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(2)

「ぼこぼこですねー。痛そう」

「助けないの?」


 少し怖くてアルファのほうへ身を寄せれば、アルファは小首を傾げて「そんなもんですか?」と不思議そうな声を上げた。いや、無謀に突っ込めとはいわないけれど……アルファが怪我するのは困るし。


「ご、ごめん。危ないもんね。私がなんとか……」

「もっと危ないですよ」


 よいしょ、と足元の石を拾い上げた私に、アルファはけらけらと楽しそうに笑って、私の手を下へ押し下げた。


 そのわちゃわちゃを聞きつけて、一人を囲んでいた大勢の方がこちらに気がついて「いちゃついてんじゃねーよっ!」と凄んでくる。


 絵に描いたような悪役に、笑いそうになるが駄目だ。

 緊張感がなさ過ぎる。


「だって僕たちはデート中なんだから、いちゃついてて問題ないと思うけど?」

「ふーん……女同士でデートねぇ?」


 あ、今、アルファの逆鱗に触れた。

 体ばかりデカイ男に見下ろされて、アルファの気配が変わった。すっと腰に手が伸びるのを、私は慌てて抑えて「殺しちゃ駄目だよ」と小声で囁く。アルファはもちろんそのつもりだったのか私の台詞に「え?」と声を上げた。


 その一瞬の隙に、ごっと風を切る音がしてアルファめがけて真っ直ぐに拳が振り下ろされる。


 悲鳴を上げる隙もなく声を押し殺して目を堅く閉じた。


「ちょっと、まだ、話してる途中なんだけど……やめてよね」


 バキンっ! と、有り得ない音と鈍い悲鳴が聞こえた。

 ドキドキと目を開くとアルファが、相手の拳を捕まえていたのは分かるけれど……分かるけど……え、え……えぇぇっっ


「ちょ、潰れ……」


 拳潰れてないですかっ!! 変な方向に曲がってるぅっ!


 もう、堪え性がないなとアルファは、ぺいっと握り潰してしまっていた手を落とした。それと同時に相手は地面に倒れ痛みに転げまわって喚いている。


「この程度でこういう人死なないですから、気にしなくて良いですよ」

「気にしますっ! 気にしますっ! 手当てしないとっ!」

「マシロちゃん、前に出ないで、危ないから……」


 いった傍からぐいっと頭を押さえつけられて、何しやがると襲い掛かってきた相手を受け流す。


「死なない程度。了解したので、下がる。時は、壁を背にして置いてください。それか、僕にくっ付いておいてくれるかどちらかでお願いしますね?」


 にこりと微笑んだアルファは少しだけ喜色を含んでいた。怪我させない程度と加えるべきだった。痛みに気を失ってしまった、最初の一人をちらりと見下ろして、短く溜息。


 そして私はレンガの壁に背中を預けて見守ることにした。


「あ……」


 自分よりも一周りも二周りも大きい感じのする人たちを伸していく姿は、確実でアルファが怪我をする心配はなさそうだ。


 胸を撫で下ろした私は、周りを見る余裕が戻ってきた。


 そして、その騒ぎから抜け出すように、よろよろと被害にあっていた青年が、逃げていくのを見てしまった。その姿に僅かにいい表しきれない気持ちが溢れてくる。


 でも、きっとそれも仕方ないのだろう。


 私はその姿が完全に見えなくなってから「アルファ!」と声を掛けた。

 それは丁度、剣の平らな部分で「よいしょ」と相手の脇腹を叩き、壁へと激突させて終わったところだった。


「もう、大丈夫だよ。行こう」


 眉をひそめてそういった私にアルファは「そうですね」と微笑む。もう他には立っている人は居なかった。苦しげに地面で「化け物」と零した人を丁寧に踏みつけてアルファは私へと歩み寄ってきた。


「誰か、呼んだほうが良いよね?」

「これだけ騒いだので、誰かすぐにきますよ。面倒になる前に僕らは行きましょう」


 にこにこっとそういったアルファは、ぐいっと私の手を引いた。




「ちょ、ちょっとアルファ?」

「急いでください。変なところで時間取られたから、早く早く」


 ぐんぐん早足だったのが駆け出すと、私は殆ど引っ張られる形になる。引きずられることになるのも時間の問題だ。


「いや、駄目! これ以上早く無理、ころ、転んじゃう」


 舌を噛まないように途切れ途切れに紡ぎ出した声に、アルファは「転んじゃ駄目ですよ」と急に足を止める。その勢いでアルファに、どんっとぶつかると私が姿勢と息を整える暇もなく、ひょいとお腹に腕を回された。


「え?」

「舌噛まないようにしてくださいね」


 え、えぇぇぇぇっ! 勘弁してください! 誰か止めてっこの暴走特急っ!


 私の足はそのまま地面からさよならして、アルファは私を小脇に抱えたまま、軽々しく片腕を塀に掛けると、ひょいと飛び上がり、とんっと塀に乗っかる。


 そして、そのまま走り出した。


 頬を切る風が痛い。というか怖いっ。


 怖い怖い怖いっ! お前は猫かっ! 人の歩く道を歩いてっ! 走っても良いからもっと平坦な道をっ! 


 そう思った私の期待を綺麗さっぱり裏切って、今度は、ひょいと民家の屋根に上がってしまう。

 ああ、もう私意識を手放したほうが良いような気がしてきた。


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