5 セレスティアル 2
登場人物
倉根 歩夢:MMORPGに熱中している男子高校生。
ギルマスの『ピサロ』がテーブルの上に出したのは、灰色のアイマスクだった。
ケーブルが繋がっていて、その先はプラグになっている。そんなアイマスクが人数分。
「まだまだ開発途上の技術で、これは試作品もいい所なんだけど。網膜に直接、ゲーム画面を投影する……ゲームの中に入ったような視界になるんだ」
それを聞いて他の者はみんな驚いた。
「え!? それ凄すぎない?」
「いや、でも、視界が埋められたら文字入力できないと思うんだけど?」
アイマスクを一つ手に取り、『ピサロ』が説明する。
「文字入力はマイクが内臓されているから音声でできる。あんまり難しい漢字変換には、今の時点では対応できてないけど。だからブラインドタッチができればそっちの方が確実かな」
説明しつつ、彼はアイマスクを配っていった。
「長時間の連続使用もまだまだでね。ある程度使ったら警告が出るから、使用を中断してもらわないといけないんだ。で、良ければ使ってみてくれないか? 社外モニターは多いほどいいからさ」
(リアルの新技術を体験できるんだ! 凄い、凄い!)
アイマスクを手にして歩夢は興奮を止められなかった。
MMORPGを、『セレスティアル』を始めて本当に良かったと、心の底から幸運を感じていた。
――実家――
帰宅するや、歩夢はゲームを立ち上げる。
コントローラーを手にアイマスクを被り、目をつぶると……
視界いっぱいにスタートメニューが浮き出ていた。
スタートすると、それがキャラクター視点に切り替わる。自分が実際に立っているかのように、目の前にゲームの中の、中世ヨーロッパを模したファンタジー世界の町が広がっていた。
前を見れば他のプレイヤーのキャラが、上を見れば空が、下を見れば石畳が、左右を見れば他の通りが視界に映る。
(本当にゲームの中に入ったみたいだ……!)
しばし景色を眺めた後、いつも通り広域通信で皆に挨拶した。
>こん
>こん
>こん
>おいすー
いつも通りの返事がログに流れる。
いつものたまり場に行くと、いつもみたいにギルドのメンバーが集まっていた。
いつもと違うのは、彼らのキャラクターが目の前にいるかのように見えている事だ。
音はあくまでスピーカーから。臭いや手触りは無い。
それでも視界がゲームの中視点になるだけで、こうも別の世界を「体験」できるとは。
メンバーの中に『ピサロ』を見つけ、歩夢は『ブレイド』として話しかける。
>あのアイマスク、今使ってます。凄いですね! セレスティアルに来たらこんな感じなのか……
>それ使ってる人だけで、今日は狩りに行ってみようか
『ピサロ』の提案に賛成する者達――当然、アイマスクを使っている者達だ。
マスクの稼働に限界時間があるという事で、今日の狩りは普段より1ランク下げた場所で行う事にした。
サルナスの廃墟で戦うギルドのパーティ。
キャラクター視点で剣が振り回され、モンスターに炸裂する。ダメージ数値の表示とともに吹き飛ぶモンスター。
視点が変わるだけで、歩夢は自分が剣を振ってモンスターを退治しているような気分になった。
他のプレイヤーも同じ気持ちなのだろう、会話の端々に隠しきれない高揚感がある。
>もう少し敵を集めてくれていいぞ! あらかじめ詠唱を準備しておく
>俺もバフを多めにかけておく。MP回復アイテムは持ってきてある!
(凄いな、本当に。このままゲームの中で暮らしたいぐらいだ)
歩夢は浮かれながら次のモンスターを探し、廃墟の中を見渡した。
すると少し離れた建物の上に、一人で立っている青年を見つけた。
初めて見るフェイスデザインで、整ってはいるが、モデルや俳優的な線の細い美男子というより、前世紀ならハンサムと呼ばれるような男っぽさのある容貌だった。
黒いジャケットを羽織り、黒い長ズボンを履き、黒いテンガロンハット。マゼンダ色のインナー以外は全て黒。古い探偵物の人物みたいだ。
この遺跡にはもっとレベルの低い時に何度も来ているが、あんなモンスターは見た事がない。こちらへ攻撃してくる様子もない。
試しにカーソルを合わせてみると「位高憐」と表示された。
文字の色は白。それはプレイヤーキャラクターである事を示している。
(どんな装備であんな外見になるんだろ?)
ファンタジー色の薄い外見を不思議に思いはしたが、ここはPVPエリアでもないし、モンスターの横取りを仕掛けてくる様子もない。
邪魔してこないなら気にしても仕方がない。歩夢は狩りに集中する事にした。
だがその時。
パーティの一人が発言した。
>あ、なんか警告出た
少し遅れて、歩夢の視界の隅にも赤い文字で「マスクを外してください」と表示される。
>こっちも出ました!
歩夢の報告に、他のメンバーも次々と発言した。
>俺はまだだけど
>あ、私は今出たわ
>やっぱり少しバラつきがあるか
モンスターの突発わきを警戒しながら、、歩夢は急いでアイマスクを外す。
いつものモニターに見慣れたゲーム画面が映っており、いつも通りの『ブレイド』が映っていた。
>今日はここらで終わるか?
>だな
まだ余力も時間もある筈だが、狩りの終わりに誰も異議を唱えず、パーティはいつものたまり場に【ポータル】でワープした。
手早くドロップ品を分けて清算すると、歩夢はログアウトの挨拶を飛ばした。
>おやすみ
>ノシ
>ノシ
他の先輩達はいつも通り、たまり場で雑談してからログアウトするようだ。
ゲームのウインドゥが消え、歩夢はいつもより遥かに大きな喪失感に襲われた。
(このアイマスク、もっと長く使えたらな……もっと長く『セレスティアル』の世界にいられるのに)
開発途上の技術なので、それは我儘というものだ。
だがわかっていても、どうしてもそう感じてしまう。きっと他のギルドメンバーも同じ事を感じているだろう。
それは的中していた。
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