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序章•〈四大毒崩壊死戦(よだいどくほうかいしせん)〉

遡ること、およそ六百年前ーー鳥暦(ちょうれき)九十三年、第三王国代に深く刻まれた、四つの国を壊滅寸前にまで至らしめた、陰惨極まる歴史的大戦ーー。


夢のお告げにはるか海を渡り、山々を越え、齢三十五にして、建国し偉大なる父ーーマダルカ•タニカ。

その血を受け継ぎし、選ばれし息子ーーマダルカ•ホピア。

ホピアは、卓越した天賦の才を大いにふるい、類をみぬはやさに、〈イチュイル王国〉の領土を巨大なものに、掌中におさめた。

たった二代のうち、潤沢なる大王国を築き上げたホピアは、次の代を担う、やがて成長した四人の息子たちへ、古今未曾有の命をだす。

東西南北ーー王国の巨大な領土を四つに切り離し、それぞれに与え、治めさせたのだ。

そして、ホピア自身は、表の玉座を退き、代わり四つの国を裏から補佐するかたちに、ときに教示を与え導く〈宰相〉という席を新たにつくりもうけ、これに残す己が人生を注ぎかたむけた。

なぜ、まだ健在であった父王は、輝かしい偉功の象徴である、〈イチュイル王国〉をわざわざ解体し、避けられぬ混乱も承知に、血を分けた息子たちへ、分け与えたのかーー。

それは、若き炎を宿す四兄弟が、互いに切磋琢磨し、偉大な祖父、秀才な父をも凌駕する強国へと、それぞれの治める国を新たな勢いに生まれ変わらせ、築き成長させていくことーーそれこそが、父王の思惑、真の望み、願いであった。

ホピアが愛した妃、ルネ王妃は、最後の子を産んで十年後、病に薨去ーーみな齢が一つ違いで生まれた四兄弟の王子は、一男のジャノ王が〈北ドヌン国〉、二男のジュノ王が〈東デアン国〉、三男のジョノ王が〈西ガサン国〉、四男のジェノ王が〈南ギレン国〉をーー治めるに至った。

それに伴い、のちにこの四つの王国の民は、ぞれぞれ、ドン人、デン人、ガン人、ギン人ーーと、呼ばれる。

高妙なる父王が健在であったときには、その願いが成就し、実現したさまに、東西南北四つの国は、みるみるうちにそれぞれ領土を広げ、大凶作に見舞われたときなどは、互いに助け合い、さまざま艱難辛苦はありながらも、まこと平安な時代が流れていった。

だがーー安寧は、そう長く、いつまでも続かないことは、古今東西の常である。

父王ホピアが、齢五十八にして、病に崩御すると、事態が一変した。

四つの国の合同に、ひと月かけての、厳粛に盛大な〈魂送りの儀式〉が無事終わり、その遺骨が建国の父タニカ王と妃のメミ王妃、そして早世したルネ王妃の眠る、若き始祖がこの地にたどり着いて最初に旗を突き立てた場所ーー東デアン国の〈光芒の丘〉に、埋葬されてから、ふた月とたたず、まるで長い時、このときを虎視眈々と狙い待っていたかのように、四兄弟の治める四つの国は、一斉に戦いの狼煙を上げたのだ。

そして、この戦いこそ、後世の人々が刻まれた闇黒の歴史に、二度と繰り返してはならないと、いついつまでも、教訓として戒めることとなる、かの有名な〈四大毒崩壊死戦〉ーー通称〈四死戦(ししせん)〉、また〈四戦(しっせん)〉と、呼ばれる大戦である。

残虐に赤黒く、多くの血が酷く流れ、死屍の山々がうず高くそびえたことは無論、この大戦の特異さ、比類なき惨禍をもたらしたのが、不吉なその名にある通りに、〈毒〉ーーそれも、さまざまな種類の激的な〈大毒(だいどく)〉を用いて、戦いが行われたことにある。

狼煙を上げた王国側と手を組み、数々の危険な〈大毒〉を供したのが、〈ヒャロン〉と呼ばれた、呪術師たちだった。

この〈ヒャロン〉は、表裏一体である〈毒〉ーー〈薬〉を、自在巧みに作り出し、操ることに卓逸した、もとよりこの地にいた先住民であった。

知恵深く、聡い彼らは、身体よりも頭を使うことを得意とした。海を渡りやってきた、異民であるタニカたちを受け入れ、無駄に争わず交渉し従うことで、彼らの血が流れることはなく、また彼らは彼らで、〈ヒャロン〉としての存在をこれまで通りに認められ、王国側に協力することで、突如とした湍流の大局に、のまれることなく、うまく身を溶け込ませ、古から連綿と続いてきた、地の根を守り通した。

