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―6―

「……っ! マシロさんっっっ!!!」


 どさっ!


「っい、たぁ……」


 寝台から落下し昨日と同じところをぶつけた。じわりと目の縁に涙が浮かぶ。隣の気配がなくなったことにようやっと覚醒したマシロさんはぼんやりとシーツを手繰り寄せ上体を起こし瞬きをする。


「ここ、何処?」

「寝ぼけないでくださいっ!! ここは、僕の部屋ですっ!!」

「ああ、そうか。ごめん。あのまま一緒に寝ちゃったみたい」


 床に座り込んで怒鳴る。マシロさんはあははと軽く笑って膝を抱え……抱え、て……。ぎゃっ! という可愛くもない悲鳴と共に、マシロさんも目の前のきっと僕と同様真っ赤に茹で上がった。


「ごご、ごめん……メアリーちゃんの服、ダメにしちゃった、みたぃで、その……服、取ってくれる……?」

「……まだ無理です。すみません……見ないので、自分で取って下さ、い」


 耳まで赤くなっただろう顔を隠すように片手で覆って俯いた。恥ずかしくて死ねるなら今だ。

 マシロさんの、何か察した感がより一層羞恥心を煽る。


「わ、分かった。えと……シーツ借りる、ね、その……」

「いーですから、早く服着てくださいっ」


 視界の隅でシーツが、ずるずると引きずられ椅子の上に畳んで置いた服を取るとそのまま奥へと滑り込んだ。


「ごめんね、って……ごめんね、じゃないです。だから、マシロさんみたいな人、僕は嫌いなんです。人の気も知らないで……」


 自分を落ち着けようと、必死にぶつぶつ……。

 きちんと閉まっていない奥の扉から、応えるようにごにょごにょ聞こえた。


「その、ぃあ、も、もちろん、帰るつもりだったんだよ。だったんだけど、なかなか元に戻らないし、シゼが滾々と寝てるの見てたらなんか眠くなっちゃって……それで、その、ごめんなさい」

「知りませんっ! 本当に……本当に……っ」


 適当な言葉が思い浮かばない。パクパクと無意味に口を開閉し、触れた唇の感触を思い出して慌てて口元を覆い再び頭を膝に埋める勢いで伏せた。

 あぁぁぁぁ……っ、もぅぅぅ……!


「えっと、出直してきた方が良いかな?」


 着替えが終わったのだろうマシロさんがおずおずと問い掛けてくる。その気の使われ方も嫌だ。それに、寝起きの女性を外に放り出すのは可哀想だ。


「必要ありません。それより、貴方の身体は大丈夫ですか? どこか不具合はありませんか」

「うん。大丈夫だよ。気分の悪いところもないし、どこも痛くない、動きの悪いところもない」

「そうですか。検査しておきたいこともあるので……道具を取ってきます」


 軽く身体を動かして答えたのだろうマシロさんに頷き、大きく長く身体中の息を吐ききった後、ゆっくりと呼吸を整えて立ち上が……


「……っ!」


 電気が走るように痛み、思わず机の端を掴んだ。


「大丈夫っ?!」

「平気、です……急に動いたから少し響いただけなので……」

「触診しようか?」


 殺 ス 気 デ ス カ


「僕に触らないでください。平気ですから」


 ゆっくり一度姿勢を正したら、もう普通に動ける。本当に軟な体は困る。情けなく浮かぶ笑みを零して戸口へと


 ―― がちゃっ。


 僕の手はまだドアノブを握っていない。握っていないけど扉は開いて


「あ、シゼ。丁度良かった」


 おはようございます。と普段と全く変わらない笑みで入って来たのはラウ博士だ。そういえば、博士は返事を待たない人だった。それで困ったことは今まで一度もなかったし、マシロさんと二人で居るのに部屋に鍵を掛けるのはいけない気がして施錠すらしてなかった。


「昨日は何か騒いでいましたか? シゼを働かせすぎだと方々から苦言を呈されたのですが……。あぁ、それからメアリーちゃんが追剥ぎに合っていましたよ」


 低血圧とは縁がなさそうな、早朝から麗しい笑顔で登場したラウ博士はどこか不満気だ。彼の気に障るようなことをしたつもりはないのだけど? 黙った僕を訝しんでラウ博士はやっと室内のマシロさんに気が付いたようで、僕と交互に見て


「ええと……同衾?」

「「違いますっ!!」」



 そのあとは、昨日の説明に時間を費やしたが、おかげで落ち着くことが出来た。


「なるほど。メアリーちゃんが追剥ぎにあった理由も分かりました。まぁ、マシロが誘惑したのでなければ何かあったとは思いませんけどね」

「しませんっ!」


 ていうかなんで私が誘惑なんてっ! 飄々と告げるラウ博士にマシロさんは憤慨したが、それを気にすることなく微笑んで頷き、ラウ博士は片手間の様にメアリーちゃんのドレスを錬成する。


