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<1>やめろよゴ=ミさんのことミ=ゴって呼ぶの

 クトゥルフ神話。それは、作家ラヴクラフトとその愉快な仲間達が作り出した創作神話。人間が理解できない、捉えられない恐怖に重点を向けた、通称“宇宙的恐怖(コズミックホラー)”と呼ばれる世界観が特徴。しかしながらこの世界では日常に潜んでいるものに他ならない。



-



 午前10時を過ぎた頃。伊代惟栖(いだいいす)は交番へと足を運んでいた。警察署全体で行われる朝礼を終え、持ち場に向かっているところだ。

 外は心地いい晴れ模様。春の暖かい風が伊代に吹きつける。暖かくなると変な奴らが湧いてくる。これは伊代の持論だがあながち間違いではないと思っている。頭がおかしいというか、なんというか。狂ってるというか、なんというか。なぜこんなことを考えているのか。目の前にそういう相手がいるからだ。


「あれー、伊代じゃないですかー?おはよーごぜーます!」


 伊代が交番の戸を引くとやけに明るい声が響き渡る。重力を無視したような、跳ねた栗色の髪。耳横の触角がゆらゆらと揺れている。オーバーサイズのくせに、ショート丈の白いシャツ。紫色のリボンが巻かれた襟元。短いデニム生地のスカートの下には紫の紐で結われたブラウンのロングブーツ。そして首には星を模したネックレスがかけられていた。そんな薄桃色の肌の少女の、赤ワインのような淡い瞳がこちらを覗く。

 伊代は彼女と目が合うと、すっと戸を閉めた。


「えぇー!?ちょっとー!?」


 今のはなにか、悪い夢かもしれない。来て早々に面倒事があるわけが無い。うん。きっとそうだ。ここのところ夢見が浅いのだし、そのせいだろう。伊代はそう思わざるを得ない。

 今度は確認するようにそっと、覗き込むように戸を引いた。もしかしたら景色が変わるかもしれない。しかし見えるものは変わらず、重力を無視したような、跳ねた栗色の髪……


「夢じゃない……!?」


「やだなぁー、警察官さん。寝ぼけたまま出社しちゃー?」


「お前のせいだが!?」


 伊代は夢では無いことを知ってしまった。諦めて現実を受け入れようと、戸をいっぱいに開いた。立て付けが悪いのか、ぎこぎこと不安な音が鳴る。見えるのは重力を無視したような、跳ねた栗色の……やはりというかなんというか、見える景色は変わらない。というか、くもりがかったガラス戸越しに姿を見たとき、もしやとは思った。しかし伊代は現実を受け入れたくはなかった。

 伊代が不思議に思ったところといえば、彼女がしゃがんでいるところだ。わずか5フィート(152.4cm)の体型の彼女がしゃがんでいるとなると、余計に若く……子供っぽく見える。


「それで?今日はどういう用です?暇つぶしに来てもらっちゃ困る……」


「ふっふっふっ……!甘いな伊代くん!?私が何の計画も用も無しに交番に来るとでも……」


「はい」


「即答やめてください!?」


「まずは自分で日頃の行動を思い起こせ!」


 伊代がすかさず窘めると、彼女……星野美胡(ほしのみこ)は不満げに口を尖らせた。星野はいつもこんな様子の変わった奴だ。何も考えていないようでとにかくノリが軽く、昔から変わらない。ほんとうに学業を収めているのかと、甚だ疑問な伊代。暇さえあろうものなら交番に顔を出してくる。暇なんだろうか。いや暇だからか……


「え今失礼なこと考えました?」


「いや気のせいじゃないですかね」


「ほんとかよぉー?」


「それよりも!じゃあなんであなたいるんですか?」


「え、いちゃ悪いとでもー!?」


「そうじゃなくてだな……!」


「んもう、はいはい!実はですねー、この子がー!」


 よいしょ、としゃがんでいた星野が立ち上がる。すると彼女の服を引っ張る少女の姿が目に入る。フリルがあしらわれた桃色のワンピース姿の少女が不安そうに涙を浮かべ、星野のスカートをぎゅっと握っている。