第二王国代までは、一つの大集団であった〈ヒャロン〉だが、第三王国代になり、再び様相を変えた奔流に、国が四つにわかれたとき、彼らも共に、四つに分派した。

そうして、分かれ出た〈ヒャロン〉たちは、彼らの耳朶に朱色に彫られ、彼らの古語で、〈マウマ(満月)〉ーー〈ホエホ(下弦月)〉ーー〈スフス(上弦月)〉ーー〈ネロネ(新月)〉ーーを意味する、新たな名に、四つの集団に分かれたのだった。

〈マウマ〉は北のドヌン国へ、〈ホエホ〉は東のデアン国へ、〈スフス〉は西のガサン国へ、〈ネロネ〉は南のギレン国へ、おさまることとなる。

それぞれを率いたのは、〈マウマ〉がオダヌア長老、〈ホエホ〉がノラグシ長老、〈スフス〉がサンビル長老、〈ネロネ〉がヤヤレジ長老、であった。

〈ヒャロン〉の長き歴史において、最上に高貴な四つ音の名に、最高峰の力を誇り、それゆえに、凄惨なる悲劇をもたらした、あらゆる意味において、まさしく伝説的存在の、大呪術師たちである。

〈四死戦〉はおよそ一年の期間続いた。惨烈を極めたその一年の間に、大勢死んだ者たちのなかには、〈大毒〉を作り出した、四派の〈ヒャロン〉たちもまた、例外ではなく含まれていた。

四つの季節が巡る間に、民は激減しーー恐ろしい〈毒〉に蝕まれ、死の坂を悶え苦しみながら、暗き深淵へ転がり落ちていく者たちは膨れ上がり、このままでは、四つの王国とも崩壊を免れずーーさらには、この絶好の隙にと、海から、さらには山からも、他国が一挙に攻め込んでくるやもしれぬーー追い討ちをかけた、一報ももたらされ、ついに大戦は終局を迎えた。

偉大な王や王妃の眠る、〈光芒の丘〉の麓ーー天幕が

張られ、四兄弟の王と、四派の長老たちが、集結した。ーーのちにいう、こちらも知らぬ者のいない、〈テンタン(光の尾羽)の会合〉である。

その話し合いのなかで、〈血印条約〉が結ばれ、以降〈ヒャロン〉が国の政に関わることが、永世に禁じられた。

〈条約〉が無事交わされると、四兄弟の王と四長老たちは、そのまま東デアン国の広大な森深くへ赴き、さらにそこから先、〈ヒャロン〉の四長老が、洞窟の奥へと進んだ。

〈ヒャロン〉たちは、彼らにしかできぬ秘伝の技に、立ち上る煙に文字を書きのせることができた。そしてまた、立ち上る煙に、その文字を読み理解することができた。

今ではもう、〈モリャ(煙字)〉を書ける者はなく、修練を積んだ、ごく限られた者たちのみ、〈モリャ〉を読み解けるのだった。

大戦で使われた〈大毒〉の生み出し方を、〈ヒャロン〉の長老たちはそれぞれ煙にしたため、〈四つの黄金の香炉〉に、封印した。ーーこれを、洞窟の奥深くへ、隠したのだ。

そして、〈香炉〉の隠し場所は、代々〈マウマ〉、〈ホエホ〉、〈スフス〉、〈ネロネ〉ーー各長のみに、極秘の伝承として、今も受け継がれている。

その後〈ヒャロン〉は、呪術師から医術師となった。

元来豊富な薬の知識に、かつてのあやまちを償うように、病める人々を癒し、襲いくる流行病にも、果敢に立ち向かい、あらゆる病を治療する役目に、ついたのだった。

そのなかでも、各派にはそれぞれに秀でた分野があり、〈マウマ〉は〈骨•筋肉〉、〈ホエホ〉は〈助産•赤子〉、〈スフス〉は〈火傷•外傷〉、〈ネロネ〉は〈熱•解毒〉であった。

終戦後、四つの王国では、医術舎として、〈一ノ館〉、〈二ノ館〉がつくられ、〈大毒〉に心身を冒された者たちの治療には、森の近くに専用の〈三ノ館〉がつくられた。

大戦当時、まだお腹のなかにいた赤子から、生涯癒えぬ苦しみを刻みつけられた者たちまでーーおよそ百年の間、この〈三ノ館〉では、〈ヒャロン〉たちが患者のため治療を続け、そして、四つの国とも、最後の患者が亡くなったのち、〈三ノ館〉は取り壊された。

その跡地には、〈ヒビバナの樹〉が植えられた。

古より百年に一度、花をつけるといわれている、特別な〈ヒビバナの樹〉は、もともと〈光芒の丘〉にあったものを、各王国へ運び植樹し、今も静かに佇む過去の象徴に、黒き影の歴史を伝え続けている。

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