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第三十話:世界の多分偉人大集合

「ねぇ、カナイ」


 数度の深呼吸で落ち着いた私は数歩前を歩いていたカナイに追いついてその顔を覗き込んだ。カナイは私の声に足を止めることはなくちらりと見て「ん?」と視線を投げる。


「眼鏡、いつもと違うね? ラウ先生みたいにモノクルに変えたの?」


 カナイは普段から眼鏡愛用者であるけれど、それは本を読んでいるときとか細かい作業をしているときくらいのもので、常に顔にあてているというわけではない。でも今日は建物の中に入ると直ぐ、カナイは片眼鏡をあてた。


「ああ、これはラウさんのとは違う、と思う。魔法具だよ」

「魔法具?」

「今日はここに要人が集まってるだろ? だから何かがあってからじゃ遅いからな。まぁ、護る必要もなくここの能力が高い人たちばかりだから必要性はないかもしれないけどな……」


 いいつつ片眼鏡を外して、私の眼にそっとあててくれる。自慢じゃないけど私は両眼2.0だ。眼鏡なんて掛けたことない。反射的に眼を閉じてしまった。そんな私にカナイがふっと笑ったのが分かる。「度はないから大丈夫」と繋がれ恐る恐る目を開けるとレンズを通してみる視界は少し色が褪せて見える。

 そのままきょろきょろと辺りを見回していた私の前にカナイは拳を突き出すと、ゆっくりと開いた。カナイの手のひらには淡い色の渦がぐるぐると回って球体を作っていた。


「見えるか?」


 私がこくんっと頷くとカナイは私の顔から片眼鏡を取り除いた。


「あ、あれ? 消えた」

「これは練り出された魔力を目視出来るんだ」


 もう一度あてがってくれる。確かに見える。私が納得したのが分かったのかカナイは差し出していた手も片眼鏡も元に戻した。そして自分の顔に片眼鏡を戻しながら続けた。


「まあ、大抵感じ取れるけど、保険みたいなものだ」


 要するにそれなりの緊張感を含んだものだということかな? 私は頷いて、不機嫌そうに話をしていたエミルとブラックのところに並んだ。





 案内してもらった部屋の前には、アルファと同じように帯刀していたりするごっつい感じの人がわらわらと居たが、私たちが近づくと潮が引くように開けた。ブラックが隣で短く嘆息し、面倒臭いとまだぼやいている。

 アルファとカナイが扉の前に立ち、呼吸を合わせたように観音開きの扉を開いた。


 音もなく滑るように開いた扉の先には、広い会議室、というか会食でも行われるかのような間が広がっていた。

 そして、私が一歩部屋に踏み入れると、囲まれた。


「おおっ、貴方様がシル・マリル様か!」

「これまはまたお可愛らしい」

「道理で審議の場所がこちらになるわけですな」

「本当に種をお持ちでないのですわね」

「白銀狼まで従えておいでとはなかなか」


 ほぼ同時に口を開かれては誰が何をいっているのか分からない。新手のいじめか?


「ちょ、ちょっと落ち着いてください。こんなに大勢のお言葉一度に捌けません」


 エミルが前に押しやられていたのをなんとか戻ってきてくれて間に入ってくれる。きょろきょろとするとアルファとカナイは変わらずまだ扉の横に立ち、その傍でハクアとブラックは傍観している。助けろといっても彼らは多分二人とも極端なのでそこでじっとしていてください。

 ふぅっと息を吐いてからエミルは私ににこりと微笑み「取り合えず紹介するよ」といってくれた。


「まず、図書館、学長のアルム」


 エミルに名を上げられ、かなり高齢かなと思われる老人が一歩進み出て穏やかな笑顔で手を差し伸べてきた。私はそれに応える形でその手を取り挨拶を交わす。


「マシロです。お世話になってます……で、宜しいですか?」

「ああ、構わんよ。ワシのほうこそ挨拶が遅れたの? ラウが目を掛けておるお嬢さんじゃったな」


 にこにこと話をしてくれるけど、私は物凄く立派な顎鬚から視線を離せない。軍艦、じゃなくて寮監さんも凄いけど、図書館では髭がブームなのだろうか? つんつんっとエミルに突かれて「注視し過ぎ」と囁かれた。慌てて真っ赤になってしまった私にアルムさんは特に気分を害しては居ないようで良かった。続けてエミルが紹介してくれたのは大聖堂の学長。ヴァジルさんだ。ヴァジルさんは官能的な雰囲気の美女だ。傍に寄るだけでこんなに薫り高い人に私は出会ったことがない。同性とはいえ思わず見惚れる。握手を求めて手を出すと、篤い抱擁を受けた。豊満な胸に潰されて目の前がくらくらしそうだ。


