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私はメイドです!〜お嬢様の世界征服に巻き込まれた哀れな日々〜  作者: ほしみん
第二章 大陸征服

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第146話 旅の前に

あの夜、帝都は光に包まれていた。


街路灯が通りを照らし、花火が空を彩り、人々は踊り、笑い、祝った。お嬢様とカール陛下の結婚を、帝国中が祝った夜。


今はもう、灯りは消えている。電池が尽きたのだ。一晩の魔法は終わった。


──でも、柱はまだ立っている。


宮殿の廊下を歩く。朝の光が窓から差し込んでいた。使用人たちが結婚式の後片付けに追われている。花飾りを外し、テーブルを運び、食器を洗う。祝いの痕跡が、一つずつ消えていく。


私はいつも通り、お嬢様の執務室に向かった。


お茶の支度を整えて扉を開けると──もう、お嬢様は机に向かっていた。


結婚式から三日目の朝に、この姿である。祝宴の余韻はひとつも残っていない。花嫁のお嬢様の目と、書類を読むお嬢様の目は、完全に同じ温度に戻っていた。


それでも、窓から差し込む朝の光を受けた銀の髪の輪郭は、結婚式の前よりほんの少しだけ柔らかく見える。新しい結婚指輪が左手の薬指で光を拾っていて、書類をめくる動作のたびに一瞬だけ輝きが角度を変える。この指輪の光り方の記録も、メイドとして新しく覚える仕事のひとつである。


──以上、本日の観察を記録いたします。


結婚式から三日目。各国の来賓を送り出したのが昨日の昼で、お嬢様は今朝から仕事をしている。


「お嬢様、おはようございます。……もうお仕事ですか」


「エマ。今日、みんなを集めてあるの。会議室を用意して」


「みんな、というのは……」


「クラウス、ヨハン、ギュンター、オットーをはじめ、結婚式の準備に貢献したメンバー。それとカールももちろん読んでちょうだい──このあとの方針を共有するわ」


結婚式の後片付けも終わっていないのに、もう次の話だ。お嬢様が何かを始める時、私にできるのは会議室の準備だけだ。





会議室に全員が揃った。


長机の上座にお嬢様。右手にカール陛下、左手にクラウス。ヨハンとギュンターが向かい合って座り、オットーは端の席で記録の準備をしている。私は壁際に立った。いつもの場所だ。


お嬢様が口を開いた。


「結婚式の総括をするわ。──大成功よ。


正直今回は私自身かなり無茶振りをした自覚はあるのだけれど、それをあなた達は十二分に応えてくれた。


みんなありがとう。心から感謝するわ」


全員の顔がわずかに緩んだ。


「まず、電球。ヨハン」


ヨハンが背筋を伸ばした。


「帝都の全街路灯に電球を灯した。各国の使節も民衆も、あの光に目を奪われていた。技術がただの道具ではなく、見せ物になると証明できたわ。そして、それが新婚旅行に繋がった。お土産に持ってこいってね──これは想像以上の成果よ」


ヨハンが照れくさそうに頭を掻いた。「師匠の設計通りに作っただけっすよ」


「ギュンター」


「あん?」


「電球の量産、街路灯の設置、パレードの山車。全部、あなたと隊の仕事よ。一晩で帝都を光らせたのは、あなたたちの腕があったから」


「ギュンター隊が頑張ってくれたからだよ」


「そうね。──それはそれとして『あれ』は、やめさせてちょうだい」


『あれ』とは「お任せくださいませ、お嬢様」のことだろう。


「別に俺がやらせてるわけじゃねぇんだけどな」


「クラウス」


「はい」


「各国使節の受け入れ、式次第の調整、外交上の席順、予算の管理。──一つも問題が起きなかった。それがどれだけ難しいことか、私は知っているわ」


クラウスが静かに頭を下げた。「恐れ入ります」


「オットー」


オットーが驚いたように顔を上げた。自分の名前が呼ばれると思っていなかったようだ。


「各国使節への案内資料。あなたが作った帝国の地理と歴史の冊子、使節たちが持ち帰ったわ。あれはただの案内ではなく、外交文書よ」


「は、はい……ありがとうございます」


オットーが眼鏡を押し上げながら小さく言った。「──殿下の偉業をしっかり歴史に残させていただきます」


「エマ」


私は壁際で固まった。


「式の進行管理、来賓の世話、厨房との連携、衣装の手配。──あなたがいなければ、あの日は回らなかったわ」


「……わ、私はメイドとして当然のことを」


「当然のことを当然にできる人間は少ないの」


お嬢様が全員を見渡した。


「カール」


カール陛下がぴんと背を伸ばした。


「皇帝として、立派だったわ。各国の王の前で堂々としていた」


カール陛下がぱっと笑った。「えへへ」


お嬢様が労いの言葉を口にするのは珍しい。よほど手応えがあったのだろう。……あるいは、よほど大きなことを次に仕掛けるつもりだ。お嬢様が褒めた後には、必ず無茶が来る。もう学習した。