「暇で交番方向に歩いていたら迷子のこの子を見つけてしまいまして!ちょうどいいから連れてきたという訳ですよー!」


「おいやっぱり暇つぶしじゃねえか」


「まあまあ待ちなさい伊代くん。そんな言葉遣いじゃあ、教育によろしくなくてよ」


 まともではない奴がまともなことを言うと心底むかつくのは何故なんだろうか。そんなことを思いつつもこればっかりは星野が正しいので、口を閉じる伊代であった。

 伊代はそんな星野にため息をつきつつ、少女に歩み寄る。少女は驚き肩を震わせビクっとすると、星野の後ろに隠れてしまった。


「あーあ、伊代くんが怖いからー!」


「……少し黙っててくれます?」


「はーい」


 伊代は少女に無理に近づこうとはせずにその場から話しかける。

 そんなような、相手に無理強いしないところ優しいよなーっと思う星野だった。実のところその上に、避けられてしまったのが少し心にきているからとか、そういうのではない。決して。


「ごめんな、驚かせてちゃったな。このお姉さん、怒られるようなことばかりするんだ。」


「ん?今私のことディスって……」


「僕は伊代、よろしくね。お嬢ちゃんの名前も聞いてもいいかな?」


「……はな、はなだよ!あたし、はな!」


 少女は星野の後ろから顔を少しずつ出し、やがて完全に前に出てきた。先程のような曇った顔は花開くように晴れており、安心する伊代。

 ちなみに警察官という職業上、子供から羨望の眼差しで見られることはあるものの、伊代は子供の扱いには慣れていない。というか対人関係はあまり得意ではなく、せめて少女を安心させてあげなければと奮闘しているに過ぎないというのが本当のところだ。


「そっか、はなちゃんか。はなちゃん、おうちがどの辺かわかるかな?」


「ん……わかんない……くもさんについていってたらしらないとこにいたの……」


「くも……蜘蛛!?お、おお。そっかそっか。大丈夫だよ。お兄さんが必ずおうちに帰してあげるからね」


「ほんと……!ありがとうおにいちゃん!」


 思わず会話を止めようとしてしまった伊代だが、慌てて続きを紡ぐ。外見10歳かそこらの少女ならば、確かに蜘蛛も苦手としないのかもしれない。少なくとも泣きそうだった少女が笑顔でいるのに「何故に蜘蛛を」と水を指す気にはなれなかった。


「おい星野、この子はどの辺にいたんです?」


「うーん、態度が手のひらドリル!えっとですねーここの隣の通りで__」


 星野は当たり前のようにカウンターに入り机の引き出しを漁ると、ここら一帯の地図を取り出した。良くぞまあ、位置まで知られている。というか不法侵入で捕まえられそうなものだが、伊代としてはもう何度見たかわからない光景なので、触れるのをやめておいた。

 星野が指で示した通りは大通りではなく、外れた小道だった。彼女の家から交番までの最短ルート上に少女はいたらしい。


「一旦向かってみることぐらいしかできませんよね……はなちゃん、おうちの人の電話番号とか、わかる?」


「んーん、なにそれ?メッセージから押すと電話できるんじゃないの?」


「うーん、現代っ子」


「甘いね伊代くん!」


「今度はなんですか!?」


 星野は自信ありげに地図から顔をあげる。星野がくん付けする時なんざ、大抵というかほぼ100%ろくでもないことだということを、伊代はよく知っている。 半ば期待せず呆れたように星野を見上げる伊代。星野は何故か得意げである。嫌な予感しかしない。


「ちっちっちっ……最先端といえばこうですよー?」


 人間が理解できない、捉えられない恐怖に重点を向けた、通称“宇宙的恐怖(コズミックホラー)”と呼ばれる世界観、クトゥルフ神話。そしてこの世界では__日常に潜んでいるものに他ならない。


《最先端はテレパシーですよー!?》


「こんなことに使ってくんな!!」


 星野美胡の正体はミ=ゴである。



◆



 ミ=ゴ。それは冥王星(ユゴス星)からやってきた科学者のエイリアン。地球へは鉱物採取に来ただけであり、そこまで人間に興味を持っていない模様。先住民である古のものや、同時期に地球に存在した偉大なる種族と争っていたとか。

 そして彼らの科学力は人間のそれと比べ物にならない程優れている。最たる例をあげるとするならば、生物の脳を生きたまま取り出し保存することが出来る技術、通称“脳缶”であろう。

