ログハウス防衛組2
「…………殺すッ!!」
一瞬、何を聞かされたのかわからない……そんな感情の抜けた表情をしていた小夜が、すぐにでもその“敵”を滅却してやろうと魔王の姿を現す。エアリスはその様子を『まあ当然か』と眺め、しかしゲートの生成を指振り一つで破壊する。
「待ちなさい」
「邪魔しないでお姉さま! 悠人しゃんの敵殺せないッ!!」
「小夜」
途端、エアリスから放たれたのは御影悠人と似た覇気と言えるモノ。ダンジョンを知らない一般人であれば強度によっては即死もあり得る。悠人がいなければ実体を持つ知的生物で最強で最凶だろう小夜のような存在であっても背筋が凍る思いをしてもおかしくない、エアリス謹製の威圧スキルというべきものだ。エッセンスに意思を載せ長い間隔と極短い間隔を織り交ぜた音波のように放出するそれは以前よりも御影悠人のものに似通っていた。
「ご、ごめんなさいお姉さま」
「わかればいいのです」
結局、小夜を創造したのは御影悠人とエアリスである。嫌っているならまだしも、それとは逆方向に振り切って懐いている小夜にとって、二人の気配や存在感は決して無視できるものではない。
小夜が纏っていた魔王としての姿はエッセンスの霧散と共に消え失せ元の可愛らしい女の子に戻っているが、その表情には納得の色がない。エアリスのように特別な繋がりがあったり、香織のように突き抜けた執着心と感知の才能があれば別だが、生憎と小夜にはそういったものがない。よって現状を把握などできるはずもない。至近距離で核爆発に巻き込まれて無事だとは思っていないため焦りと怒りがない混ぜになったその葛藤は、人間社会での学習の証でもあった。
普通は死ぬ。普通でなくても死ぬ。ダンジョン内には核兵器を無力化できる黒い粘体がいるためこれまで幾度かあった危機において実害はなかった。だが仮に核兵器がダンジョン内で使用された場合、御影悠人以上の超耐久力を誇る魔王である小夜とて無事では済まない。後遺症だって残るだろう、というのが地上の、日本で暮らす中で小夜が得た知識の一つだった。
「で、でも、悠人しゃんは……」
「……はぁ。だから感知を磨けというのです。貴女にも繋がりが——」
「そんなこと言ったって、抑えるので精一杯なのよ!」
これはまあ、そうだろうなとエアリスは考える。小夜は常に自らエッセンスを生み出している。それは無意識であり、意識して止められるものでもない。そしてそれを地上に撒き散らすわけにもいかないのだ。理由としては御影悠人が望んでいないと言うことが第一、そして第二の理由は“まだ早い”からだ。
少量とはいえ世界中のダンジョンからエッセンスは地上に漏れ出ているしダンジョン内から地上に戻った人間も微量ではあるがエッセンスを放出している。他にはモンスターを討伐なりして“消費”されない環境や、不測の事態等による瘴気爆発が起きればその入り口は崩壊しエッセンスの氾濫がおきる。そして中から強化されたモンスターが溢れ出しエッセンスの拡散は加速する。大陸の国で起きたドーム状の擬似ダンジョンがそれに当たり、いずれ世界中でも氾濫は起きるだろう。しかし現在のようにドーム状の擬似ダンジョンが形成されてしまうという事は、この世界はダンジョンを、異世界の理を受け入れ切れてはいない、つまり理の融合は途上、つまり“まだ早い”ということだ。
エッセンスの総量が増え続けるとどうなるか。ダンジョンの中で大きな火球を放っていても地上ではマッチ程度の火しか出せなかった探検者が軽々しく十全な能力の行使が可能になってしまう。そうなってしまえば世界は瞬く間に暴力に支配されてしまうのは火を見るより明らかだ。世界の混沌化を加速させ得るエッセンス濃度の上昇は好ましくなく、小夜には漏れ出ないように抑え込むことを言い付けていた。小夜もそれは理解しているし、だからこそ流出を抑え込むことに全力で、感知にキャパシティを割く余裕はないのだ。エアリスとしてはなにも100%を注ぎ込まなくともいいだろうと思っているが、小夜は優先順位1位に対し必死なのだ。
「ご主人様は、おそらく完治していますよ」
「そっか! ならよかっ……やっぱり怪我したのよ!? 元凶は消さないとまたあるかもしれないの!」
小夜の言うことはもっともだが、まだその時ではないとエアリスは考えている。
「小夜、今は放っておくのです」
「……お姉さま、その時は私に譲ってほしいのよ」
“今は”という部分に天啓を得たかのような顔を一瞬見せた小夜はすぐにそれを引っ込めて甘えるように言う。それだけ見れば可愛らしいおねだりだが、内容は可愛さのかけらすらないだろう事は明白だ。だがエアリスはその言葉に対し唇で弧を描く。
