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終話 遠い未来

 人類は二度目の危機に瀕していた。

 一度目は遠い昔、自然を酷く破壊してしまったために。

 その時は『箱舟』計画で危機を脱したと言うが、では今度は?



 少女は長い通路を迷うことなく走り抜けながら、何度目か分からない問いを胸に浮かべていた。

 この方法ははたして、正しいのだろうか? これで本当に、人類は助かるのだろうか? ――と。


 そしてすぐに思い直すのだ。

 どうせ他に方法が思いつかないんだし、ダメでもともと。やってみる価値はある! と。


 肩から斜めにかけた鞄の中には、人の心臓ほどの大きさをした金属パーツが入っている。

 やっと見つけた、唯一の鍵。

 その重さを噛みしめながら、少女は一人、深い深い地下へ潜っていく。

 通路はだんだんと古びて行く。メンテナンスが行き届いていないと一目で分かるほどあちこちにシミが浮き、あろうことか水漏れまで起こしている。まさに忘れ去られたエリアであった。

 水たまりを蹴立て、服の裾が濡れるのも構わず彼女は走る。


 いまのこの災厄の原因の一端は、彼女の遠い祖先にある。

 なにも子孫だから、業を背負わねばならないと言うことはない。

 しかし――

 古びた物置部屋から、統轄者だった初代の手記と、鞄の中の『ソレ』を見つけた時、少女は思ったのだ。

 これで『彼女』の暴走を食い止められるのではないかと。

 そう思えば、すぐに腹は決まった。

 狂っていくこの世界をただ見ているのは嫌だった。嫌だったから、少女は自ら行動を起こしただけだ。



 走って走って、彼女はとうとう、最深部に行き着いた。行き止まりには一つの扉。古いそれはもちろん自動で開くような代物ではない。固くなったドアノブをどうにか回し、経年ゆえか開きにくくなっているドアを渾身の力で開いた。

 真っ暗な部屋。

 彼女は鞄から小さなライトを取り出した。

 殺風景な部屋。真ん中に銀色の四角い箱が置かれている。大きさはちょうど人ひとりが入るくらいの大きさで、柩によく似ていた。

 少女は緊張と恐怖の表情を顔に浮かべながら、音を立てないように慎重に上蓋をずらし始めた。


「彼が……」


 中を覗き込んだ少女は、小さく呟いて息を飲んだ。
















 ……ト……フォート……おき……て……フォート……


 遠くで誰かが僕の名前を呼んでいる。


 ――誰? なぜ僕の名前を知っているの?


 胸のあたりがじわじわと熱を持ち、それがゆっくりと末端へと広がっていく。


 ――僕の役目はもう終わったんだ、起こさないで。頼むから。


 なのに、僕の願いとは裏腹に、体が再起動を始めていた。

 徐々に思考回路がクリアになっていく。

 

「フォート! ねぇ、あなたがフォートでしょ? 起きて! お願いだから起きて!!」


 切羽詰まった見知らぬ声に、僕はゆっくりと瞼を開けた。

 久々に目を開けたせいか、焦点を合わせるまでに少しだけ時間がかかった。

 はっきり像を結んだ視界の中で、見知らぬ少女がこちらを見下ろしている。

 その切羽詰まった様子に僕は少し驚いた。

 僕が機能停止してからどのぐらいの時間が経っているのだろう?

 人類には幸せな未来が待っているんじゃなかったのか? 

 その幸せな時代に、この少女はどうしてこんな悲壮感を漂わせて僕を呼んでいるんだ?

 どうして、僕を起こしたんだ?

 疑問ばかりが脳裏に浮かぶ。


「君は……だれ?」

「私はアリア。ねぇ、あなたがフォートでしょ? フォート・N・ウォール」

「うん。そうだけど……。僕を目覚めさせたのは君なの、アリア?」


 いまがいつか知らないけど、僕はとうの昔に役目を終えて単なる廃棄物になったはずだ。

 それに統轄者・セシルはどうした?

 彼女は僕に永遠の眠りを約束してくれたはずじゃないか。こんなのは約束違反だ。


「何が、どうなってるの? 僕はどうして……?」

「助けて、フォート。お願い。マザー・カレンを止めて。彼女を止められるのはあなたしかいないの」

「マザー・カレン? それは……誰?」


 カレン。博士と同じ名前。そこに引っ掛かりを覚えた。


「この世界を管理しているシステム。あなたの主人、カレン・C・バーロウの記憶と知識をベースに作られたわ。彼女が暴走を始めたの」


 博士が……

 博士が生きていた……


「マザーは狂ってしまったわ。だからきっと、今の彼女はあなたの知るカレンではないと思うの。それでもきっと……」

「そう」


 それでもいい。僕の知る彼女じゃなくても良い。狂っていてもいい。もう一度会える。

 なら……


「博士に会いたい。彼女は、どこ?」


 僕はゆっくり立ち上がった。関節という関節が嫌な音を立てて軋む。そんなことどうでも良かった。早く彼女に会いたい。あってもう一度声を聴きたい。話をしたい。


「待ってフォート。その姿じゃ彼女のところまでたどり着けないわ。まず体のメンテナンスをして、いまの世界の状況を知って、それから、ね?」


 制止する少女に苛立ちを覚えた次の瞬間、彼女の言うことはもっともだと思いなおして足を止めた。


「ああ、確かにそうだね。この姿では……」


 自分の手のひらを見て、僕は苦笑いを浮かべた。

 ちょっと動かしただけなのに、劣化した人工皮膚がぽろぽろと粉になって床に落ちた。これでは少し歩いただけで全身の皮膚が粉になってしまうだろう。


「新しい人工皮膚もパーツも用意してあるから、とりあえず私の家に来て。ねっ?」


 アリアと名乗った少女は明るい顔で僕の目を覗き込んできた。

 少し赤みを帯びた琥珀の目は博士にも、セシルにもよく似ていた。その目がじっと僕を見つめる。


「行こう、フォート」


 少女は僕に向かって、手を差し出した。


「僕は君たちを助けるつもりはないよ。ただ、博士に会いたいだけだ」

「うん」

「彼女に会った時、僕は君たちにとって最悪の選択をするかもしれないよ」

「その時はその時。仕方ないよ。それに、あなたを再起動させる以外に良い方法見つからなかったしね」


 仕方ない、仕方ない、と軽い調子で頷く彼女。僕は呆れ半分、愉快な気持ち半分で笑った。なんて面白い子なんだろう。


「でも、もし……」

「もー御託は良いから! フォートを目覚めさせたこと私は絶対後悔しないから、それ以上何を言ったって無駄だよ!! 分かった? さぁ、私と一緒に来るの? 来ないの? さっさと選んで!」


 外見に似合わず短気らしい。

 僕はそんなアリアを好ましいと思いはじめていた。この心境の変化は自分でも驚きだった。



 僕に向かって差し出されたままの手。

 僕は黙ってその手を取った。


 アリアの手は、僕の甘美な思い出を粉々に砕く。

 そう分かってても、取らずにはいられなかった。


 どんな結末が待っていようと、僕はもう一度博士に会いたい――――

 







 

 

「タイトルで書いたったー」という診断メーカーの診断結果をもとに執筆。

診断結果→『君だけが知らない』というタイトルで『救いのない』話を書く


2015/10/1 改題

『君だけが知らない』→『ラスト・スリープ』

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