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(4)

 アルファの問い掛けに、もう一度緊張気味に顔をあげようとしたら、肩にアルファの顎が乗っかった。呼吸が直接肌に触れるくらい近い距離に、流石に身を縮める。


「マシロちゃんて甘くて優しい香りがしますよね。女の子だからなのかなぁ?」

「ア、アルファ。ちょっと近いよ……恥ずかしい」


 声を発する震動さえも伝わる距離に居た堪れなくて、そう告げたのに「少しだけ」と重ねて離れてはくれなかった。


「た、食べても美味しくはないからね」

「食べないように努力します」


 努力するまでもなく、そんなこと考えないでください。本当、もう……。


 片方の腕で肩を抱き、私の手の隣に並んでいたアルファの手が、そっと重なってきゅっと握る。

 犬とか猫とかが暖を取るために擦り寄ってくる感じに似ているとか、そう思うと少し五月蝿い心臓が落ち着いた。


 そうだよね。アルファだもん。風、冷たくなってきただけだよね。


「あー、えっと、アルファはちゃんと騎士様だったと思うよ? 私、全然怖くなかったし……あ! で、でもっ! 小脇に抱えて走るのはやめて、あれは怖かったから」


 それに重いし……と、ごにょごにょと続ければ笑われてしまった。ちっ。乙女心の分からないやつだ。


「僕、こう見えても力持ちですよ? カナイさん担いでも平気です」


 カナイと一緒にされるのは心外だ。大体、男性と女性では重さの基準が違うような気がする。


 むぅっと眉を寄せた私に、気がついたのかどうなのか知らないけれどアルファは楽しそうに笑っている。


 その震動が少し心地良くなってくる。


 そして、改めてぎゅうっと腕に力を込められて、心臓がまた五月蝿くなった。


 なんかヤだな。アルファなのに、いつも子犬みたいに愛くるしいアルファなのに、普段はちっとも感じないのに、私より広い胸も大きな手も力の強い腕も……全て男性だ。


「アルファ、あの、ね」


 頭の天辺まで熱持ってくるような感覚に耐えかねて、そう搾り出した私の声が届いたのかどうか分からない。分からないけれど


 ―― ……かぷっ


「ひぅっ!!」


 食べたっ! こいつ人にかぶりつきやがったっ! しかも噛み付いたーっ! 


 私は肩を跳ね上げ、跳ね上げたあと思い切り暴れた。


「ちょっ! ちょっと! 食べないでよっ! や! もう! くすぐったいっ」

「あはは、ごめんなさい。いやもう美味しそうだったから、つい。ねぇねぇ、マシロちゃん少し太りました?」


 アルファは暴れた私から手と、ぱくりと首筋を銜えていた口を離すとホールドアップして失礼極まりないことを口にした。


「ままま、まさかっ! そんなわけないじゃない!」

「ふーん。なるほど、それで急に僕についてくるーなんていいだしたんですね?」

「そんなに変わってないってばっ!」


 アルファに抱き締められているよりも、更に赤くなる顔を隠すこともせずに叫んだ私にアルファは転げ出しそうなほど楽しそうに笑った。


「酷いっ!」


 恥ずかしさに泣きそうになってくる。


 気にしてるのにっ! 気にしてたのにっ!!


 私は、かつんっと踵を鳴らして、昇ってきた階段のほうへと足を踏み出した。ここは図書館だといっていたのだから、降りたらどこか分かるだろう。迷子になっても生徒に聞けば良い。

 道案内なんて必要ない! ぷりぷりと階段を降りはじめた私をアルファは「え、あっちょっ!」と慌てて追い掛けてくる。


「ちょっと待って! 待ってよ、マシロちゃん。見せたいのはこのあとで……」

「もう良いよっ! 何も見たくないっ! 帰るっ!」


 じわりと瞳に溜まってしまう涙を無造作に拭って、一段飛ばしに降りていく。


「え? 嘘っ。マシロちゃん、泣いてるんですか? え、ご、ごめんなさい。えと、その、冗談ですよ。冗談。本当にそんなこと思ってないですよ? 危ないですから、気をつけて降りないと……」

「放っておい……て!」


 ―― ……がつんっ


 うう。予想通りヒールが階段に引っかかって足を踏み外してしまった。がくんっとした衝撃に、息を呑めば直ぐにアルファが支えてくれる。


「あ、ありが、と……も、だいじょぶ、だから離して」


 ぎゅうっとまた後ろから抱き締められて、僅かに息苦しい。身動ぎしても、びくりともしない。


「嫌です。離したらまたマシロちゃん怒ったまま、逃げちゃうじゃないですか」


 額を私の肩口に押し付けてそう続けたアルファの声が余りにも情けなくて、ふぅと吐いた溜息とともに怒気が抜けてしまった。まあ、実際、本当のことをいわれたから気に障っただけで、アルファが悪いわけじゃなくて私が悪いのだ。


「怒ってないよ……ごめん。大人気なかった……」

「大人って……マシロちゃん、僕を子ども扱いしないでください、一つしか変わらないでしょう? それにさっきのは冗談だって」

「ホントだよ。私、太ったと思う」


 アルファが子どもじゃないのくらい分かってる。嫌ってほど痛感させてもらいました。でも、そのことをこの状況で認めるのは拙いような気がして、私は話を戻した。

 なんか自ら認めて口に出すと、一緒に涙まで出てきそうだ。


 恥ずかしいし情けない。


「え? 僕、グラム単位では分からないですけど、変わってないと思いますよ?」

「もう良いよ。だって、スカート入らなくなってたし……」


 ごにょごにょと前に回っているアルファの腕に顔を埋めるように呟いた私に、アルファが背後で首を傾げたのが分かった。

 もう、この話題から遠ざかって欲しいのだけど……。


「それ、何かの間違いじゃないですか? 僕、伊達に毎日マシロちゃんに抱きついてないですよ?」

「うー、間違いじゃないよ。も、もう、そのことは良いからさ、えと、その、恥ずかしいからみんなには、いわないで。えっと……ブラックには特にいわないで、ね?」


 アルファはようやく私から腕を解く。


 寮に戻ろう。と、私が振り返るより先に、ぐぃっと肩を押されて壁に押し付けられた。さっきまで背中はアルファの体温で温かかったのに、急に石の冷たさに全て奪われていく。



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