~奇跡のシンクロ!ルナの音色と唯奈の笑顔~
馬車が賢者の都スーリアへと続く最後の長い坂道を登り切ると、そこには夕日に照らされた巨大な二重門がそびえ立っていた。 聡一は御者台から身を乗り出し、アイラの膝の上で鼻をヒクヒクさせている黒猫——精霊ルナの背中にそっと手を置く。
「ルナ、準備はいい? これから門をくぐる時の音、全部唯奈に届けてあげて。 」 聡一は脳内OSを操作し、自宅の『キッズ・パレット』とのリンクを最大まで引き上げた。 難聴の唯奈にとって、現実の耳で音を拾うのは難しい。 けれど、父・翔太が調整したこのVRシステムなら、音の信号を聴神経を通さず、脳の聴覚野へ直接流し込める。 馬車の車輪が、土の道から石畳へと乗り上げる「ガタゴトッ」という重厚な振動。 それと同時に、門の向こうから漏れ聞こえてくる市場のざわめき。 ルナが「にゃあぁぁん!」と高く澄んだ声で鳴くと、その音声データが魔法の粒子のように唯奈の脳へと吸い込まれていった。
「……あっ! にいたん! いま、猫ちゃんが鳴いた! すっごく近くで鳴いたよ! 」 通信ウィンドウの向こう側で、唯奈が自分の耳を不思議そうに触りながら、顔を輝かせる。 今まで、どんなに補聴器を調整しても届かなかった繊細な「音の輪郭」が、VRの中ではクリスタルのように透明に響いている。
「ガハハ! 唯奈ちゃん、聞こえるか!? 俺のこの拍手の音も届けてやるぜ! 」 アタルが虎獣人の逞しい掌を打ち鳴らす。 「パンッ!」という乾いた破裂音が、唯奈の脳に「元気」という信号となって弾けた。 「うん、きこえる! アタルくん、すっごく大きい音! わあ、面白い! 」 アイラもエルフの長い耳を揺らし、歌うような優しい声で語りかける。 「唯奈ちゃん、もうすぐスーリアの門をくぐるわよ。 そこにはね、たくさんの人が笑っていて、美味しい匂いと一緒に、活き活きとした音が溢れているの。 」 「(……そうだ、唯奈。 お前はもう、静かな世界に一人きりじゃない。 俺たちの冒険は、お前の耳にも、心にも、ちゃんと届いているんだ。 )」 聡一は込み上げる熱いものを抑え、力強く手綱を引いた。 馬車がゆっくりと巨大な門の中へ入っていくと、ドーム状の入り口で反響したあらゆる音が、洪水のように押し寄せた。 初めて聴く、世界の賑やかさ。 そのすべてが、唯奈の笑顔を咲かせるための最高のポーション(心の薬)になっていく。