エアリスは以前、北の国上層部に対し警告をした。それを蔑ろにされ、それどころか悠人を殺されかけたのだ。メンツを潰され実害を被り、今もその手の者がログハウスで匿う人物を狙っている。
悠人の実家は周囲を警察が秘密裏に警護しているだけで問題ないようだが、いつ本気で人質を取るために動き出すかわからない。他の国々もそうだ。現にログハウスを監視し多少のちょっかいをかけてくる程度ではあるがエアリス基準で敵対行動は確認している。喫茶ゆーとぴあには自衛隊のダンジョン担当官が頻繁に出入りしている事に加え、中の様子をスタッフがライブ配信するという暴挙によって少なくとも見える範囲では平和だが、同じ手はログハウスでは通じないだろう。何故なら敵対者にとって優先度が桁違いな上、喫茶ゆーとぴあは食事処、宿泊施設でもある。つまり目標がおらず、無害で、何より“使える”から見逃されているのだ。そのどれにも該当しないログハウスは、通常考えれば死地である。
そもそもこの場所には20層から移動用の転移陣でしか来ることはできない。それを閉じてしまえばいいのだが、今回の相手にはそうしない事にした。理由として標的を変える可能性が高い事。金銭を目的に雇われたそのほとんどが目的を達成できずに報酬を得られないなら他で補填するつもりでいる。つまり20層における日本人の探検者が活動する地域と言える場所に犯罪者を放流するようなものだ。もう一つの理由は、まだ余裕があるからだ。正直なところいつでも行方不明者を量産することができるし、少し手間ではあるが送り込んだ者を直接叩くこともできる。しかしそうしないのは、悠人の判断待ちという点が大きい。だがどういった判断が下されようと、エアリスは何も報復しないなどという結果にするつもりはない。
「えぇ、いずれ機会はあるでしょう」
「楽しみなの」
小夜も応え、他に誰もいないダンジョンの上空において、一つの国の命運がほぼ決定された。
side ログハウス
「小夜ちゃん、ゲートの使い方が神懸かってたっすね」
「そうねぇ。きっと特訓がんばってるのねぇ。うふふ〜」
「二人もがんばらないと、悠人が遠くにいっちゃうわよ?」
「そういう悠里さんはどうなんすか?」
「そうよそうよ〜」
「私にはほら、これがあるから」
ダンジョン内での生活において、悠人は生活する場を提供した。同居人として香織、悠里、杏奈、さくらはそれぞれが貯金にコネ、知識といったものを提供し環境を整えた。しかし悠人に対しそれで足りているかを疑問に思ったりする女性陣、その中でも最も付き合いが長く義理堅い悠里は絶対に足りてないと思っていた。それ故に若干暴走気味で限界ギリギリなサービス的なサムシングが起こりそうになったこともあったが、他の面々よりも長けている分野があることに気付く。それが魔法だ。幼い頃に憧れた魔法少女。
チチンプイプイ〜……プイキュア!
ごく普通の女の子が魔法少女に変身して悪い奴らをやっつける。そんなありふれたアニメ作品だった。エアリスの能力鑑定の結果は“魔法少女”。30も近くなったこの歳で少女はきついわーと思いつつ湧き上がる熱は留まるところを知らず、魔法の訓練は人知れず続けられた。そして能力は進化した。再鑑定の際にエアリスによって名付けられた能力名は“魔女”。非常に満足しているが、このまま能力を鍛えた先が老魔女とかだったらちょっとまだ早いかなと思っていたりする。
そんな悠里が得意としているのは氷結系だが、これは菓子作りの知見や感覚、欲求からきていると推測し、そこで悠里は気付く。ダンジョンができる以前、雑貨屋を経営していた時に地味に、しかし時間に労力に金銭面を確実に削ってきた毎日恒例の仕事……ゴミ処理である。それはダンジョン内のログハウスで共同生活を始めてからも変わらない。ゴミの処理が一瞬で済むイメージをする毎日。魔法の練習をしていても頭を過ぎるゴミ処理の悩み。火の魔法が使えたら一瞬で灰に、なんてこともできたかなと。
そんなある日、望みは叶えられた。いや、掴み取ったというべきかもしれない。何故ならダンジョンにおいて渇望は能力という枠を形作る重要なファクターとなっているからだ。望まなければ得られないが軽い望みでは何も応えない。テレビで新たなブラックホールが発見されたという特集を見た悠里はビビッときた。これだと思った。なんでも吸い込んで無に帰すのが最高にエコでスマートなのでは、と。“虚無”が発現したということはつまり、ゴミ処理方法への渇望がダンジョンという世界を動かしたからに他ならない。
これにより悠里はいろいろな面での“処理能力”が高くなり、心に燻っていたネガティブな感情をポジティブなものへと変えることができた。
