第三十一話:償いの形
そして、エミルの宣言から始まった会は話し合いといったけれど、雰囲気的にはレムミラスさんが口にした査問会というのがピッタリ来る。
先に行われていたらしい尋問の内容確認が主で、今回全てを取り仕切るらしいエミルが質問し、レニさんが完結に応える形だ。余分な話なんて一切ない。
レニさんにも事情があったとはいえ犯した罪も多い。
最初の罪は父親が死亡していたことを隠蔽していたこと。結界の中に種を閉じ込めブラックの目を欺いていた。
それに続いた罪は、聖獣指定を受けている白銀狼に接触したこと。そして、理想論のみで白銀狼を使役し王都まで連れてきていたこと。
そのあとは私の話になるのだけど……。少し気が重い。ふぅと嘆息してレニさんのほうを見ると、いつの間にか扉の傍にラウ先生が立っていた。私と目が合うと、にっこりと綺麗に微笑んで小さく手を振ってくれる。あの人、ほんっとーに暇なんだね。
延々と続くかと思った罪状はようやく終わりを告げ、審議の必要もないようにエミルは続ける。
「こちらからの提示する刑罰は王城地下牢にて無期限の幽閉」
告げられた内容に対面していたレムミラスさんは、レニさんを卑下するような目で見た。
「……それが妥当だと思われますが、この場で他に意見のある方は」
このままでは、レニさんは一生お日様を見ることなく終わることになる。私は思わず声を漏らしていた。レムミラスさんはそんな私を凍えるような瞳で見た。思わず萎縮しそうになるがこんなのオカシイ。だからお腹の下あたりにぐっと力を込めて改めて口にする。
「こんなの、おかしいです」
「おかしいとは、これまた酔狂なことを」
エミルは私に発言を許してくれていた。私の言葉を嘲るように遮るのはレムミラスさんだ。しかし、それ以上の彼の発言をエミルは許さなかった。直ぐに、発言権は私に戻ってくる。私は何か考えが合ったわけでもないし、上手い話が出来るわけでもなかったのだけれど、レニさんがそんな罰を受けて良いとは思わなかった。
「レニさんがやったことは確かに行き過ぎてたかも知れないですけど、でも、だからってずっと閉じ込めておくことに意味なんてあるんですか?」
「意味? 再発は防げるんじゃないかな? それに、マシロは今回被害者でもある。そんな貴方が彼を庇うのかな?」
他の興味津々という目を向ける三学長やラウ先生と違い、エミルは問い返しながらもほんの少し嬉しそうに見えた。そのことに胸を撫で下ろし私は話を続ける。
「私のことは構いません。確かに、白銀狼に襲われて怪我もしたけど、その怪我だって治してくれたのはレニさんだし、レニさんはこのマリル教会を護りたかっただけだと思います」
「流石美しいときなどという夢幻を謡う月の使者だけはありますね。寛大なご意見だ」
茶々を入れるレムミラスさんをエミルは目だけで制した。
「寛大とは思いません。罪は罪。償うべきだと思います」
きっぱりといい切った私にレムミラスさんは、眼鏡の奥の瞳を不機嫌そうに眇める。
「ただ、その償いが、じっとしているだけというのはどうかといってるんです。大体、彼がここから居なくなったらこのマリル教会と陽だまりの園の子どもたちはどうするんですか? 彼には、働いてもらうべきです」
「教会の運営は他の信者たちで執り行うでしょう。別に彼である必要はない」
「そんなことないです! レニさんじゃないと駄目だと思います。私は余り知らないけど、でも、子どもたちを見ていれば分かるし信者の人たちだってそう思っていると思います。レニさんは一人で頑張り過ぎただけです」
そう、レニさんは頑張りすぎただけなんだ。
急にお父さんが居なくなってそのあとのことが全て空白になって……だからなんとかしなくてはと紛争した。そのことは自己保身のためではなく皆の為であったことは明らかだ。だって、彼は一度だって自分が上に立とうとしたわけじゃない。
まだ、何かいいそうだったレムミラスさんを最終的にブラックが黙らせた。そしてゆっくりエミルが口を開く。
「でもね、マシロ。彼が司教となるには素養が必要なんだよ」
「それなら種を飲めば良いじゃない」
「その方法なら、彼が飲む必要はない」
これじゃ、堂々巡りだ。
どうして、この世界の人はこんな単純なことが分からないんだろう。どうして私にはそれを伝える言葉が足りないんだろう。必要なのは素養なんてものじゃなくて、これまでレニさんが歩いてきた軌跡だというのに……。
きゅっと唇を噛み締めた私にか細い声が掛かる。一瞬誰か分からなかったが、声のしたほうへ顔を上げるとレニさんだ。ちらりとレニさんがエミルを見るとエミルはそれを許すように軽く頷いた。
「マシロさん。貴方のお気持ちは嬉しいですし、ありがたいと思います。しかし、私は罪人ですしそれに父の種を受け入れる勇気もありません」
「逃げちゃ駄目です。レニさん、逃げちゃ駄目。あのね、確かに私は全然怒っていないかといえば嘘になるけど、でも、そんなの大したことじゃないんです。大体、私は罰だといっているのにレニさんに拒否権はないでしょう?」
レニさん本人が口を挟んだことで私は胸を撫で下ろし頭で考えながら時々言葉を詰めながらだけど話を続けた。
