第74話 【物理回】誘導起電力〜ヨハン視点〜
※作者の趣味で物理蘊蓄が延々と続きます。興味ない方は遠慮なく飛ばしてください。
師匠がコイルと磁石を用意した。
コイルは銅線をぐるぐると巻いたもの。磁石は天然の磁鉄鉱だ。
エマが横で見ている。最近、師匠の授業にはエマも同席することが多い。
「エマ、今日も来たのか」
「はい。お嬢様の授業、面白いので」
「理解できてるのか?」
「……雰囲気で」
正直でよろしい。
「さて、まず復習から」
師匠がボルタ電池と銅線、方位磁針を並べた。
「前回、電流を流すと方位磁針が動いたわよね」
「ああ、やったな」
師匠が銅線を電池に繋いだ。方位磁針の針がクルッと動く。
「電流が流れると、周りに磁場ができる。だから針が動く」
「磁場……目に見えない力の広がり、だったよな」
「そう。覚えてるわね。──ちなみに、電気にも同じものがあるの。電場よ」
「電場?」
「磁場が磁気の力の広がりなら、電場は電気の力の広がり。今日は磁場の方が主役だから、名前だけ覚えておいて」
俺は頷いた。磁場と電場。磁気と電気に、それぞれ場がある。
師匠が電池を外した。針が北に戻る。
「じゃあ、今日の本題よ」
師匠がコイルを指した。
「この磁石をコイルに近づけてみて」
「……わかった」
俺が磁石をゆっくりとコイルに近づける。
コイルの両端には銅線が繋がっていて、その下に方位磁針が置いてある。
方位磁針の針がピクリと動いた。
「!? 針が……」
「あ、動きました!」
エマも目を丸くしている。
「待て。今、電池繋いでないよな?」
「繋いでないわ」
「じゃあなんで針が動くんだ……?」
俺は考えた。さっき確認した。電流が流れると針が動く。針が動いた。ということは。
「……電流が流れてる?」
「正解」
師匠が微笑んだ。
「今度は遠ざけて」
俺が磁石を遠ざける。針が逆向きに動いた。
「逆方向に動いた……電流も逆向きに流れてるのか?」
「その通り」
「あれ? 北ってあっちでしたっけ?」
エマが首を傾げた。
「いや、磁石のせいで動いてるんだ」
「磁石って北を指すものじゃ……あれ?」
混乱している。まあ、無理もない。
「もっと速く動かしてみて」
俺は磁石を素早くコイルに突っ込んだ。
針が大きく振れた。
「おお!」
「ゆっくり動かしてみて」
今度はゆっくり。針の振れは小さい。
「速さで変わるのか……」
「そう。変化が急なほど、強い電気が生まれるの」
俺は何度か試した。速く、遅く、速く、遅く。確かに、速く動かすほど針が大きく動く。
「止めてみて」
磁石を止める。針も止まった。
「動かさないと電気が生まれない……?」
「そう。磁石そのものじゃなく、『磁場の変化』が電気を生むの」
「磁場の……変化」
俺は磁石を見つめた。磁石を動かすと電気が生まれる。止めると消える。動かすと生まれる。止めると消える。
「磁場が変わり続けている間だけ、電気が流れるのか」
「その通り」
「電気を流せば磁場ができた。逆に、磁場が変化すれば電気が生まれる。これを誘導起電力と呼ぶわ」
「誘導……起電力」
「四つの式のうちの一つよ。電気と磁気が繋がっている証拠」
「さっきの……!」
俺は興奮した。
電磁石で見た「電気→磁気」。今見たのは「磁気→電気」。本当に逆ができた。
「電気と磁気は、本当に同じものなんだ……」
「そう。表と裏。コインの両面のようなものね」
「これを使えば、面白いものが作れるわ」
師匠がコイルと磁石で装置を組み立てた。コイルの中に磁石を配置し、コイルが回転できるようにしている。
「電池を繋ぐと……」
コイルが回り始めた。
「回った……!」
「わあああ! 勝手に回ってます!」
エマが飛び上がった。
「お化けですか!?」
「違うわよ」
師匠が呆れた顔をした。
俺は回転するコイルを見つめた。誰も触れていないのに、くるくると回り続けている。
「電気で回転を作る。これがモーター」
「モーター……」
俺は目を輝かせた。電気を流すだけで、ものが回る。
「触っていいか?」
「いいわよ」
指でコイルに触れてみる。回転を止めようとすると、押し返す力を感じた。
「力がある……」
「電気が力に変わっているの」
俺は指を離した。コイルがまた回り始める。
