第四十八話:女の子といえば恋バナ
濡れた髪を拭きながら部屋に戻ると、ふんわりと紅茶の優しい香りがした。こんな紅茶あったかな? と首を傾げた私にアリシアが口を開く。
「色々種類が揃ってたから、勝手にブレンドさせてもらったわ。貴方も飲みなさい」
「凄いね。アリシア。紅茶のブレンド得意なの? 私も時々するけどこんなに優しい香りでないよ」
にこにこと褒めちぎって席に着いた私にアリシアは、ほんの少しだけ頬を上気させて当たり前だと口にした。
「薬師なのだから紅茶くらい……まぁ、そうね。確かに、ハーブ系にあたしは強いかもしれないわ」
いってカップの中身を見詰めて揺らす。
「それで、私に相談事? 力に慣れれば良いけど」
にこにこと話を振ったのに、アリシアは勢い良く私の顔を見て綺麗に整えられた眉を寄せた。
なんでそんな顔をされるんだろう? と首を傾げた私にアリシアは短く嘆息して「あのね」と話を始めた。
「貴方最近変よ。前から少し変わった人だと思っていたけれど、それよりもずっと変よ。馬鹿みたいに見えるわ」
な、なんだろう、このアリシアの直球勝負。私は避けきれない直撃に、うっと言葉を詰める。
「女同士のほうが話しやすいだろうからって、わざわざエミル様があたしに相談に来たのよ? 分かる? そのくらい、今の貴方は変なの」
「そ、そう、かな」
オカシイ。
完璧だと思ってたのに。
そう思っていたのは私だけだったのかな?
「そう! 今の貴方は自分から話すのを待っていられないくらい変なの。自覚なさい。変よ」
きっぱりいい放ったあと、アリシアは優雅に紅茶を傾けた。変だ変だと連呼され私はがっくりと肩を落とすしかない。
「別に大したことじゃないよ」
「そうね。きっとあたしにとっては大したことじゃないと思うわ。きっとどうでも良いことね。でも、貴方にとってはそうじゃないんでしょ?」
私はアリシアの小気味良いところが好きだ。
なんだかむやみやたらに花を振り撒いているときより、きっと今のアリシアのほうがらしい気がする。私は苦笑して、アリシアが入れてくれた紅茶に口をつける。香りの通り優しい味がする。
一人で虚勢を張っていても仕方ない。私は小さく嘆息してあのねと切り出す。
「恋人に別れを告げられそうなの」
言葉にすると急に真実味を帯びてくるような気がして、ずっしりと胃の辺りが重く目頭が熱くなる。
「エミル様そんな風に見えなかったけれど、貴方の勘違いじゃない?」
「え? 私、別にエミルと付き合ってないよ?」
「嘘? だって貴方、ターリ様候補だって噂されてるわ。あたしもてっきりそうだと」
「そんなの知らない。確かにエミルにはお世話になってるけど、恋人とかじゃないよ」
……物凄い根本的なところから違っている。
そうなの、とか、物凄く意外だわ、とかぶつぶついってるアリシアにちょっぴり笑ってしまう。なんかこんな女の子っぽい話、凄く久しぶりだ。
学校の帰りとかこんな感じだったな。
ユキとサチの恋愛相談とかよく聞いたり、学校での噂話とかに花を咲かせたり毎日飽きもせずそんなことを語り合ってた。
「そういえば、貴方、図書館をやめてしまうと聞いたわ。本当?」
「うん……それは本当。ちょっと私の環境が特殊だから、普通には通えなくて」
「そう、残念ね。折角同じ階位になったのに」
そんな風に思ってくれるのはアリシアらしくない感じがしたけど、なんだかちょっぴり可愛くて嬉しかった。
「それで、話戻るけれどどうしてそう思うのかしら?」
「え、あ……それは、その。なんか距離を感じるの。私に隠し事してると思うし」
「隠し事くらい誰でもあるのではないかしら? 相手の全てを知らないと貴方は受け入れられないの?」
アリシアは驚くほど淡白だった。でも私もそう思うしその考えは私に近い。
「そんなことないけど、でも、変なの。彼はとても上手に嘘を吐くだろうし、隠し事だって上手にするタイプなんだよ。絶対私に知られるようなことしない周到なタイプなのに、私に変だと思わせるなんて」
普通なら有り得ないよ。と、口にして改めて本当にそうだと思えた。ブラックが私に感づかれるような隠し事をするなんて……。
「貴方の恋人って本当にエミル様ではないの?」
「え? 違うよ。あれ? でもそういえば似てるのかな、あの二人」
いわれてみると確かにあの二人には共通点が多いかもしれない。でも本人にそんなことをいおうものなら……物凄い反応が返ってきそうでなんだか可笑しい。
「私、その人に学費も援助してもらってたし、ここを出たあとの住む場所も用意してもらうんだけど」
「パトロンなの?」
「え……えぇぇ……そう、なのかな。いや、そうか、そうだよね。恋人というより保護者だったのかな?」
なんか哀しくなってきた。
「でもかなり凄いパトロンなのね。愛人との手切れ金代わりに家って……羨ましい限りだわ」
「いや、愛人では」
「良いじゃない、なんでも。恋人でも愛人でも貢いでくれるのならばそれで構わないわ。マシロ。愛だけでは生活は成り立たないの」
……アリシアって見た目に反してかなりの現実主義だ。
「それに良い女は去っていくものを追い掛けたりはしないものだと思うわ。別れを直感したならこちらから切り出して差し上げるくらいの心意気で居ないといけないわ」
「わ、私からいうの?」
「そうよ! 捨てられるくらいなら捨ててしまったほうが良いじゃない」
いい切ってにこりと微笑んだアリシアは清々しく、辺りに花を撒き散らしていた。この子は敵に回さないほうが良いタイプだと別な意味で感心した。
「ああ、それはそうと働きすぎなんじゃないの?」
たった数日根をつめただけでこんな風に心配されてしまうくらい私は体力なしだ。
「忙しくしてれば、何も考えなくて良いから。疲れてれば……そのまま、眠れるから」
苦笑してぽつぽつと零すと、それと同時にぽちん、ぽちんっとテーブルに雫が落ちてしまった。慌ててごしごしと拭っても止まらない。
「不安なのね?」
空気が少し柔らかく、そして暖かくなり俯いてしまった私の頭をアリシアの手がそっと撫でる。