 そんな彼らは今日も今日とて人里離れた場所で採集か研究かを励んでいる__



◆



 きょとん、と不思議そうな少女の目に伊代はさっと右手を置き視界を遮ると、左手で星野をぺしっと叩いた。この光景を見せてはいけないと伊代の良心が踏みとどまった。危ない危ない。


「い、いたぁ!?ちょ、何するんですー!?」


「え?なんの事ですか?何も見てないですよ僕は、はい」


「いや見てないのははなちゃんであって、私に手を挙げたのはいだ……」


「急になぁに!?おにいちゃん、なにしたの?」


「ううん、何でもないよ。ちょっとお姉さんに虫が止まってたから懲らしめただけだよ」


「へぇ!おにいちゃん、やさしいね!」


「嘘つけぇ!?」


 星野は涙目で反論をする。手加減なんて一切ない普通の、いや本気のビンタであった。少し頬がひりひりする。普通、少しは加減をするものではないのか。


「嘘ではないですよ、あなた虫みたいなもんでしょ」


「虫じゃないんですけどー!?甲殻類風菌類ですよ私はー!全く、これだから最近の若いもんは」


「僕の方がかなり年上ですけどね」


「……だまらっしゃい!!」


「はいはい、というかいきなり神話的事象起こすのやめてくださいね?手が出るとこでしたよ?」


「出てたって伊代さん!?」


 わーわー叫ぶ星野を横目に、伊代は少女がいたという小道に行ってみようと支度を進める。

 近場といえども交番から離れるわけなので、その旨を伝えておかねばならない。カウンターに侵入した星野の隣をすり抜け、後ろに顔を出す。


「__というわけで行ってきますね、橘。ここは任せても大丈夫ですか?」


「はい!伊代さん!交番の平和は僕が守りますよ」


 伊代の後輩、橘(たちばな)は元気よく了承した。彼は業務を円滑に進めるのはもちろん、伊代のことも尊敬している信頼できる後輩だ。しかしながらどこか軽いところが玉に瑕である。

 きちんと整理整頓されている引き出しを開け、準備する伊代。その背後に近づく橘の影。


「あの、伊代さん。星野さんもご一緒にですか?」


「……ま、まあ。迷子を見つけたのはあいつですしね」


「ふーん?……頑張ってきてくださいね伊代さん!応援してますから!」


「そういうとこですよ!?星野とはなんもないですからね!?」


 がたん、と机を揺らし急いで立ち上がる伊代。そしてそそくさと部屋から出ていってしまった。当社比で顔が赤かったと確かに観測した橘だった。

 ただ残された橘は微笑ましいと思うと同時に、伊代から課さられた仕事から逃げたくなった。



-



 もうすぐ午前も終わろうとする頃、三人はぽかぽか陽気の中、街を歩いていた。新学期キャンペーンや新生活応援、と言った言葉が目に入る。いかにも春らしい。道端では花粉症のせいか、ティッシュ配りから受け取る人が多くいる。歩道の隅ではたんぽぽがアスファルトの隙間から顔を出し、蝶が辺りを飛んでいる。そちらに駆け寄る少女を見失わないように気にとめつつ、伊代らは星野の案内のもと進む。


「そうそう、ちょうどそこの脇道だったはずですー!」


 星野が大通りを外れて脇の路地に入る。先程の大通りと比べ顕著に治安が悪い。華やかな雰囲気と打って変わり、陰鬱で空気が漂っていて、地面には煙草の吸殻や多種多様のゴミが散乱している。

 普段星野がこんな道を使っているのかと思うと眉を顰める伊代。思わず少女の手を取る。


「はなちゃん、おにいさんから離れないでね」


「うん!」


「……本当にこんなとこにいたの?」


「そうだよ!そしたらおねえちゃんに会ったの!」


「そ、そうなんだ……」


 子供の好奇心故だろうか、伊代が思っているより怖がっている様子はない。なんなら普段見かけない光景に心踊らせているようにすら見える。

 しかしどうしたものか。現場に来てみたはいいものの、これといって何かがある訳でもない。すると……


「あ、まだあの人いたんですねー?」


 星野が場違い感のある明るい声で指を差す。人を指で差すなと説教しようとも思った伊代だったが、その方向を目で追い口を閉じた。

 そこにいたのは地に座り込んでいる男の姿。一見ただのホームレスとなんら変わりない。しかし格好はそこまでみすぼらしいわけでもなく、腹部は膨れている。まるで、たまたま初めて今日ここにいるような。さらに男の様子もおかしい。見えない何かに話しているような、怯えているような、そういった様子だ。