「ねぇ、マシロさん。あたくしお聞きしたかったのですけれど」


 身体中を包み込んでしまうような魅力的な声だ。そっと頬を寄せられて訪ねられると自然と頬が熱を持つ。そして少しだけ声を落として囁かれる。


「カナイの好みって分かります?」

「は?」

「ですから、カナイの好みのタイプですわ。あの子ったらあたくしの授業で唯一落ちなかった生徒ですのよ。可愛くない。貴方のお話は大聖堂でも良く耳にしましたわ」


 どんな話を耳にしたのかも気になるし、授業中、落ちる落ちないって話になる自体どんな授業なのかも気になる。私たちは揃ってちらりとカナイを見ると物凄く怪訝な顔で睨まれた。


「そういえば、カナイは前にしおらしいタイプが好きだっていってましたよ?」


 かなり前の話だけど間違いない。私が殴り倒したときだったと思うから。私の返事にヴァジルさんだけでなく近くに居たエミルも「へー」と訳知り顔でカナイを見た。カナイの表情は険しくなるばかりなので、これ以上はやめてあげよう。私と同じ気持ちだったのかエミルが先に進めてくれた。


「彼は王宮管轄の騎士塔より副学長、ムスカ。学長はぎっくり腰で起き上がれず代理らしいよ」


 うわぁ、ずる休みのいい訳聞いてるみたいだよ。でもムスカさんは知った顔だからほっとする。改めて宜しくなと握手をされにこりと微笑んだ。でもまさかムスカさんが副学長さんだとは思わなかった。そんな失礼なことを私が考えていると閉じられていた扉が再び開く。


「私が呼ばれたのは査問会だったはずだが、お茶会か何かに変更になったのかな?」


 物凄く分かりやすい皮肉だ。その第一声に皆の視線は彼に注がれた。こつっと一歩室内に踏み入り扉が閉まると同時に、何かに気がついたのか彼は慌ててブラックに向けて腰を折った。


「ルイン・イシル様。先日はご不興をかってしまい申し訳ありませんでした」

「頭を下げる相手を間違えていますね」


 微動だにしないブラックの言葉に身体を強張らせた彼はぎこちなくこちらに振り返り私に向かって歩いてきた。グレーのスーツに眼鏡。インテリっぽくて堅物で、学校の先生で一人は居そうな生徒に敬遠されるタイプの人だ。身構えた私の正面まで歩み寄ってくると彼は改めて頭を下げた。


「シル・マリル様。私は現在蒼月教徒を纏めている財団長、レムミラス。貴方様の真意を疑い不敬を働いたこと私共の総意ではないとはいえこの場を借りて正式に謝罪したい」


 ……不敬?

 直ぐに思い当たらなかったが、視界の隅にカナイが入って、ふと思い出した。ああと合点がいくけれど今更だ。何も応えられない私を気にするでもなく彼はわざとらしさすら感じる感嘆の声を上げる。


「素晴らしい、貴方様はルイン・イシル様と同じ色で世界を見ているのですね」


 ぎゅっと手を取られて反射的に半歩程下がると、するりとエミルが間に割って入り、レムミラスさんの真後ろにブラックが立ちにこりと呪いの言葉を囁いた。


「蒼月教徒は優秀な人材に溢れているのでしょう? トップの据え換えくらい直ぐに済みますね」


 レムミラスさんの明らかな作り笑いにヒビが入る。詳細は分からないけれど、エミルとブラックの息が合うなんて、きっと何かしそうな雰囲気だったのだろう。なんで私こんな初対面の相手に憎まれているんだろう。


「さ、メンバーも揃いましたし。始めましょうか」


 エミルはあっさり何事もなかったように切り上げると、カナイに「頼むよ」と告げ私たちに着席を促す。


「貴方の護りは固そうですけれど、蒼月教徒は常に好戦的ですわ。特に貴方のような可愛らしい方は目の敵にされましてよ?」


 席に着くまでに隣に並んだヴァジルさんがそっと耳打ちしお礼をいうと「あたくしああいう粘着質な殿方嫌いなんですの」と普通の声で告げる。聞こえるっ! 聞こえてるから絶対! それでも全然気にしない風で、にこりとウインクしてみせるヴァジルさんはなんだかその容貌とは裏腹にとても可愛らしくて好感が持てた。

 エミルが上座、エミルからやや下がったところにアルファが立った。私とブラックは長方形に配置された席のエミルから右手に座り、その後ろにハクアが控えた。

 あとは、それぞれに腰を降ろしていく。最後にレムミラスさんが着席すると同時に扉が開いてカナイとレニさんが入ってくる。レニさんは酷く憔悴しているように見える。レニさんはカナイに促されエミルの正面に座った。ハクアはあんな状態のレニさんになんの警戒をしたのか分からないが私の傍に寄って、座った。丁度肘掛の上に頭が出るから軽くそこに頭を乗せた。


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