第65話:誠実な告白と「家族の誓い」、そして郷田への集中
建国3年の晩夏。
帝都の中枢、冷房代わりの氷柱が置かれた執務室には、図面や報告書の山に混じって、色鮮やかな織物や宝飾品がうず高く積まれていた。
「……で? この山ほどの貢物と、釣書の束はどう処理するんだ、九条」
ソファに寝転がりながら、東が呆れたように羊皮紙の束を放り投げる。
九条は執務机から目を離さず、淡々と答えた。
「各部族の族長や有力者たちからの『縁談の打診』だ。前年の冬の宴を機に、我々建国メンバーに対して自分の娘や親族を嫁がせたいという要望が殺到している。……だが問題は、郷田への申し出が異常な数に上っていることだな」
東がニヤリと笑う。
「だろうな。地形すら書き換えるあいつの『土木技術』は、先住民からすれば最も分かりやすい圧倒的な力と豊かさの象徴だ。カシャをはじめ、近隣の有力部族からなんと7件も来てるぜ。……で、どうするんだ? あいつ今、油田プラントの基礎工事で殺気立ってるぞ。全員嫁にしろなんて言ったら絶対キレるぜ」
「当然、全て受けるのが極めて合理的な政治的判断だ」
九条は冷徹に言い切り、ペンを置いた。
「……だが、お前の言う通り真正面から伝えれば反発は必至。ならば、まずはカシャとの縁談だけを伝えよう。合同結婚式という形での『スケジュールの確保』を最優先とする。残りは事後報告だ」 「エグい手を使うねぇ、総統閣下」
その時、執務室のドアが乱暴に開き、泥と油にまみれた郷田がドスドスと足音を立てて入ってきた。
「おい九条! 来月に結婚式をするから1日空けろってどういうことだ!それに、次のセメントの搬入スケジュールも決まっていないし、 足場のワイヤーも足りねえぞ!」 「郷田。少し落ち着け」 九条は、怒鳴り込んで来た郷田に対して一枚の書類を差し出した。
「お前の右腕として働いているカシャの部族から、正式な縁談が来ている。彼女の働きにはお前も報いたいだろう。だが、各所で工事が佳境に入っている今、個別に式を挙げる暇はない。来月の『新嘗祭』の日に、関係者全員の合同結婚式を強行する。……1日だけ、時間を割け」
「あ? カシャと結婚?」 郷田は目を丸くして書類を受け取った。 「まあ、あいつには世話になってるし、気立てもいい。一緒にいて楽なのは確かだが……1日だけで済むなら、まあ分かったよ。受けりゃいいんだろ。よし、これで話は終わりだな! じゃあワイヤーの手配頼んだぞ!」
郷田が足早に執務室を出ていくと、背後で東が肩を震わせて笑いを堪えていた。九条もまた、表情一つ変えずに引き出しから「残り6件の釣書」を取り出した。 「よし。スケジュールの合意は得た。後日、追加の通達を送っておけ」
***
数日後、帝都の中央広場。 数万人規模に膨れ上がった民衆を前に、九条をはじめとする建国メンバーたちの一部がバルコニーに並び立った。
広場は、「神の使い」たちの姿に畏敬の念を抱く群衆の静寂に包まれていた。
だが、九条は拡声器を手に取ると、よく響く声で真っ向からその幻想を打ち砕いた。
「皆に伝えておくことがある。我々は、神の使いなどではない!」
ざわめきが広場を波のように駆け抜ける。
九条は自分の腕の袖をまくり上げ、作業中に負った生々しい傷跡を見せつけた。
「我々は、恐らく、遠い未来から来た、ただの人間だ! 鉄を打てば火傷もするし、病にもなれば、いつかは死ぬ! 魔法が使えるわけではない。ただ少しだけ、『未来の知識』を持っているだけだ!」
群衆が息を呑む中、九条は力強く言葉を紡いだ。
「我々は神として君臨し、お前たちを支配するつもりはない! 今回、我々はお前たちの娘や姉妹を妻として迎える。血を交わし、この大地に本当の根を張り、お前たちと共に生きる『家族』となるためにだ!」
一瞬の静寂。
直後、広場を揺るがすような大歓声と拍手が爆発した。
「おおおおっ!!」
「神ではなく、我らと同じ人間が、これほどの奇跡を起こしているというのか!」
「共に生きる家族だと……万歳! 帝国万歳!!」
絶対的な力を持つ者が、自らの弱さを認め、誠実に「家族になりたい」と告げた。
その実直な告白は、彼らへの失望ではなく、むしろ「血の通った指導者」としての圧倒的な信頼と熱狂を生み出したのだった。
***
それから新嘗祭の合同結婚式に向けて、帝都はかつてない熱狂と活気に包まれた。
建国メンバーたちもまた、それぞれが選んだ伴侶たちと、確かな絆を育み始めていた。
