第四十七話:貧乏暇なし
「おはよう! ごめんね、今朝ちょっと調べごとがあるから朝一緒出来ない」
翌朝、いつもよりちょっとだけ早く部屋を出る。
運良く、ロードワークから帰ったところなのだろうアルファと出くわした。丁度良かった、とばかりにそういった私にアルファは面食らったようだけど、少しの間私の顔をまじまじと見たあと、分かりました、と、頷いて廊下を走る私を見送ってくれた。
―― ……大丈夫。私は元気だ。
誰にも心配掛けずにやっていける。
だって、ここではもう私は大人だ。
「今日は手際が良いな?」
「普通だよ! いつもこんなもんでしょ」
私の勢いにカナイは「そ、そうか」と少し引いて頷いた。
実習でだって失敗なんてしてられない。
一人でだってなんでも出来る。
誰にもおんぶに抱っこなんて世話にはならない。
だから、頑張る。
私はとっても頑張ってると思う。思うのに、こと在るごとに三人に大丈夫? と問い掛けられる。
変なの。
時間に追い立てられるように、私はギルド依頼を寮の門限ギリギリまで入れて走り回った。
調剤とかの依頼もあるけど、部屋にじっとしているのは今は無理、だから配達とか片付けとか身体を使う依頼を受けた。
くたくたになれば何も考えずに眠れるし、そのほうが健康的だ。
今日はマリル教会の傍まで来たから、少しだけ立ち寄ろうと足を向けると一匹の白銀狼に捕まった。
ハクアと同じ耳と尻尾が付いているから白銀狼だろう。
金銀妖瞳なのか、そうでないのかは分からない。
片方の目は縦に出来た傷跡で塞がれてしまっていたから。
私はまたあの刃に掛かるのだろうか。
ふとそんなことが脳裏を過ぎったが、物凄く落ち着いていた自分が可笑しかった。強がっては見ても一人になるくらいなら消えてしまうほうが良い……なんて思ってしまったのかもしれない。
そんな私の予想に反して対峙した白銀狼は静かに頭を垂れた。
「貴殿を傷つけたのは私だ」
そして、すまなかったと続けられ私は面食らった。
ややして頭で理解すると、ああ、やっぱりと納得し、ずきりと跡形もなく癒えてしまっている傷口が痛んだような気がしたが……それも気の所為だ。
「私は先代頭首の死に様が忘れられなかった。憎しみが目を曇らせ、新しき頭首の言葉を聞き入れることが出来なかった。そして人間のくだらない夢物語に付き合う気になってしまった。私は未熟で愚かだった」
ただ黙ってその姿を見ていた私に白銀狼は首を傾げる。
「人の形ならば言葉が通じると思ったのだが、私の声は届かないか?」
「……っえ? あ、ああ。大丈夫、通じてるよ。それに私は貴方が白銀狼の姿であっても言葉を解せるよ」
……ただ、ちょっと、殺されるのかなと思ったから。
ぼそりっと付け足した私に白銀狼は口角を引き上げて、その割には落ち着いて見えると笑った。そして、小さき人間であるのに肝が据わっている。流石は頭首の主だと……多分褒めたのだと思う。
「私はこのまま頭首の命により郷へと戻る。もう二度と貴殿と会うこともないだろう」
それだけ告げて白銀に煌く尻尾が弧を描くとそのまま白銀狼の姿に戻り、たんっと音もなく地面を蹴って身軽に走り去ってしまった。
「……消してくれれば良かったのに」
思わず零れた自分の台詞に、自分自身驚いて口を塞ぎ私はマリル教会へ立ち入ることなくその場から逃げ出すようにギルド事務所へ戻った。
今夜もそのあと少しだけ仕事をこなして、遅くなり寮の裏から扉を潜るころには、へとへとだった。
重たい身体を引きずるように寮に入ると、そこで待ち構えていたのは物凄い珍しい、アリシアだ。
薄暗い中でも彼女の周りだけは明るい気がする。
「どうしたの?」
「なんか、貴方雑巾みたいになってるわね?」
―― ……雑巾は酷いよ。アリシア。
私は苦笑しながら部屋の鍵を開ける。
かちゃりと開錠して扉を開いてもアリシアは部屋に戻る気配はない。私は、不思議に思いつつも「入る?」と問い掛けると「お邪魔するわ」と返ってきてもっと驚いた。
「私、シャワー浴びるから適当に寛いでて? お茶とか勝手に入れてて良いから」
閉めたドアにアリシアが鍵を掛けてくれたのを確認して、私は着替えを片手に浴室に入る。
そういえば、アリシアは素養のことで悩んでいたみたいだから、そのことで相談でもあるのかもしれない。
私はそう思い至ってさくさくと用事を済ませた。




