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私はメイドです!〜お嬢様の世界征服に巻き込まれた哀れな日々〜  作者: ほしみん
第一章 国内改革

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第80話 成果報告

「成果を報告しなさい」


お嬢様の声が、執務室に響いた。


289年の夏。お嬢様が正式な摂政となってから、2年が過ぎようとしていた。


マリア様、クラウス様、ヨハン様が集まっている。


私はいつものようにお茶の準備をしながら、報告を聞いていた。


「まず農業から」


お嬢様がクラウス様に目を向けた。


「農具の普及率は順調でございます」


クラウス様が書類を広げた。


「鉄の鋤は1200本、種まき機は800台が全国に出回っております。助成金制度のおかげで、小さな農家にも行き渡りました」


「収穫量は?」


「導入した村では、平均で1.8倍。四圃制と化学肥料を組み合わせた村では、2倍を超えております」


お嬢様が頷いた。


「リーゼは?」


「各地を回っております。指導の依頼が多く、一人では手が回らないとのこと」


「弟子を育てさせなさい。農業指導官は一人では足りない」


「仰せのままに」




「次、発電所」


ヨハン様が顔を上げた。


「おう。水力発電所は安定稼働してる」


「出力は?」


「当初の設計通りだ。24時間、安定して電気を供給できてる」


ヨハン様の声が誇らしげだった。


「アルミニウムの生産も軌道に乗った。軽くて錆びにくい金属──用途はこれから広がる」


「よくやったわ、ヨハン」


「師匠のおかげだ」


ヨハン様が小さく頭を下げた。


「電気という概念を教えてもらわなければ、ここまで来られなかった」




「それと、公衆浴場」


お嬢様が少しだけ表情を緩めた。


「王城の状況はわかってるから報告は不要よ」


それはそうだろう。あれだけ毎日使ってて知らないということがあるはずがない。


「──庶民向けの銭湯、どうだった?」


「大好評でございます」


クラウス様が報告した。


「既存の井戸と水路を流用して、試しに一軒作ってみたのですが……連日満員です」


「俺もギュンターのおっさんと行ったけど、すげー人入ってたな」


ヨハン様が口を挟んだ。


「やっぱりね」


「最初は怖がっていた者も、一度入ると病みつきになるようで。『毎日来たい』という声も多いとのこと」


お嬢様が頷いた。


「本格的に広げるには上下水道の整備が必要ね」


「はい。ただ、大工事になります。首都全域となると、数年がかりかと」


「課題は?」


「既存の建物や道路との兼ね合いでございます。地下を掘るにしても、今ある街並みを壊すわけにはまいりません」


「計画を練りなさい。急がなくていいわ。まずは需要があることが確認できた。それで十分」


お嬢様がそう言った時、私は少し笑ってしまった。


──お嬢様、本当はただお風呂に毎日入りたいだけですよね。


でも、それが結果として民の健康に繋がるなら、いいことだ。




「教育は?」


マリア様が穏やかな声で報告を始めた。


「首都近郊では、識字率が大幅に向上しております」


マリア様の表情が、誇らしげだった。


「子供の約8割が、自分の名前を書けるようになりました。簡単な計算もできます」


「農村部は?」


「まだばらつきはありますが、着実に改善しています。農繁期休校のシステムが浸透し、反発も減りました」


お嬢様が頷いた。


「上出来よ。続けなさい」


「はい。また、『うちの子も学校に行かせたい』という声が増えています」


マリア様の声が、少し弾んでいた。


「教育が『当たり前のこと』になりつつあります」




「帝国学院は?」


クラウス様が口を開いた。


「法学科から、最初の修了生が出ます。5名です」


「配属先は?」


「税務関係を希望する者が多いです。地方の税務署に配属予定です」


「いいわね。現場で学ばせなさい」


ヨハン様が続いた。


「理学科は……まだ修了生は出てない。理学は基礎から積み上げる必要があるから、最低2年はかかる」


ヨハン様が少しだけ笑った。


「でも、学生たちは熱心に学んでる。周期表の授業では、みんな目を輝かせてた」


ヨハン様が少し胸を張った。


「工学科からも3名が修了予定だ。鍛冶場や工房に配属する」


「技術の継承ね。大事なことよ」


ヨハン様が一瞬、口を開きかけた。


「それと、例の──」


「そっちは把握しているわ」


お嬢様が遮った。


「今日は、ここまで」


何の話だろう。私には分からなかった。


ヨハン様とお嬢様が、一瞬だけ目を合わせた。何か──私の知らないことが、進んでいるようだった。




その日の午後、私はマリア様に同行して農村を視察した。


教会が学校として使われている。ペーターが教師として子供たちを教えていた。


「はい、今日の授業はここまで」


「ありがとうございました!」


子供たちの元気な声が響く。


授業後、一人の子供がペーターのところへ来た。手に紙を持っている。


「先生、これ……見てもらえますか」


「ん? 何だい?」


「おとうさんに、手紙を書いたんです」


畑で働いている父親のところへ、その子供が走っていった。


私とマリア様は、少し離れた場所からそっと見守っていた。


「おとうさん」


「なんだ、どうした」


「これ……」


子供が紙を差し出した。


