崇める者
「はぁ、はぁ、はぁ」
薄暗い裏路地を、鞄を抱えた一人の少女が駆け抜ける。
その後を、男性の兵士が追う。
走る速度は目に見えて差があり、少女が兵士に追い付かれるのは時間の問題だ。
「はぁ、はぁ・・・あっ!?」
追って来る兵士を確認しようと、少女が振り向いた瞬間、足元の段差を見落としてしまい、躓いて転倒してしまった。
抱えていた鞄が少女に押し潰され、中に入っていたのであろう果物の液体が飛び散る。
「手間かけさせるな、盗人のガキが」
転倒した少女へ、手錠を握った兵士兵が近付く。
「うっ、ぐっぅ・・・!!!」
痛む身体を動かして少女は起き上がるが、最早逃げ切れる状況ではない。
「ほら、大人しく両手を出せ」
兵士がそう言った瞬間、少女の手のひらから強い光が放たれ、周囲は白一色に包まれた。
それは攻撃魔法ではなく、単なる目くらましの魔法だ。
だが隙を作るには十分な程に強力な光である。
少女は兵士が怯んだ一瞬の隙に立ち上がった。
しかし。
「うぐぁっ!?!?」
その瞬間、少女の背中を兵士が蹴り飛ばす。
少女の小さな体が突き飛ばされ、再び地面に転がる。
「悪いが、女子供相手だろうと油断する気はないんで」
兵士の身体を、薄い膜の様な結界が覆っていた。
兵士は一瞬で結界を展開し、魔法の光を冴えぎったのだ。
「ぐぅ、はぁ、はぁ、嫌だ、捕まりたくない。もうあんな生活は・・・!」
少女は呟きながら、震える手で懐から小刀を抜く。
「おぉ、怖。それで俺を殺すつもりか? 今ならまだ、ただの盗人としての罪で済むが、もし人を殺したら、どうなるだろうな?」
兵士が腰に掛けた杖を抜くと、杖の先端は熱された鉄の様に、オレンジ色へと染まる。
杖の先端からは、僅かに煙が漏れ出している。
「大人しくしてろよ、犯罪者が」
そして、片手で杖を構えた兵士が、倒れた少女へ近付く。
「ーーーっ!」
やられる。そう感じた少女は思わず目を背ける。
頭では最後まで抵抗しようとしているのに、身体は命令を聞かない。
この現実を見たくないと、目を閉じて蹲る事しか出来ない。
「た、助けて・・・!」
少女は、祈る様にそう呟く。
「だれか・・・誰か・・・助けて!」
何度も。
「だれかぁ・・・!!!」
何度も。
「・・・あれ?」
それは、ほんの数秒間の事。
少女にとっては永遠とも思える時間だったが、しかしいつまで経っても、杖が振り下ろされる事も、熱した先端を突き立てられる事も無かった。
疑問に感じた少女が、恐る恐る顔を上げると、そこには。
「・・・え?」
少女は、自分の目を疑った。
「どういう、事?」
少女の目に映るのは、血で染まった地面と、兵士だったものが地面に転がっている光景だった。
そして、その真横にはローブ姿の青年の姿がある。
ローブから覗く彼の腕は、到底人の物とは思えない、異形の姿をしている。
「熱した鉄杖で子供を脅すなんて、酷い奴もいたものだ」
青年は、鋭い眼でうずくまっている少女を視る。
「あ、あの。貴方は誰ですか?」
少女が恐る恐る問いかけるが、しかし青年が返事を返す事はない。
青年は少女を気に掛ける事なく、兵士の死体を掴み上げると、裏路地の奥へと去っていく。
「ま、待ってください! 貴方は・・・」
そんな恐ろしい殺人鬼である青年を、少女は呼び止めて、そして問いかける。
「貴方は、救世主様ですか?」