すごい。電気が、目に見える力になった。
「そうだ師匠、前に言ってた電流計。これで作れないか?」
「気づいたわね。モーターと同じ原理よ」
師匠が小さなコイルと磁石を取り出した。
「磁石の間にコイルを置いて、電気を流す。コイルが回転しようとする。でも、バネをつけて戻ろうとする力を与えるの」
「バネで止める……なるほど」
「バネは、伸びるほど戻る力が強くなる。電流の力も、電流が強いほど大きくなる。どちらも比例するから──」
「針の振れ幅と電流の大きさが比例する?」
「正解。作ってみましょう」
また銅線をぐるぐる巻いて、小さなコイルを作る。それを磁石の間に吊るし、バネと針をつける。
俺がボルタ電池に繋ぐと、針がグンと振れた。
「おお……動いた!」
「これが電流計。電気の強さを目で見て分かるようにする道具よ」
「じゃあ、レモン電池だとどうなる?」
師匠がレモンと銅板、亜鉛板を取り出した。俺がレモンに差し込んで、電流計に繋ぐ。
針がピクリと動いた。ほんの少しだけ。
「全然違う……」
ボルタ電池のときは針が大きく振れた。レモン電池は、かすかに動いただけ。
「これが電流の差よ。触らなくても、目で見て分かるでしょう?」
「すげえ……これなら感電しなくて済む」
俺は心から安堵した。もう人柱はごめんだ。
「お嬢様、これ、糸車に使えませんか?」
「また糸車か」
俺は思わず突っ込んだ。
「だって! 糸紡ぎ、大変なんですよ!」
「使えるわね」
師匠が答えた。
「本当ですか!?」
「でも今は電池が高価だから実用的じゃないの。電池一個で糸を少し紡いだら終わり」
「そうですか……」
エマが少し残念そうにした。糸紡ぎは重労働だ。楽になるなら、そりゃ興味を持つ。
「いつか電気がたくさん使えるようになったら、考えてあげるわ」
「約束ですよ!」
「……まあ、覚えておくわ」
師匠が苦笑した。エマの目が輝いている。こいつ、本当に糸紡ぎが嫌いなんだな。
「じゃあもしかして、これを手で回したら……」
俺は電池を外し、手でコイルを回した。
方位磁針の針が動く。
「電流が流れてる!」
「え? 今、電池繋いでないですよね?」
エマが目を丸くした。
「繋いでない。俺が回しただけだ」
「手で回すと電気が……?」
「そう。回転で電気を作る。これが発電機よ」
俺はもっと速く回してみた。針が大きく振れる。
「速く回すと、たくさん電気が出る……さっきと同じだ!」
「その通り」
師匠が満足げに頷いた。
「モーターと発電機は同じものよ。電気を入れれば回る。回せば電気が出る」
「同じ……」
俺は手を止めた。針も止まる。また回す。針が動く。
電流を流せば回る。回せば電流が流れる。まるで鏡のようだ。
「なあ師匠」
「何?」
「これ、すごくないか?」
「何が?」
「だって……電気と磁気が繋がってるって、前に聞いた。四つの式で全部説明できるって」
「ええ」
「今、それを目の前で見てる。本当に繋がってた」
師匠が微笑んだ。
「理論と実験。両方揃って、初めて理解できる。あなたは今、それを体験しているの」
俺は発電機を見つめた。
目に見えない法則が、目に見える現象として現れている。あの四つの式が、この装置の中で動いている。
世界の仕組みを、少しだけ覗けた気がした。
「師匠、ということは……」
俺は考えた。回転で電気が生まれる。大きく回せば、たくさんの電気が生まれる。
「水車に繋げば?」
師匠が微笑んだ。
「気づいた? 次はそれを作るわよ」
俺は発電機を見つめた。
水車。あの大きな水車を発電機に繋げば、どれだけの電気が生まれるのか。
想像するだけで、胸が躍った。
「あの……お嬢様」
エマが手を挙げた。
「何?」
「水車で電気を作って、その電気で糸車を回すことはできますか?」
「できるわ」
「じゃあ、川があれば糸が紡げるんですね!」
「……それなら水車の動力をそのまま糸車に繋げばいいんじゃない?」
「あ……」
エマが固まった。
確かに。わざわざ電気に変換する必要がない。
「…………」
エマが真っ赤になった。
俺は笑いを堪えた。
俺は水車と発電機の可能性に胸を躍らせていたのに、エマは糸紡ぎのことしか考えていない。
まあ、それがエマらしいか。




