(3)
「あ、マシロちゃん身分証持ってます?」
「と、図書館の学生証なら……ポケットにぃ……っ」
なんの必要があっての確認なのかはよく分からないが、アルファは「なら問題ないです」と纏めて歩みを少しだけ緩くした。
「そ、そろそろ、降ろして、もらえ、たら」
「ここは不安定だからやめたほうが良いですよ。あそこから館内に入りますからそこで降ろしてあげます」
そういってアルファが指差した先をなんとか見上げれば塔だ。
一人絶叫マシーン気分を味わった末、ようやく目的の場所に着いたのか、アルファは私を降ろしてくれたけど、屋根の上だ。
足元怪しくよろめけば、アルファがひょいと抱えて、目的地らしい塔の窓の桟へと腰掛けさせてくれた。薄暗い塔の中は、天辺まではまだ遠いのか螺旋状の階段が続いている。
その横からするりと中へ入ったアルファは、とんっと階段に足を降ろすと、私に手を伸ばし丁寧にそこへ降ろしてくれた。
「ここどこ?」
流れから上がるのだろうと、私が階段を登り始めればアルファもその隣に並ぶ。
「図書館ですよ。だから、身分証が必要だったんです。持ってないと弾かれちゃうので……研究棟の裏から登ったから、マシロちゃんには、馴染みないかもしれないですけど、僕は結構来るんです。物置に使われている埃臭い物見塔なんですけどね」
にこにこと話しながらアルファは、数段上がったところで、膝が笑ってしまっていた私の手をとって引いてくれる。急いでいた感じだったのに、足並みをそろえてくれるなんて少し紳士的で嬉しい。
そう思ったあとの「抱っこしましょうか?」は、余計だったけど。
私はそれを丁重にお断りして、騎士様に半分くらい体重を持ってもらい階上へと上り詰めた。
―― ……ふわっ
「っ」
視界が開けると同時に吹き込んできた風に目を閉じる。ほんの少し冷たい夕暮れ時の風だ。
アルファはそのまま私の手を引いて「こっちですよ」と案内する。
そして硝子の嵌っていない窓は私たちの眼下に広がる街並みを一望させてくれる。
「うわー……」
思わず感嘆の声を上げた私にアルファが音もなく笑った。
「綺麗ですよね。僕ここ大好きなんです。カナイさんとかは、馬鹿と煙は高いところが好きなんだーって笑うんです。だからカナイさんには秘密。エミルさんにも高くて危ないから秘密の場所なんです」
「ちょっと待って、それって私なら間違って落ちても良いってこと?」
窓の桟に手を掛けて、夕焼けに赤く染まり、全てがレンガ色になる町を眺めているところで、ふと気がついてそう口にする。
「まさか」
私の台詞にアルファはくすくすと楽しそうに笑いながら、私の手の横に手を置いて真後ろに立った。背中にアルファの身体が触れて、じわりと身体の熱が伝わってくる。
「大丈夫ですよ。絶対に危ない目にはあわせませんから。お姫様を守るのは騎士の役目でしょう?」
さっきもちゃんと守ったし。と付け加えたアルファの台詞に少し申し訳ない気持ちになる。助けたはずの彼はアルファにお礼をいうこともなく逃げていってしまった。
結局、アルファに危険なことをさせてしまっただけだ。
だから、ごめんね。と口から零れた私にアルファはとても不思議そうに「どうしてですか?」と問い返していた。
だって……と、口篭ればアルファは、特に気分を害した風もなく続ける。
「気にしなくて良いですよ。マシロちゃんはああいうの見るの嫌でしょう? だから早く終わって良かったじゃないですか」
「気がついてたの?」
「え、まぁ、一応。これでも王宮騎士なので、あの程度の相手で周りが見えなくなったりはしないです。普通の対応ですよ、アレ。誰でも厄介なことに関わるのは嫌なものです。特に大した素養も持たない民間人は生きるのに、己の中の平和を保つのに精一杯なんだから」
いったアルファに不安になって、後ろを振り返ろうとしたら「あっち見てください」と指を指された。
「あれ、騎士塔ですよ。ここから見ると、ちっちゃいですよねー。それで、ずずいと右によったら大聖堂です」
アルファに指を指されるまま視線を動かす。そのあと、真っ直ぐに抜けている大通りを見ればそこを歩く人たちは点でしか見えない。
凄くちっちゃい。
毎日あんなところを私は駆け回っているのだなと思うと、とてもちっぽけだ。
「あの建物ギルド?」
「うん、そうですね」
「じゃあ、あの辺りにクリムラがあって……あっちにエリスさんのお店があるのかなぁ?」
「そうそう。それであそこが、マシロちゃんがよくサボってるカフェ」
「失礼だなサボってないよ。ちょっと生き抜き?」
いって笑いあえば普通にデート中な感じだ。
「じゃあ、あっちにキラキラしてるの海?」
「ぶぶー、外れです。あれは、湖。あちらは内陸ですからね、僕らが背にしているほうが海になりますよ。ここからは見えないかな?」
後ろといわれて私は反射的に後ろを振り返ると、アルファと目が合った。物凄く近いところにあった碧い目に心臓が跳ね上がり、慌てて顔を戻すと他に知っている場所をと視線を彷徨わせる。
私の密かなどきどきを、知ってか知らずかアルファは囁くような声を掛けてくる。
「ねえ、マシロちゃん。僕、今日ちゃんとマシロちゃん守れましたか?」
「え?」