お嬢様が一拍置いた。空気が変わった。


「──結婚式は大成功だった。だからこそ、次に進むわ」


「今回の結婚式のお陰で新婚旅行に繋がったわ。各国から招待を受けるなんて、ものすごい好機よ。結婚式であの光を見せた直後だから、各国は帝国の技術に興味を持っている。この熱が冷めないうちに動きたい。だから今度の旅行は、ただの旅行にはしない。──しっかり作戦を練るわ」


──やっぱり来た。


「でも、今すぐには出発できない。廃藩置県の後始末が終わっていないの。領主がいなくなった地域は、通貨も法律も治安も整っていない。──この状態で国を空けたら、帰ってくる場所がなくなるわ」


会議室が静まった。クラウスが小さく頷いている。現場を知っている人間の顔だった。


「だから、旅に出る前にやることがある。私たちがいなくても回る国を作るの」


「……どれくらいかかるんすか?」とヨハンが聞いた。


「半年」


「半年!?」とカール陛下が叫んだ。


「わかってちょうだい、カール。これでもみんなものすごく頑張らなきゃいけないの」


「うぅ……僕我慢する」


「いい子ね」


ギュンターが腕組みのまま言った。「で、何をやるんだ」


お嬢様が私を見た。


「一つ目。硬貨問題。──クラウス、あなたの担当よ」


クラウスが頷いた。「硬貨が不足している、という件ですな」


「二つ目。廃藩置県による大貴族の土地問題。──これは新しい人材を入れるわ」


ギュンターが眉を上げた。「新しい人材?」


「ええ。土地に詳しい人材がいるの。これから探すわ」


「三つ目。それにともなう法未整備問題。──これもクラウスね。新しく採用する人と協力して取り組んでちょうだい」


「承知しました」


クラウスの返事には迷いがなかった。二つ抱えることの重さを分かった上で引き受けている。こういう人だ。


「……お嬢様、まだあるんですか?」


「ええ。でもまずはこの三つ。詳しくは追って、それぞれ個別に指示を出すわ」





会議が終わり、クラウスたちが退出していった。ギュンターは「やれやれ」と首を鳴らしながら、ヨハンは何か考え込みながら、オットーは記録帳を抱えて小走りで。


会議室にはお嬢様と、カール陛下と、私が残った。


カール陛下は窓辺に行って外を見ていた。朝の光に照らされた帝都。街路灯の柱が通りに等間隔に並んでいる。灯りは消えているが、柱はある。


「お嬢様。……まだこんなに、やることがあるんですね」


「ええ。廃藩置県は始まりに過ぎなかったの」


お嬢様が窓の外を見た。街路灯の柱が朝日を受けて影を落としている。


「エマ」


「はい」


「あの街路灯を、もう一度灯すわ。──今度は消えない灯りで」


「消えない灯り……」


「電池じゃなく、発電所から電気を届ける。川が流れている限り、消えない」


少し間があった。


「結婚式の夜は、一晩の魔法だった。でもこれからは違う。魔法じゃなく、仕組みを作るの」


お嬢様はお茶の残りを飲み干した。


「私がいなくても灯りが消えない国。私が旅に出ても、民が困らない国。──それが、本当の国づくりよ」


私は書き終えたメモを見返した。課題の一覧。硬貨問題、土地問題、法未整備問題。まだ他にもあるという。


お嬢様が言っているのは、つまりこういうことだ。新婚旅行に行きたい。でも今の帝国は、お嬢様がいないと止まる。だからお嬢様がいなくても動く国を作る。新婚旅行の準備ではない。国の自立の準備だ。


カール陛下が窓辺から振り返った。


「シャル」


「何?」


「僕も手伝う」


「ええ、一緒に頑張りましょう」


「うん!」


「──でもね、カール。あなたは皇帝よ。いつか『手伝う』ではなく、『自分がやる』と言えるようになりなさい」


カール陛下が少しだけ黙った。それから、拳を握った。


「……うん!」


八歳の皇帝の決意表明だった。頼りないが、真剣だった。


私は胃のあたりを押さえた。


メイドの胃は、結婚式の祝い酒より、この「半年」の一言で痛む。


半年で国を作り直す。


お嬢様がそう言ったなら、本当にやるのだろう。五年間、一度も嘘をつかなかった人だ。「やる」と言ったことは、全部やった。


私はメイドだ。メイドの仕事は、お嬢様のおそばに仕えること。


──国づくりを手伝うのは、メイドの仕事ではないはずだが、もう今さらだ。


窓の外を見た。帝都の通りに、柱が並んでいる。灯りは消えている。でも柱は立っている。


次に灯りが入る時は、もう消えない。お嬢様がそう言った。


なら、きっとそうなるのだろう。


お嬢様が急に声のトーンを変えた。


「──でもまずは、新婚旅行の計画からはじめましょうか」


「え!? 旅行の計画!?」


カール陛下が飛び跳ねた。


「どこに行くか、何日かかるか。まずはそこからよ」


「やったー! ソラーレ! 海!」


……さっきまでの重い話は何だったのだろう。


お嬢様は、こういう人だ。国を作り直すと言った次の瞬間に、旅行の計画を始める。


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