 ますます星野への不信度が増す伊代。こんな変人と遭遇しておいて何も言わなかったのか。というか流石春といったところ。本当に様子のおかしい奴がいるとは。


「あの人に聞けば何か分かるかもしれないですねー?今日はずっとそこにいたはずですからー!あのー!すみま……んむ!?」


「お前正気か!?」


 男に声をかけようとする星野を慌てて止める伊代。星野の口を間一髪で塞ぐ。一体何を考えているというんだ、明らかに常軌を逸しているというのに。


「ぷはっ……なんですか急にー!私ミ=ゴですし正気もくそも……」


「そうだったわお前狂気(マッド)科学者(サイエンティスト)ゴ=ミだったわ」


「心配してんのかディスりたいのかよくわかんないですね……あとだれがゴミだって!?」


「狂気は否定しないのかよ」


「まあ人間と比較するとどうしてもですねー、はい」


 何故か自信ありげな星野を放置する伊代。こんなとこで星野と話している場合ではない。

 今は少しでも情報が欲しいところだ。なら話しかけるのは致し方ないかもしれない。しかし星野に行かせるのは如何せん、不安だ。


「おい星野、この子を頼みます。僕が聞いてみます」


「ふぇ、え、ええええ!?あなた正気ですか!?」


「再放送やめろ!仮にもあなた女の子でしょう、ここは僕が行きますよ」


「仮にもとは失礼なー!?まあそんなに言うなら任せましょうかね……」


「おにいちゃん行っちゃうの?」


「大丈夫大丈夫、ちょっとはなちゃんがどこから来たのかを知ってるか聞くだけだから。すぐ戻るよ」


「わかった、待ってる!」


「うん、待ってて」


 伊代は少女を星野に預けると、男に話しかけに行った。伊代の姿が徐々に近づいて行っても男は特に反応を示さない。そしていよいよ間近に迫るところまで来た。満を持して伊代が声をかける。


「すみません。自分こういった者なんですけど今お時間……」


「……」


「……あの、聞こえてますか?」


「……わかった!!わかった!!殺さないでくれ!!わかったから!!」


「ひっ!?」


 突如として男が狂ったように叫ぶ。

 いや、狂ったよう、では語弊があるかもしれない。

 狂っている。伊代の第六感がそう告げる。こいつはもう狂気に侵されている、と。

 思わず伊代が後退ると、男が伊代の肩を掴みぐっと引き寄せる。力んでいる上に手はガタガタと震えていた。目と鼻の先に男の顔が伊代の目に写る。


「っは!?ちょっと何を……!」


「なあ頼むよまだ死にたくねえんだよ……!!ああ嫌だ……くそっ、気がついた時にはもう……アレがちらつくんだ……!!」


「わ、わかった!殺さないから離してくれ!聞きたいことが……」


「お前もか!?お前もなのか!?ならわかるだろう!?これが!!まただ!また、あれが!くそ、くそがくそがくそが!」


「……すみません!」


 この男との対話が無理そうだとわかり、伊代は思いっきり男の身体に蹴りを入れる。男はその拍子に突き飛ばされ、地に尻を着く。なんとか伊代は男の拘束から抜けることに成功した。

 男はぐらぐらと揺れながらも立ち上がると、そこらに転がっていた鉄パイプを手に取り、伊代に向かって殴りかかってきた。振り下ろされるそれを、伊代は何とか寸前で回避する。大きく振りかざされた鉄パイプは、勢いを殺すことなく背後のゴミ溜めを叩きつけた。ガシャン、と大きな音を立て横に倒れ、見るも無惨に中身が散乱する。

 男はそれを有様を気に止めず、むしろ避けられたことに怒りを覚え、伊代へと向き直り次の手を繰り出す。


「それを下ろしてください!聞いてますか!?」


「どうせ俺は死ぬんだろ!?なら俺と一緒に死んでくれや!!」


 がむしゃらに振り下ろされる鉄パイプを紙一重で避け続ける伊代。このままでは埒が明かない。当たらずにいられるのも時間の問題だ。だがどうしたものか。男が動ける限り、こちらに敵意を見せてくることだろう。

