第1話 二人の従姉妹が、俺との結婚を宣言した
三年ぶりに会った従姉妹が、二人とも俺の記憶を裏切る美少女になっていた。
「悠真!」
親戚の結婚式。披露宴会場の入口で声をかけられ、振り向いた俺は返事を忘れた。
肩までの茶色い髪に淡いピンクのワンピース。手を振っているのは一つ年上の朝倉夏帆だ。その隣で、黒髪を耳にかけて小さく笑う水色のワンピース姿が、妹の千紗。俺より一つ年下である。
子供の頃は親戚が集まるたびに遊んでいたのに、三年間でずいぶん変わるものだ。
「なに、その顔。もしかして見とれた?」
「……まあ、見とれた。夏帆、すげえ綺麗になったな」
「えっ」
夏帆は俺の肩を叩こうと伸ばした手を止めた。頬がみるみる赤くなる。
「そ、そういうの、さらっと言わないでよ!」
「自分から聞いたんだろ」
「そうだけど! もっとこう、からかう隙を残してよ!」
昔は俺を木登り勝負に引っ張り出していた夏帆が、目の前で口ごもっている。その意外さがおかしくて笑うと、今度は腕を絡められた。
「笑った罰。今日は私の隣ね」
「決めるの早いな!」
「お姉ちゃん。久しぶりなんだから、悠真にも選ばせてあげなよ」
千紗が助け舟を出した。昔は姉の後ろで勝負のルールを細かく決めていた妹も、今はすっかり落ち着いて見える。
俺が礼を言いかけると、千紗は胸元を指した。
「ネクタイ、曲がってる。直してもいい?」
「ああ、頼む。朝から苦戦しててさ」
千紗の指が結び目を整える。すぐ近くからほのかな香りがした。目を上げると、思ったより近いところに千紗の顔がある。
彼女も俺を見上げたまま、一瞬だけ指を止めた。
「……悠真、背、伸びたね」
「千紗も。昔は俺の肩くらいだったのに」
「いつの話してるの」
結び目をきゅっと締めた千紗が、照れ隠しのように俺の胸を軽く押す。それを見た夏帆が、絡めた腕に力を入れた。
「ちょっと、千紗。私の隣、横取りしないでよ?」
「悠真の隣は、お姉ちゃんの指定席じゃないでしょ」
両側から見上げられ、返す言葉が見つからない。昔なら「また始まった」で済んだのに、今は二人とも近すぎた。
◇
披露宴で俺たち三人は同じテーブルに座った。新郎新婦が入場すると夏帆は大きく拍手し、千紗は花嫁のドレスを目で追っていた。
「綺麗だねえ。私もあんなの着たいな」
夏帆がグラスを置いて、ふいに俺を見る。
「ねえ、悠真。覚えてる? 昔、私と千紗がどっちのお嫁さんになるか勝負したの」
記憶の奥から、庭先で両腕を引っ張られた光景が浮かんだ。どちらかを選べと言われ、俺が走って逃げたあの日。二人とも追いかけてきて、最後は誰が一番速いかの勝負に変わった。
「あったな。結局どうなったんだっけ」
「悠真が逃げたから、決着ついてない!」
「お姉ちゃんが勝手に決めたルールだったけどね」
千紗は平然と言いながら、花嫁に向けていた視線を俺へ戻した。
「でも、勝負が終わってないのは本当」
「……お前も覚えてたのか」
「忘れてないよ」
言い切ったあと、千紗はグラスの縁を指でなぞった。隣では夏帆が勢いよく身を乗り出す。
「じゃ、再開しよう! 最後に悠真と結婚したほうが勝ち!」
「いや待て。俺の人生を勝手に競技にするな」
「分かってるって。悠真に私を選んでもらう勝負だよ」
「私は、お姉ちゃんに負ける気ないから」
さっきまで花嫁を眺めていた二人の目が、まっすぐ俺に向く。
「悠真。私とデートしたら、絶対楽しいよ?」
夏帆の笑みはいつもの勝ち気なものだったが、テーブルの下で揃えた膝が落ち着かなさそうに動いていた。
「私は……今の悠真をもっと知りたい。そのうえで、選んでほしい」
千紗は言い終えると水を一口飲み、俺の反応を待っている。
三年ぶりの従姉妹との再会が、まさかこんな話になるとは。
「言っとくけど、俺が誰を好きになるかは俺が決めるからな」
「もちろん!」
「それが勝負でしょ」
二人の答えはほとんど同時だった。夏帆が千紗を横目で見て、千紗も笑い返す。どうやら冗談で引き下がる気はないらしい。
◇
披露宴の終わり際、カメラ好きの祖父が三人を呼び止めた。
「久しぶりに揃ったんだ。写真を撮らせろ」
言われるまでもなく、夏帆が俺の右に、千紗が左に滑り込んだ。さっきまでの勝負を聞いていたらしい祖父は、何も言わずにカメラを構える。
「もうちょっと悠真に寄ろうかな」
「お姉ちゃん、押したら反対側に寄っちゃうよ」
「なら千紗も押せば?」
「それ、悠真が潰れるだろ!」
二人に挟まれていると、また胸が落ち着かなくなる。癪なので、シャッターの直前に俺は思いきり変顔をした。
「ぶっ、ちょっと悠真!」
「やめ……笑っちゃう!」
シャッターが切れた。祖父の画面には、ひどい顔の俺と、笑いすぎて目を細めた二人が写っていた。
「もう一回! 今度はちゃんと撮る!」
夏帆が笑いながら抗議し、千紗まで「次は油断しないから」と俺の袖を引く。祖父は嬉しそうにカメラを構え直した。
帰り際、祖母が夏休みは三人で泊まりにおいでと言ってくれた。
「決まり! 悠真、最初の日は私と出かけよ!」
「お姉ちゃん、まだ悠真に予定を聞いてないよ」
「じゃあ聞く。悠真、空いてる?」
夏帆が期待に満ちた顔で覗き込み、千紗も黙って答えを待つ。
「……空けとくよ」
途端に夏帆が笑顔を弾けさせた。千紗は少し悔しそうに唇を結んでから、俺に向かって言う。
「その次の日は、私にちょうだい」
夏休みはまだ始まってもいない。それなのに、二人の勝負はもう次の約束を取り合っていた。




