捻じれている
少女の死体が、落ちている。
メインバイパーの尾による一撃で、上半身を吹き飛ばされた少女の死体だ。
上半身は肩から下がぐちゃぐちゃになっており、辛うじて残っている右腕には、拳銃が握られていた。
その死体を見下ろしながら、コハクは溜息を吐いた。
「また、助けられなかったのね」
何処からか、声が聞こえる。
コハクには聞き覚えのある、少女の声だ。
コハクが声のする方へ振り向く。
するとそこには、また少女の死体があった。
オレンジ色に熱された剣で、地面に釘付けにされた少女がいた。
死体が、ゆっくりと顔を上げる。
それは、コハクの良く知っている少女だ。
「雪妃、さん・・・」
「・・・コハク」
雪妃が助けを求める様に、コハクへ手を伸ばす。
そしてコハクがその手を握った瞬間。
「コハク。貴方の力じゃ、何も救えない―――」
突然、周囲が暗くなる。
上から、銀色の牙が並んだ大顎が、襲いかかる。
それは一瞬で、雪妃の身体を呑み込んだ。
「ッ・・・!」
雪妃の片腕だけが、コハクの前に残っていた。
***
「・・・ぅ」
意味が分からない夢。
そう思いながら、コハクは目を覚ました。
「ん?」
するとコハクは、右手に何か違和感を感じた。
何かを握っている。
柔らかい感触から、恐らく人の手だろうとコハクは察した。
思わず、さっきまで見ていた夢を思い出してしまう。
ぼうっとする意識のまま、コハクは身体を起こし、そして、握っている手の先を辿る。
「起きましたか?」
すると、そこにはフローラがいた。
「・・・ふ、フローラさん? なんで? なんでここにいるんだ?」
コハクはあくまでも冷静に話すが、突然の事に驚いた為、少し言葉に詰まる。
「えっと、ですね。
明日、皆さんに会えると思うと、なんだか嬉しい様な、緊張する様な、とにかく落ち着かなくてですね?」
フローラは、まるで遠足を楽しみにする小学生みたいに笑った。
「それで、そろそろコハクさんが任務から戻ってると思って、部屋に来たんですけど。
ドアの鍵も閉めないで寝ていたので、心配になって」
「あぁ、そうか。僕は、あのまま・・・」
コハクは、任務を終えて基地に報告した後、
部屋に着いてすぐ、気絶した様に眠ってしまったのだ。
「ごめん。今何時?」
コハクは腕を伸ばしてストレッチしながら、フローラに尋ねる。
「今は夜の8時過ぎですよ。
・・・あの、コハクさん、大丈夫ですか? 頬にひどい痣が付いてますが・・・魔物にやられたのですか?」
「えっ? あぁ、これは・・・」
フローラに言われて、コハクは自分の頬を確認すると、その部分はズキズキと痛んでいた。
「魔物じゃない。・・・カギツキ隊長に殴られたやつだ」
「えっ? だ、大丈夫ですか?」
フローラは一瞬、驚いた顔をしたが、直ぐに意味を理解した様子であった。
カギツキが嗜虐的である事は、フローラも知っているからだ。
「あぁ、このくらい大したことない。もう"慣れてる"からな」
「慣れてるって、そんな・・・」
「大丈夫。あの人、僕を殺しはしないよ。どんだけキレでも絶対に手加減するんだよ」
カギツキは、異界人であるコハクが"英雄の力"を持っている事を未だに気に入っていない様だが、
だからと言って簡単に手放したくはないらしい。
単に、コハクが英雄の力である魔創を持っているからなのか、その真意までは分からないが。
「それに、僕も前より身体が強くなったみたいでね。多分、本気で殴られても死なないよ」
「・・・ですけど。だからって無茶するのは、やめてくださいよ?」
「あぁ、わかってる」
フローラは見た目よりもずっと強い子であると、コハクはそう思っていた。
反乱が起きて、式莉が、雪妃が、カノールが、店のみんなが殺されたが。
しかしフローラは、前と変わらずにみんなと接し、そしていつも通り戦っている。
それは、心を捻じ曲げないと剣を握る事が出来なかったコハクには、とても強く見えた。
けれど本当は、彼女は何より仲間の死を恐れているのだ。
だからフローラは、明日センリ達に会う事が嬉しいのに、どこか不安に感じている。
皆で集まったカノールの店は、もう無いのだから。
いつも一緒にいたみんなが、もう揃うことはないから。
「ねぇ、フローラさん」
「はい? どうしました?」
フローラの顔はさっきよりも少し、悲しそうに見えた。
「折角、センリさんと会うのに、デートとかしないの?」
「なっ!? なんですかいきなり!?」
コハクの不意打ちを受けて、フローラはおもわず声を上げた。
「コハクさん! なんでこのタイミングでそんなこと聞くんですか!?」
フローラの頬が赤く染まる。
「いや、明日久しぶりにセンリさんに会うみたいだからさ、どう思ってるのか気になって」
照れているフローラを見て、コハクはなんだか可笑しくなり、くすくすと笑う。
「い、嫌です。答えません」
「そっか。でもその反応が見れて良かった」
「からかったんですか!? まったくもう」
フローラは、むっと赤くなった頬を膨らませる。
「じゃあ、今度は私が質問します。
コハクさんは、この世界に来る前に好きな人とかいなかったんですか?」
今度は、フローラがコハクに問いかける。
「元の世界かぁ。いたよ、好きな人。
派手じゃないんだけど、学校中でも可愛いと噂されてて人気がある、まるでアニメのヒロインみたいな子」
「へぇー! 告白とかしなかったのですか?」
フローラが興味津々で話に食い付く。
「あぁー、してないよ。
ほら、僕って大人しくて目立たないし、自分じゃ無理かなっていうのもあったんだけど。
僕みたいな奴は、恋愛なんて出来ない雰囲気だったからさ」
「恋愛が出来ない雰囲気、ですか?」
「うん、恋愛が出来ないというより、目立つ事が出来ないって感じ。。
僕みたいな奴が目立つことをするとさ、責められたり馬鹿にされたりしてクラスに居づらくなるから、恋愛なんて出来る雰囲気じゃなかったんだよ」
「そう・・・なのですか?」
「まぁね、元の世界はそんなもん。
だから、この世界に来たとき、ちょっと嬉しかったんだよね。
見たこともない物ばかりで、少し怖かったけど・・・もしかしたら何か変わるかもって」
コハクはひとつ息を吐いて気持ちを落ち着かせて、また口を開いた。
「でも、やっぱり物語の主人公みたいに上手くはいかないもんだったわ」
「・・・そんな事ないです。コハクさんはまだ、これからですよ。
それに、コハクさんには魔創の力があるんですから。
きっと数年後には、どんな物語の主人公もびっくりするくらい、強い強い英雄になってますよ」
「ふふ。ありがとう、フローラさん」
今の自分に、そんな資格はあるだろうか。
コハクはついそんな考えをしてしまうが、フローラの顔を見ると、そんなことはどうでも良く感じた。
「そうだな。そうなれるように頑張るよ」




