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テンプレと帰路



 日は暮れて、辺りはすっかり暗くなった頃。


 4足歩行の使い魔と、それの引く馬車が停留所に停まり、その降車ドアが開く。

 


「つ、着きましたね」


「・・・そうね」


 コハクと雪妃の二人はぎこちない距離感のまま、並んで降車した。



(・・・って、なんでこんな事になってるの!?)


 今、コハクは雪妃と一緒に帰宅しているのである。


 きっかけを作ったのはフローラだ。


 雪妃の仕事の終わる時間を聞きだしたフローラは、何を思ったか「それじゃあ、コハクさんの警備が終わる時間と大体同じですね?」と言うと、「最近は殺人が起きたりしてますしー」等々と、それらしい理由が後付けされていき、その流れに任せるまま、コハクと雪妃は一緒に帰宅する事になったのである。

 

 二人は気まずそうにしながら、カノールの店へ向かい歩き始めた。



「あ、あのさ、雪妃さん?」  

 

 何か話をした方が良いかと、コハクが口を開く。


「雪妃さんってさ、あのお店にはどのくらいの頻度で出勤してるの?」


「週に4回くらいかな。本当は毎日出て来て欲しいみたいなんだけど、そうなったら毎日馬車で通勤でしょ? しょうがないって事で妥協してもらってるの」


「へぇ、週に4回かぁ・・・。馬車の移動ってただ座ってるだけなのに、なんか疲れるよね」


「わかる。疲れるわよね。なんでなんだろ?」


「うーん、近くに人が座っていると、それだけで緊張して疲れるみたいな・・・?」


「・・・ふふ。なにそれ面白い。コハクって異性に慣れてないだけかと思ったけど、人付き合いが苦手なんだ?」


「う、うん。まぁそんな感じ。コミュ障なのさ・・・」


「コミュ障?」


 その単語の意味がわからなかったのか、雪妃が首を傾げる。

  

  

「あっ、ごめん。コミュ障っていうのは、元の世界のスラング的な言葉で・・・。雪妃さんは名前が日本人だから、てっきり同じ世界から来たのかと思ってた」 


「えっと・・・多分、私とコハクは同じ世界から来てると思う」


 ただ、と雪妃は話を続ける。


「私、小さい時にこの世界に転移しちゃったの。だから、元の世界の事はあんまり知らなくて」 


「・・・小さい時?」 


「そうね。小学校の頃かな?」  

  

「えっ、そんな小さい時に!?」


 小学生までも異世界に飛ばされてしまう事があるのかと、コハクは思わず驚いた。

 

 それと同時に、もしも自分がそうなっていたらと思うと、想像しただけで寒気を感じた。



「しかも私、異界人のくせに魔法も使えないし。ホントに今考えたら良く生きて来れたって感じよね」


 雪妃は自虐するように笑った。


「そっか、雪妃さんは魔法が使えないんだっけ」


「そう。魔法は使えないし、まだ子供って事で、兵士にはなれなかったの。だから、こうして働いているってわけ」


「そうなんだ・・・」

 

 そんな話をしながら、二人は大きな橋を渡る。



「・・・そういえば、この川って」  


 コハクは、前にフローラと話をした事を思い出した。

   

「この川で獲れるエビ、カノールさんの店で使ってるってフローラさんが言ってたっけ・・・」


 他にもフローラは、この川から見える夕日はロマンチックで綺麗だと言っていたが、既に夕日は沈んでしまっている。

 

 残念といえば残念だが、それを狙ってこの橋を通ったと雪妃に勘違いされるのもまた気恥ずかしいので、ちょっと安心してしまうコハクであった。


「そうそう。ここのエビは下処理が難しいんだけど、カノールは料理が上手いから美味しく調理してくれるのよね」


 

 ふと、雪妃は足を止める。  


「それと、ここは景色もキレイなのよ」

  

 言いながら、雪妃は橋の手すりに近付いて、街の方を眺める。


「あっ・・・うん、そうなんだ?」


 恥ずかしくて避けた話題を持ち出されて、コハクは少しどきりとした。


  

「本当は夕日が沈む頃が一番キレイなんだけど、ここから見える夜の街も、結構キレイだと思わない?」 


「あ・・・本当だ」


 この国には電気がない。

 その代わり電灯替わりの魔術器が使われているのだ。


 その光は、コハクが見慣れた電灯の光よりも鮮やかで、神秘的に感じられる。


 その魔法の光が灯る街の景色は、間違いなく元の世界では見れないだろう、美しい景色であった。

  


「・・・もしかしてコハク、狙ってここ通ったの?」

  

