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第二十九話:コスプレじゃないよ正装です

 ―― ……ん、んーっ!


 ここに帰ってくるのも凄く久しぶりな気がする。私は大きな窓を開け放って夜の空気を部屋へ入れた。

 大きく伸びをして深呼吸一つ。

 冷たく刺すような外気だけどほんの少しアルコールが入った肌には気持ちが良い。ハクアは群れから離れていた仲間と話し合いをしに出掛けてしまった。

 だからあのあと久しぶりに、ブラックと外食をして種屋に戻った。

 玄関開けたらブラックがもう一人居て正直肝を冷やしたのだけど、私を探したりしていた間、店番を任せていた傀儡らしい。何も自分そっくりに作らなくても良さそうなものだけど、店主不在というのは、この店の特異性を考えると危険らしい。

 私がこちらに住むようになるまでは、結構頻繁に交代していたらしいのだけど、白化は本体にしか出来ないから結果的に傀儡の店番率は下がった。


「折角元気になってきたのに、次は風邪を引いてしまいますよ?」


 ふわりと背後から伸びてきた腕に抱き締められて、私は平気だと首を振ったのに窓はぱたんっと閉じられてしまう。


「仕事キリが付いたの?」

「ええ、面倒なので、適当に白化後の記憶の残像が必要な人には送りつけておきました。気がつくまで光が持つかどうかは、私の知ったことでは有りません」

「それはちょっと意地悪じゃない?」

「良いんです。折角、マシロが戻ってくれたのに、誰とも知れない方々の種に振り回されるのは面倒極まりない」


 いつもならちゃんと仕事はやらないと駄目だとか、お説教をするところなのだけど、正直私も今日は待つ気分じゃなかった。

 ブラックの腕の間から伸ばした手でふわふわとブラックの髪を撫でる。時折触れる耳がくすぐったそうにぴるぴると震えるのがちょっと楽しい。

 そんな私の手を捕まえて「くすぐったいのでやめてください」とギブアップしたブラックは私の肩口に顔を埋めて首筋に唇を滑らせる。


「断られると思いました」

「何を?」


 時折軽く吸い付かれ、ほわんっと身体が熱を帯びてくる。


「明日の予定が決まっているのに、家に戻るのを了承してくれるなんて……吃驚です」


 本当に不思議そうなのが余計におかしい。私はブラックを振り返りとても近い位置にあった唇にそっと重ねる。


「私だって、我慢してるっていったよね」


 そう静かに唇が触れ合う距離で紡げば、あとは雪崩落ちるようなものだ。




 シーツの波間でたゆたうと幸福感と共に申し訳なさが込み上げてくる。そんな私に気が付いて、痛くしたかとか、どこか調子が悪いかとか、顔を覗き込んで本当に真剣に訪ねてくる姿に私は曖昧に微笑む。


「マシロ?」

「……ごめん、ちょっと考え事してたから……」


 私が伸ばした手に頬を摺り寄せてきて、そのまま覆い被さるように抱きしめると耳元で問い返してくる。私はくすぐったさに肩を竦めるが話さないわけにもいかない雰囲気なのでぽつぽつと口を開く。


「自己反省してたんだよ。なんていうか、私って駄目だなあと思って」

「駄目? どうしてですか?」


 こんな私でも駄目なところなど一つも思いつかないという風に答えてもらえるのは嬉しいけど、実際駄目なところばかりだと思う。


「私、ブラックのことはもちろん、皆のことも信じてるつもりだったのに、実際には信じ切れなくて流されてたし」


 誰も来ない不安。誰にも求められない不安。不要だと宣言される不安。存在価値全てを否定される不安。何もかもが不安で疑心暗鬼に取り付かれ私は勝手に堕ちた。そんな自分がとても情けない。

 じわりと浮かんできそうな涙を堪えてきゅっと唇を噛み締める。ブラックは肘をついて少し身体を持ち上げると私の顔を覗き込んで微笑む。情けない顔を見られたくなくて顔を背けたいのに逸らせない。


「マシロは本当に自分を過小評価し過ぎですよ。責任も感じすぎだし。私なんてマリル教会破壊しましたけどなんとも思いませんよ? 僅かでも形が残っただけでも感謝して欲しいくらいです」