 ならば仕方ない。これも正当防衛だ。伊代は男から距離をとると懐に手を入れ、目的のものを探り当てる。取り出したのは手に収まるサイズの機械、例えるならばデジタルカメラのようなもの。きっと少女がこれを見れば「一昔前のカメラ」とでも表現するかもしれない。伊代はそれを不慣れな手つきで確認すると……覚悟を決め男に向かい引き金を引いた。

 その刹那、閃光が辺りを照らす。


「少しだけ、大人しくしててもらいますから!」


「嫌だ!嫌だ!やめ……がっ__!?」


 喉が潰れたような声が路地に響く。男の筋肉が勝手に収縮し、関節が軋む。焼けるような熱と鋭い痛みが腕を駆け上がり、白い火花が弾けた。ばちばちばち、とでも表現する他ない電撃が男を襲う。やがて男の震えは止まり、地に倒れ伏した。


「わお、何とかセーフって感じですねー?」


 やはり路地の空気を破壊するように、星野が明るく声をかける。伊代なら余程の事がない限りは大丈夫だろう、そう思い少女と離れた場所にいた星野。結果は火を見るより明らかで、伊代の圧勝である。というかちょっと可哀想なくらい。

 ほんのちょっと、伊代で遊ぶのは控えようかと考える星野だった。


「どう考えてもセーフではないでしょう!?狂人が普通にいてたまるか!?」


「稀によくあるよくある」


「矛盾やめてください」


「おにいちゃん、だいじょうぶ?なんかびりびりしてあの人倒れちゃったよ……?」


「大丈夫大丈夫、静電気だから」


「へー!そうなんだね!」


「いや威力どないなってんですー!?」


 苦し紛れの言い訳に納得してしまう少女に、申し訳なくなってしまう伊代。純粋すぎて心が痛い。星野なんかはこれで通るのかと苦笑いしている。純粋な良い子、それが2人から少女への共通した評価であった。

 しかし男を大人しくすることに成功したものの、少女に対してなんの情報もなく、当初の目的を果たせそうにもない。どうしたものか。次の行動を話し合おうと伊代が口を開こうとすると、第三者の声が周りに響く。


「はな!」


 三人がばっと振り返ると、路地の反対側から駆けつけてくる女の姿。心做しか少女の面影があるというか、重なる部分がある。その姿を目に捉えた少女は顔を満面の笑みに変える。


「まま!」


 彼女は想像の通り、少女の母親のようだ。母親は少女に駆け寄り、思い切りに抱きしめ再開を十分に噛み締めると、伊代と星野に向き合う。


「娘を、花奈(はな)をありがとうございます……!少し目を離してしまったら居なくなってしまって……感謝してもしきれません」


「いえいえ、そんな。僕は当然のことをしたまでですよ」


「そーですよ!はなちゃん、お母さんと会えて良かったですねー!」


「うん、ありがとう!おにいさん、おねえさん!」


 母親は何度も頭を下げると、少女を連れて路地から出て行った。春の日差しの中、路地からふたつの影が遠のいていく。曲がる姿が見えなくなる瞬間まで、少女と星野は手を振り続けた。時刻は正午を回った頃だろうか。冬と比べて明らかに温度が上がっており、過ごしやすい日が増えてきたように感じる。これからもきっとそんないい日が続いていく。そう思われた。


「いやー、めでたし、めでたし。ですね?」


「お前にしちゃ珍しくまともなこといいますね」


「えー!?私の事なんだと思っちょるんですかー!?」


「……うるさいのが玉に瑕な奴」


「んもう、失礼しちゃうんですからー!」


 ちくちくとした伊代の言葉にむっとする星野。けれども不思議と今のはそこまでトゲが強かった気がしない。それに気がついた星野は少し口角を上げた。伊代が怪訝そうな目で見てくるが、気にしない。

 星野の言う通り、迷子の少女を無事に母親の元に帰すことができた。めでたしめでたし。


__本当に?


 確かにこの件は解決したものの、新たな件が見つかっただろう。そう、伊代が先程懲らしめた__


「__死ね!」


 伊代が振り返ると、目と鼻の先に振りかざされた鉄パイプが。


__ああ、これは駄目だ。

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― 新着の感想 ―
初見です! 会話が活き活きしてますわ。某菌類のわちゃつくうるささがいい感じですね ここから何に繋がっていくのか、続き楽しみにしています
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