「ね、狙ってない! 偶然だよ偶然!」


「・・・フローラさんに何か吹き込まれたんでしょ?」


「違う違う! 僕にそんなロマンチックな事する度胸ないです!」


 なんでこんな情けない言い訳してるんだ僕は・・・と悲しくなるコハクであった。


「ふふ。もしかして、それもコミュ障ってやつなの?」

  

「あー・・・広い意味では、そうかもしれない」


「そうなんだ。あ、ちょっといい?」  

   

 雪妃は鞄を開き、ごそごそと中を探る。  


 何だろうかとコハクが不思議そうに眺めていると、雪妃は鞄から手のひらに収まる程の箱を取り出す。


 その箱には、コハクにも見覚えがあった。



「それって、もしかしてカメラ?」


 厳密には、それはカメラではなく魔術器なのだが、その機能は全くもってカメラと同じである。

 故に、異界人達はそれをカメラと呼んでいた。


「そうよ。記念に撮っておこうと思って」


 雪妃は腕を伸ばし、カメラを自分の方へと向ける。 



「確かに、この街の景色は写真に残したいくらい綺麗かも」 


「・・・何言ってるの。コハクも一緒に撮るのよ」 


「え?」


 つまり、どういう事だ? と首を傾げるコハク。



「街の景色なんていつでも撮れるでしょ? わざわざ今、街だけ撮ったりしないわよ」


「確かにそうだけど・・・!?」


「ほら、こっち来て」


 雪妃の白い手がコハクの肩に触れる。



「・・・っ!」


 そして雪妃に誘導されるまま、コハクは彼女の横に並んだ。 


「それじゃあ、何枚か撮るわよ」


 雪妃は慣れた様子で、腕を伸ばしてカメラのシャッターを切る。 

   

 コハクが緊張して固まってる中、数回程フラッシュ替わりに魔法の光が瞬いた。

  


「・・・こんなもんかな? 上手く撮れてると良いけど」


 魔術器のカメラは、現代のデジタルカメラやスマートフォンと違い、その場で撮れた写真を確認する機能はない。


 

「あ、それなら・・・」


 だがそれは、あくまでも魔術器にその機能が無いだけである。



 大きな括りで言えば、魔術器は使い魔を発展させた物だ。


 例えば、馬車を引く4足歩行の使い魔なんかは、使い魔と言うよりも魔術器の方が近いと言える。


  

「僕、カメラで撮った写真をその場で確認したり出来ますよ? 使い魔の扱いとか結構得意なんで」


 つまり使い魔の扱いに慣れているコハクは、魔術器の扱いにも慣れているのだ。



「え、ホント? それって私にも見せてもらえる?」


「うん、多分、出来るよ。ちょっと貸してください」


 雪妃からカメラを受け取ったコハクは、それを片手でしっかりと持ち、そしてもう片方の手で一体の使い魔を生成する。


 コハクによって作られた使い魔は、白紙の画用紙の様に広がって形作る。



「わ、凄い。流石は魔術師ね・・・」

 

 コハクの手のひらで形作られていく使い魔の様子を、雪妃は興味津々な目で眺める。


「こうして、この使い魔を画面の代わりに、今撮った写真を写してあげれば・・・」


 コハクがカメラを持つ手に神経を集中させる。


 すると、白紙だった使い魔の画面に、段々と絵の様なものが映る。



「ち、ちょっと待って。これってもしかして・・・!」


 段々と鮮明に映っていく画面を見て、雪妃があたふたし始めた。


 

「・・・へ?」


 何故なら、その画面に映された写真には。 

  

 自分で自分の下着姿を撮影する、雪妃の姿が映っていたからだ。



「あぁっ!? それはダメっ!!!」

  

 慌ててコハクからカメラを奪い取る雪妃。


「ご、ご、ご、ごめんなさい雪妃さん!? でも大丈夫、まだはっきり見えてなかったし・・・!」


 実際は、ほんの数秒だが無地の白い下着を着ている雪妃の姿が、はっきりと見えてしまっていたのだが、本人には伝えないでおこうと心に決めたコハクであった。


「・・・本当に見えなかった?」


「うん、本当だから!」


「・・・そう。じゃあ、良いけど」


 雪妃は唇を噛みながら何か悔しそうな顔を浮かべて、カメラを鞄に仕舞い込んだ。

 

 何故、雪妃さんは自分の下着姿をカメラに・・・? と、コハクはその疑問に対してとても興味があったが、間違えてもそんな事は聞けないだろう。



「・・・それじゃ、早く帰ろっか」  

 

「・・・うん、そうだね」   

 

 そうして二人は、また気まずそうに並んで歩き出した。 


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