 ブラックの基準は極端だ。思わず、ふっと息を抜いて笑ってしまった私にブラックも口角を引き上げる。

 そっと私の前髪を梳き、額に口付けると話を続ける。


「マシロは私たちを信じてくれていたんです。とても深く信頼してくれていた。だから、そこに付け込まれたんです。日々体内に染み込んでいく薬は正常な判断を鈍らせる。優しい記憶に蓋をして痛みだけが残れば誰だって不安になります。不安で苦しくて痛くて痛くて痛くて……その痛みに耐えかねたとき、そっと小さな種を蒔くんです」

「種?」

「そう光の粒です。その光に抗えるものなんてそう多くないです。レニはそういうものを見極めるのに長けていた。マシロは良く耐えていたと思います。本当に辛くて苦しかったと思います」


 なんと慰められても私にだって悪いところは鬼のように合ったはずなのに、私を見ているブラックの瞳が涙で濡れるから私は救われる。


「なんでブラックが泣くの?」

「泣かないです。泣かないですけど、もしそうでもマシロが泣くよりはマシです」


 そう、なのかな? でもブラックがそういうんだからそうなのだろう。きょとんとした私にブラックは、ごしっと目元を乱暴に拭ってから、そういえばと切り出す。


「虚ろに捕らわれている貴方を見たとき、少しだけ高揚しました」

「悪趣味」


 眉を寄せ素直に嫌悪感を現したのにそれでもブラックはどこか嬉しそうに話を続ける。


「私を想って想ってその想いの強さ故……壊れてしまった。なんて、熱烈な愛情表現だと思いませんか?」


 ……外野も含まれていたようですけど。ぼそりと付け加えられた台詞がかなり不服そうでちょっと笑ってしまった。そんな私と目が合うとブラックも笑みを返してくれる。瞼を落とせば優しい口付けが降ってくる。


「もう二度とあんな失態は起こしません」

「私ももっと……っ」

「マシロはどうかそのままで」


 言葉を無理矢理遮られ、私は甘やかされる。だから私は心の中だけで誓いを立ててそれを身体に刻み込むように口付けに応えた。


 やっと……私の平穏が戻ったのだと実感した ――。





 翌日ももちろん晴天だ。路面の雪は片隅に追いやられ肩身が狭くなっている。

 私たちはハクアとも合流し少し早目にマリル教会に到着した。今回ハクアは私の付き添いだといい、白銀狼の姿で傍に着いていてくれている。そんな私たちよりもエミルたちの方が早かったようだ。

 初めて正面から見たと、真っ白で巨大な建造物を見上げていると門が開いた。


 出迎えてくれたのはいつもの三人だけど私は少し戸惑った。


 にこやかに迎えに出てくれたのに止まってしまっている私にエミルは首を傾げる。おーい、とアルファに目の前で手のひらをひらひらと泳がされて、あ、と声を上げた。


「な、なんか三人ともいつもと違くない?」

「そうかな?」


 エミルは不思議そうに自分を見たあと傍の二人を見たが私の話が分からないという風だ。


「なんというか、その、アルファは騎士らしいし、カナイも術師って感じだし……エミルは王子様だ」

「……いや、そりゃ、いつもと一緒だろ」


 カナイの遅れた突っ込みに、それはそうなんだけど……と口ごもる。だってなんていうか三人とも格好良さが確実にランクアップしている。


「一緒だけど一緒じゃないよ。だって、アルファなんて帯刀してるよ?」

「え? ああ、まぁ、今日はそういう役回りなんで……騎士服着て帯刀してないと変でしょう?」

「カナイなんていっつも面倒だからって感じで、制服ばっかりだったのに……ローブなんて着てる。オプション的に杖まで持ってるし」

「……お前微妙に失礼だな?」

「エミルはなんというか……格好良い」


 さらりと流れるように羽織ったマントも似合ってる。なんだかここに来てファンタジー色の強い格好を見た気がする。


「マシロは今日も可愛いよ」


 にこりとそういってもらえるのは嬉しいけれど、私はそんなに普段と替わらない。ブラックも普段からきっちりとしてる方だから、それほど目新しくもないし。


「私のは着せてもらったままだから」


 ぼやんっとしていたので一瞬自分の爆弾発言に気がつかなかった。刹那黙した三人に気がついて、我に返る。ぬっと伸びてきた腕に絡みつかれて声を詰める。


「マシロは素材が良いので選び甲斐があります」

「ちょ、ちょっと、違っ! 違う、くないけど、いや、やっぱり違う! ……も、早く入ろうよ……」


 真っ赤になる顔を隠すこともなく否定したけど、今更だ。私はがっくりと脱力してブラックもろとも足を進める。


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