執務室の片隅で、アナヒータが書類を抱えながら、少し不安げに尋ねる。
「……私のこと、ただの政略結婚だと思っていますか?」
九条は書類から顔を上げ、すっと立ち上がると彼女の前に歩み寄った。そして、その華奢な手を優しく取る。
「政略だと言うなら、相手は各部族の族長の娘でも良かったはずだ。だが……俺の隣に立って、この広大な帝国の未来を共に見届けられる女は、世界中を探しても君しかいない」
九条が真剣な瞳で、普段の冷徹さからは想像もつかないような甘い言葉を囁く。
「君の圧倒的な知性も、その美しい声も、すべて俺だけのものにしたい。……俺の妻になってくれ、アナヒータ」
「……っ、はいっ……!」
不意打ちのプロポーズに、アナヒータは顔を真っ赤にして嬉し涙を浮かべた。
工房では、真野が油まみれの手でエルワの肩を抱いていた。
「俺たちもいよいよやな、エルワ。お前さんの『ミクロン単位の精度を指先だけで出す神業』がないと、俺の機械は完成せん。公私ともに最高のパートナーや」
「はい、真野さん。私こそ、あなたの描く図面にいつもワクワクしています」
医療・情報・軍事の各分野でも、彼らの能力や人柄に惹かれた有能な女性たちが、続々と家族として迎えられていた。
冴島のもとには、冷静沈着なベテラン看護師長として彼を支えるシラ(25歳)、薬草研究に熱心な助産師のルミ(19歳)、そして患者のメンタルケアを担う明るい若手看護師ミファ(16歳)の3人が集った。
東の邸宅では、包容力で生活全般を完璧にマネジメントするマヤ(23歳)、現地の食材を見事に調理して胃袋を掴んだリナ(18歳)、そしてマッサージで東を徹底的に甘やかすセラ(20歳)の3人が、彼の過酷なデスクワークを支えていた。
そして圧倒的な武力で国を守る鬼頭には、火薬調合の現場監督として規律を重んじるゼナ(21歳)、模擬戦で互角に渡り合う女戦士カーラ(19歳)、罠と隠密行動の達人ココ(18歳)、そして鬼頭が狙撃手として才能を見出したナミ(17歳)の4人が、共に戦場を駆ける妻として誓いを立てていた。
誰もが、現地の母系社会のルールを受け入れ、この地に本当の根を張る覚悟を決めていたのだ。
だが、遠く離れた油田プラントの建設現場だけは、異様な光景が広がっていた。
「おい九条ォォ!! どういうことだ! この『追加通達』!! なんで俺の嫁が『7人』に増えてんだよ!!」
現場に、郷田の絶叫が空しく響き渡る。
手紙には冷徹な九条の筆跡で、『お前が口頭で同意した合同結婚式には、他6部族との血の同盟についても含まれている。式に割く時間は約束通り1日。……健闘を祈る』とだけ記されている。
「あんな口車に乗せやがって!! 俺は今コンクリートの打設で忙しいんだぞ!」
丸めた手紙を地面に叩きつけた郷田の背後に、足音が迫る。
「郷田さーん! 休憩のお弁当作ってきましたよ!」
「私も手伝います! あの鉄の棒(鉄骨)を持てばいいんですね!?」
現場には、カシャをはじめとする「7人の妻たち」が押し寄せていた。
「バカ野郎! お前ら安全ヘルメットも被らんと現場に入ってくんな!」
郷田が頭を抱えながら怒鳴るが、彼女たちは全く動じない。
「まあまあ郷田さん、怒らないの。この大所帯は私がしっかりまとめるから安心して!」と、肝っ玉母さんのティオ(24歳)が豪快に笑う。
「資材の調達や部族間の折衝なら、私に任せてくださいな」と外交担当のヨナ(22歳)がウインクし、食料調達が得意なルル(21歳)と裁縫の達人ミナ(20歳)が「郷田さんの生活環境は私たちが整えますから!」と胸を張る。
重機操作に興味津々のカシャ(19歳)が目を輝かせ、郷田を優しく気遣うヘマ(18歳)と、笑顔の絶えない働き者のソラ(16歳)が彼の背中をポンポンと叩いた。
たくましく快活な7人の先住民の女性たちが、我先にと郷田の周りを飛び回っている。
「……あーもう、わかった! お前ら全員、そこのセメント袋運ぶの手伝え!」
「「「はいっ!!」」」
7人の妻たちは見事な連携プレーで、次々と重い資材を運び始めた。
多忙を極める建国メンバーたちは、誰一人として浮かれた「結婚の準備」にうつつを抜かすことはなかった。
彼らにとって、この国を豊かにし、強固なインフラを構築することこそが、新しく迎えた家族を守るための最大の愛情表現だったからだ。
秋の気配が深まる中、帝都は彼らが築く強固な絆と、歴史的な「家族の誓い」の日を迎えようとしていた。