「けれど、シゼの奇行は理解出来ました」

「―― ……っ!」


 文字通り僕をちらりと見てにやりと笑ったラウ博士に声を詰める。引いたはずの頬の熱がまた昇ってくるのを感じて逡巡した。


「シゼは別に変な事していないです」


 僕の様子に助け船を出してくれたのだろうマシロさんは続けた。


「患者になって分かるけど、シゼはとても優しかったし良くしてくれましたよ?」

「そうですか」

「それってきっと薬師素養の一端とかいうのでしょう? だとしたら、将来有望だと思います」

「そうですか、それは助かります」


 ラウ博士。こっち見ないでください。にこにこがにやにやにしか見えません。

 赤くなる顔を覆って机に突っ伏したい気持ちを抑え込み、テーブルの木目を数えるに留める。けれど、その様子に的を外したのかとマシロさんは心配そうに「……違うの?」と首を傾げた。


「ぃえ、ご期待に沿えるよう精励します」


 曖昧な笑みを返した。


「おや、お迎えみたいですね」


 そろそろ腰をあげようかという時に、ラウ博士がそういって残った紅茶に口をつけた。

 何のことかと僕とマシロさんが顔を見合わせたところで、コンコンっとノックの音がする。ここへの訪問者は少ないし限られている。ちらりとラウ博士を見ると緩く頷く。出た方が良いということだろう。


「エミル様……! どうしたんですか? こんなところにわざわざ。用があれば僕が伺ったのに」


「こんなところでお茶してる私たちは何なんでしょうね」

「シゼのエミル様贔屓は筋金入りだから、仕方ないですよ」


 奥の二人の会話は聞こえないふりをした。


「うん、授業が始まってもマシロが来ないから、カナイに聞いたらシゼのところだと」


 シゼは暫く寝てないから休ませるようにもいわれたんだけど、と申し訳なさそうな顔をさせてしまうなんて僕の方が悪い。


「……私、かくれんぼは常に鬼になる気がする」

「その時は手を貸しましょうか」

「永遠に誰とも合流できなくなる気がするので遠慮します」

「まさか……!」


 僕もマシロさんに半分くらいは同意します。ラウ博士の悪戯は悪戯で済ませて良い領域を超えることが多々あるから……というのは、声にはしなかった。


「それにしても、珍しいお茶会だったんだね?」


 エミル様を招き入れると、ラウ博士とマシロさんを順番に見て素直に驚いた声を出す。


「ええ、マシロがど」

「ちょーーっと! 色々あって! シゼに助けて貰ってたのっ!! ね!」

「は、はい」


 にこやかなラウ博士の台詞を叩き切る勢いでマシロさんが声を張り、同意を求められ慌ててこくこくと頷く。


「そう? 良く分からないけど、その様子なら朝食もまだかな?」


 そっとマシロさんに手を差し出す所作はとても自然で、マシロさんは至極当たり前のようにその手を取った。


「シゼはお留守番」

「え?」


 目の前で立てられたエミル様の人差し指を見つめ、疑問符に瞬く。そんな僕の心中を解したようにエミル様は続ける。


「身体、どこか痛めてるんじゃない? 動きが不自然だったよ。保健室に行くなら付き添うけど、そうじゃないならちゃんと休むこと」


 う。


「そういうことだから、ラウもシゼを使っちゃ駄目だよ」

「仰せのままに……」


 エミル様が普段の敬称を省くときは、生徒としてではなく王子としての命を下すときだ。それに合わせた形で、音もなく席を立ったラウ博士は仰々しく腰を折った。

 何か貰ってきてあげるね。といってくれたマシロさんに適当に頷いて閉まる扉を見詰める。


「ラウ博士、申し訳ありません」

「構いませんよ。貴方が居ないと不便ではありますが……その為には時に休息も必要なものです」


 必要ないとか、問題ないとかいわれなくてホッとしている自分に呆れる。


「それにしても……シゼは時々可愛らしい顔をしますね?」

「え」

「疎外感でも感じますか? それとも、好きなものと取られてしまう焦り……でしょうか?」

「そんなことっ」


 大体、最初からマシロさんは店主殿の……そう、そう……僕は、ただ……。


「エミルはマシロが好きですからねぇ……」

「ぇ、あ、あぁ! その、そうですね」

「おやー? もしかして、逆、でしたか……?」


 この人は、本当に意地が悪いっ。ふふっと意味ありげな笑みを残して、部屋を後にしたラウ博士を見送れば一人になった。しんっと静まり返った部屋で溜息が響く。


 射し込んでくる朝日に不似合いなメアリーちゃんは机の隅にちょこんと腰かけ、虚空を見詰めるガラスの瞳はもの言いたげに見えた。


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