「うわっ! それ怖いんでジャグリングしないでもらえないっすか!?」
悠里は指先に発生させた【虚無】を器用にお手玉して見せているが、小さなブラックホールのような危険極まりないものを弄ぶ様子は、その危険性を理解している者ほどドン引きする所業である。が、それをやってしまえるのは一重に努力の賜物だろう。毎日のゴミ処理は楽しくて仕方なくなり、同時に望む対象にだけ……普段は“ゴミにしか影響させない”という訓練になっている。今となっては悠里のお気持ち次第ではあるが非常に安全な危険物である。
「それに二人は悠人の第二、第三夫人目指すんでしょ? 置いてかれたらそれどころじゃないでしょ」
日本において現行法上第二夫人は認められないが、こんな世の中になったのだからいずれ法改正はあるだろうと見ている二人である。なかったとしても悠人が画策し魔王である小夜が地上の国々に領有を認めさせたダンジョン内で一夫多妻する気満々なので問題ないと考えているが、それを当の本人である悠人は知らない。例え『ダンジョン内は無法よ』などと言ったところで、悠人はそれを受け入れるだろうか。実は香織もそのつもりでいることに気付いているだろうか。定期的にメンバーが続けている動画配信において、少々濃いめの匂わせをして外堀を埋めようとしている二人に気付いているだろうか。自分の知らないところで“ハーレム野郎”と呼ばれている事実を知った時、御影悠人は耐えられるだろうか。
……話を戻そう。
「ぐぬぬ……そういう悠里さんは……」
「私にはカイト君がいるから」
「そっすよねぇ」
「そうよねぇ」
杏奈とさくらができる事がないわけではない。悠里の作り出す魔法“虚無”が一線を画すだけである。
杏奈は生来の運動神経と格闘ゲームによって鍛えられた思考の瞬発力があり、それらを実際の格闘戦で発揮する。以前は空気を叩きつけることで対象にその空気をぶつけていた【エアガイツ】だが、最近ではエッセンスに攻撃性を持たせ“圧力”として放出できるようにもなっている。これにより上空からだけでなく、どこからでも遠距離攻撃が可能になった。
さくらは電磁砲を個人携帯用として創り出すことに成功している。数発程度で撃てなくなるがそれはまた創り直すだけだ。課題としては創り出す際の消費エッセンスが莫大だということ。さくらはログハウスメンバーの中で、保有しておけるエッセンスの量が最も少なく、且つ一度の消費が最も多いため持久力は高くない。部品の材料となる金属を素材に使ったりモンスターからドロップする黒い石、“星石”をエネルギー源にはできるが、星石を使って自身の強化や、悠人とエアリスが創り出した道具のエネルギーにも使えることを知っているため無駄遣いはできない。この知識はまだ地上に出してはいないが、いずれ辿り着くのが人類だろう。そうなった時、今は買い叩かれている星石が暴騰する可能性もあり、なおさら無駄遣いはできない。
「最近、ドロップする星石が小さくなってる気がするのよねぇ。だからあまり無駄遣いしなくても良い方法を見つけないといけないわ」
「アタシは今度おにーさんと手合わせしてもらうっす! 勝てば問題ないっす!」
そんな三人の様子を、第一夫人が確定している香織は楽しげに眺めていた。『あっ、エアリスが悠人さんの真似してる』などと思いながら。
「と、ところであのぉ……そろそろ全体会議始めませんか?」
匿われているはずの田村さんがログハウスメンバーたちに声をかける。ここにいる間にいくらか環境に慣れ、下部組織となった他のパーティともそれなりに打ち解けている。彼女が守られるだけでいることを望まなくなり、自分にも何かできることをと始めたのが秘書や進行役といった事務方だ。迷宮統括委員会では黙々と資料作成をし、それを使った会議は流れがスムーズになると直属の上司から評価が高かったりしたのだが、ここでも生きている。
しかし何故“役に立ちたい”などと思うようになったか。それは喫茶・ゆーとぴあの食事が気に入ったから。それにモンスター化したペットのゴンさんは基本的に虫を食べるが、ダンジョン内で小さな虫は今のところ未発見。にも関わらず、外に出してあげると1匹で森に向かい、腹を膨らませて帰ってくるのだ。それがここ数日出来ていないのは、ログハウスに攻撃を仕掛けてくる輩のせいである。喫茶・ゆーとぴあも開店はしているもののほとんど狩に行けていない。ダンジョン内にいるのにダンジョン産食材の不足という状況で毎日お客様待遇で好きなものを自分だけ満足に食べる事に引け目を感じる田村さん本人の不満や不安も募っているというわけだ。
「で、でわぁ〜……僭越ながら私、た、田村が司会進行を務めさせていただきましゅっ」




