいました。
待って・・・。
まさか、寝ようとしているのではないでしょうね。
メダカさまは松太朗さまの腰の上で器用に眠りこけています。
松太朗さまは、わたくしの膝で穏やかに眠っておいでです。
わたくしは・・・
どうしたらよいのでしょう・・・。