「それにそんなにメジャーな話じゃないのかな? 私がいうのもなんだけど、種は白化されて素養自体と記憶は別れるからお父さん自身をお父さんの全てを受け入れるわけじゃないんですよ?」
ね? とブラックを見ると、そうですねと微笑んでくれる。良かったと安堵したのも束の間。
「値は張りますが」
「え? そ、そこは流れ的におまけとかないの?」
おどおどと問い返した私にブラックは物凄く良い笑顔で「ないです」といい切る。
「マシロは構わないといいますが私は構います。正直、幽閉なんて緩い刑が妥当なんて誰かさんの根回しだとしても何故国が考えるのかが不思議です」
「ぶ、ブラック」
焦った私にブラックは「それに」と少し強く口を開く。
「種の売買は世界のルールです。それにもし彼が素養のほかにこの場所に在るべき存在であるならば、種が必要だと思うものが在るのならば自ずと種は彼の手に渡ると思います。マシロのときのようにね」
「私のとき?」
ここに来て突然自分の話になって驚いた。素直に首を傾げた私にブラックは「そうですよ」と続ける。
「私には貴方が必要だと思った。だから種を渡した。後払いなんて今まで一度もしたことありません。そして、彼らにも貴方が必要だと思った。だから借金の肩代わりを申し出た。ほらね? 貴方自身がなんとかしなくても貴方自身を必要だと思うものたちがなんとかするんです。同じように彼を必要とするならば、必ずしも素養が必要ならば、他の信徒がなんとかするでしょう。それに、まあ、当面ここをどうにかするものが居ないといけないのは事実です。その辺りは今エミルが思案中なのではないですか?」
冷静に最後まで言葉を紡いだブラックの言葉に促されるようにエミルを見る。ふとエミルと目が合うとくすくすとどこか楽しそうに笑っていた。
「マシロのいい分も、もちろんブラックのいい分も良く分かったよ」
エミルは机の上で組んでいた指先をゆらゆらと揺らしながら暫くレニさんを見詰めていた。エミルの決断でレニさんの処遇が大きく変わる。私は固唾を呑んで見守った。
「僕もマシロの話は多少寛大すぎるのではないかと思うけれど、王城としても陽だまりの園をそのまま吸収するのは現段階で難しいと問題視されていたところでもある。だから、レニ司祭には陽だまりの園とマリル教会の運営の一部管理を任せても良い」
信じられないという風に立ち上がりかけたレニさんをカナイが隣で制した。
「でも、無条件とはいかない。そうだな、誰か監視をつけよう」
それでどうかと締め括ったあとエミルは反論が出ないかやや黙した。
「で、監視役には誰が立つんです? まさかシル・マリル様ご自身が立たれるわけではないでしょう? まあ、それが一番だとは思いますけどね? 力関係上。然程重要視されてきたわけではないマリル教会ですが、ここでもし王城の管理下に下るようなことがあれば均等が崩れ、争いの原因にもなりかねない。そのくらいのことお考えでしょう? お優しく寛大な議長殿」
蒼月教徒の人って皆あんな感じなのかな? 嫌味ったらしいたらない。私は素直に眉を寄せた。別に私に監視しろというのならやっても良い。どうせ身の振り方も考え直さないといけない時期なのだから。
むっと気分を害したまま名乗りを上げようとした私をブラックが隣で制した。ちらとブラックを見たがブラックは感情の読み取り難い表情のままレムミラスさんのほうを見て「まだです」と告げる。
そして、私の替わりに口を開いたのはついさっきまで白銀狼の姿のままだったハクアだ。まるでシル・メシアの白い木が佇んでいるような凛とした姿に立会人として黙っていた学長たちもざわめいた。
「監視役は私が勤めよう。私は、この国の利害関係には一切関係なく疎遠で中立な状態のものだ。完全なる外からの目としてみることも出来るだろうし、教会側からの反発も少ないだろう」
「ハクア」
監視役なんかに就くということはハクアは山に帰ることは出来ない。どのくらいの期間になるかは分からないが、きっとハクアのことだ。私の命が有る限りこの町にこの場所に留まってくれるだろう。
くんっと腕をひっぱった私をちらりと見て、ハクアは「問題ない」と微笑んでくれた。
「紹介遅れましたが、白銀狼の彼はハクアといって今の彼らの族長です。今回騒ぎに関係した同胞の責任を何らかの形で取りたいと申し出てくれていました。僕も彼に任せるというのは良い提案だと思います」
エミルの紹介と決定に異議を申し立てるものは居なかった。レムミラスさんも面白くなさそうではあったがその口を噤んでいる。なんとか、レニさんの自由は確約されそうだ。私はほっと胸を撫で下ろして決定と共に元の姿に戻ったハクアの頭を撫でた。
「さて、貴方は査問会と仰っていましたが確か召集時そのようなことは一切告げていなかったと思います。今回の趣旨はレニ司祭の一件だけではありませんからね。あくまで話し合い、です」
エミルは感情の起伏を見せることなく穏やかにレムミラスさんに話を続ける。
「僕が重きを置きたいのは貴方も先ほど仰っていた、争いの原因になりそうな事態を少しでも収めてこの場で平和条約を交わしていただきたいと思っています。その為に各学長にもお集まりいただいているんです」
証人という形で、と微笑んだエミルにレムミラスさんは僅かに頬を引きつらせた。