父親が受け取る。たどたどしい字で「おとうさん いつも ありがとう」と書いてあった。


「……これ、お前が書いたのか?」


「うん。学校で習ったの」


父親が、黙り込んだ。


「……」


その目に、涙が浮かんでいた。


「……そうか」


父親の声が震えていた。


「……よく書けたな」


「へへ」




視察を終えた後、村の中を歩いた。


「おい、聞いたか? 隣の家の子、字が書けるようになったって」


「うちの子もな。名前だけだけど」


「……うちの子も行かせた方がいいかな」


「農閑期だけなら、まあ……」


農民たちの会話が耳に入る。


マリア様が小さく微笑んだ。


「……変わり始めていますね」


「はい」


「最初は反発されました。『うちの子を返せ』と」


マリア様の声が、静かだった。


「でも今は、少しずつ……」


変化は、強制ではなく、実感から生まれる。


あの父親の涙を見た。子供が書いた手紙を、震える手で受け取る姿を。


字が読めることの意味。それは、契約を読めるとか、法律を理解できるとか、そういうことだけではない。


大切な人に、気持ちを伝えられること。それも、字が読めるということの意味なのだ。




帝国学院の講堂で、修了式が行われた。


最初の修了生たち。たった8名。でも、この国で初めての「能力で選ばれた」人材だ。


お嬢様が壇上に立った。


「本日、帝国学院最初の修了生が巣立つ」


修了生たちが緊張した面持ちで聞いている。


「あなたたちは、この国で初めて能力で選ばれた人材。出身は関係ない。貴族の子であろうと、平民の子であろうと」


お嬢様の声が、静かに響く。


「ここで学び、能力を示した者だけが、ここに立っている」


「……」


「これから、あなたたちは現場に出る。学んだことを活かし、この国をより良くしなさい」


お嬢様が、小さく頷いた。


「期待しているわ」




修了式の後、私はルーカスと話す機会があった。


法学科を修了した農家の三男。1年前、最初の授業で彼が語った言葉を、私は覚えている。


──『俺の村で、領主が税を好き勝手に上げました。法で決まった額の倍以上。でも、誰も止められなかった』


あの時の彼の言葉だ。そしてクラウス様は自らの過去を明かした。息子を無謀な命令で亡くしたこと。その指揮官が法で裁かれなかったこと。


二人の目には、同じ炎が宿っていた。


「修了おめでとうございます」


「ありがとうございます」


「税務署に配属されるとか」


「はい。北部の街です」


ルーカスの声が、静かだが力強かった。


「俺の村みたいなところを、なくしたいんです」


「……」


「法を正しく執行すれば、領主だって好き勝手はできない。クラウス先生に教わりました」


「……頑張ってください」


「はい!」


ルーカスの目は、1年前と同じように輝いていた。いや──あの時よりも、炎は強くなっている。


クラウス様から受け継いだ志。「法の前で全員が平等な国に」──その理念を胸に、ルーカスは旅立つ。


これが、教育の果実なのだ。





その夜、お嬢様の執務室で報告した。


「お嬢様、今日の修了式、感動しました」


「そう」


「お嬢様が教育を始めてから、2年が経ちました」


私はお茶を淹れながら、静かに言った。


「今、その種が芽吹き始めています」


「まだ2年よ。これからが本番」


「はい。でも……私は嬉しいです」


「……」


お嬢様が窓の外を見た。


「私はメイドです。教える側にも学ぶ側にもなれません」


「……」


「でも、その種まきを手伝えたことを、少し誇りに思います」


お嬢様が振り返った。


「……いいことを言うようになったわね、エマ」


「お嬢様のおそばで学んでいますから」


「……そう」


そのとき、扉が叩かれた。


「失礼いたします。緊急の報告が」


入ってきたのは、諜報を担当する文官だった。表情が硬い。


「何?」


「北方より急報です。ノルデン王国が、国境付近で軍需物資を大量に備蓄しております」


私は息を呑んだ。


「……規模は?」


「武器、食糧、馬匹……数万の軍を動かせるだけの量かと。各地から続々と物資が運び込まれているとのこと」


「……」


「停戦期限まであと3ヶ月。このままでは──」


「下がりなさい」


お嬢様が静かに言った。文官が一礼して退出する。


執務室に、沈黙が落ちた。





お嬢様は窓の外を見ていた。


「……お嬢様」


「ついに来たわね」


その声は、驚きでも恐れでもなかった。


むしろ──待ちわびていたかのような、静かな響き。


「3年前の屈辱を、忘れられなかったようね」


お嬢様が振り返った。その目は、教育の話をしていた時とは違う。冷たく、鋭い──何かを見据える目。


「……」


「大丈夫よ、エマ」


「え?」


「準備はできているわ」


お嬢様は小さく微笑んだ。でも、その笑みは温かいものではなかった。


「この3年間、何もしなかったとでも思う?」


窓の外では、夕日が沈みかけていた。


平和な時間は、終わろうとしている。


教育の芽吹きを見届けた、同じ日に。子供の手紙に涙する父親を見た、同じ日に。


戦争の足音が、聞こえてきた。


私はメイドです。お嬢様のそばにいて、見届けることしかできない。


でも──


「準備はできているわ」


あの言葉を、私は信じたい。


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