第14話:未知なる精霊との遭遇
「白い死神」が、三日三晩にわたって森を支配していた。
猛烈な吹雪が去った後の森を、狩猟部族の若き戦士長であるタラックは、四人の部下を引き連れて歩いていた。
彼の頬は痩せこけ、身に纏う獣の毛皮の下では、肋骨が浮き出ている。
『……このままでは、村の備蓄が底を突く。何としても獲物を持ち帰らねば』
冬の森は残酷だ。だが、タラックには部族の数十人の命が懸かっていた。
顔に黒と赤の染料で「狩りの祈り」を描き、限界まで研ぎ澄ませた感覚で雪面を睨みつける。
その時、タラックの鋭い目が、新雪の上に残された「異質な痕跡」を捉えた。
『なんだこれは……。獣ではない。だが、我々の履くモカシンの跡でもない。継ぎ目がなく、見たこともない形だ』
警戒心を跳ね上げ、足跡を追跡する。
そして、木々の隙間からその「異邦人たち」の姿を捉えた瞬間、タラックは息を呑んだ。
『……なんだ、あの奇妙な肌の色は。それに、あの顔立ち。精霊か? 悪魔か?』
大柄な二人の男(鬼頭と郷田)だった。
彼らの纏う毛皮は不格好で、縫製すらされていないただの「切れ端」だったが、その下の肉体は異常だった。
極寒の冬を越すために必要な脂肪がなく、代わりに見たこともないほど均整の取れた、鋼のような筋肉が隆起している。
タラックは弓を引き絞り、鋭く叫んだ。
「ハッケイ、マ・タワ!?(何者だ、止まれ!)」
異邦人の一人が両手を上げ、敵意がないことを示そうとする。
しかし、タラックの部下たちは恐怖から弓をギリギリと引き絞った。一触即発。タラックが指を離せば、彼らの命を奪うことができる。
だが、その時。
木々の奥から、もう一人の異邦人(九条)が、ゆっくりと雪を踏み締めて現れた。
『……ッ!?』
タラックは全身の毛穴が粟立つような悪寒を感じた。
その男は、武器を一切持っていなかった。体格も先ほどの二人ほど大きくはない。
しかし、その男が放つ「空気」は、タラックがこれまで対峙してきたどんな猛獣よりも恐ろしかった。
男は、引き絞られた弓矢を全く恐れず、真っ直ぐに歩みを進めてくる。
そして、その漆黒の冷たい瞳が、タラックの眼を正確に射抜いた。
『なぜだ……。俺が一度も声を出していないのに、なぜ一瞬で俺が戦士長だと見抜いた?』
タラックが威嚇の声を上げようとした瞬間、男はゆっくりと懐に手を入れ、何かを雪の上に放り投げた。
『肉……!?』
それは、こんがりと焼け焦げた、分厚い獣の肉の塊だった。
タラックの隣で、空腹に耐えかねた部下の戦士が、震える手でそれを拾い上げ、端を千切って口に入れる。
その瞬間、部下の戦士が目を見開き、狂ったように咀嚼を始めた。
「ン、ンマ……!?(なんだこれは、信じられない!)」
タラックも肉を奪い取り、自ら口に運ぶ。
そして、自身の舌を疑った。
『なんだ、この美味さは……!』
彼らが知る肉は、煙にまみれ、外は黒焦げで中は生焼けの、ただの「生きるための塊」だ。 だが、この肉は違う。臭みが一切なく、肉の旨味と脂が完璧に閉じ込められている。
『こんな魔法のような肉、どうすれば作れるというのだ……。この者たちは、ただの人間ではない』
強烈な食欲が満たされると同時に、タラックの心から敵意が急速に溶け落ちていった。
異邦人のリーダーは、タラックの心の変化を見透かしたように、森の奥へと彼らを招き入れた。
***
案内された先には、雪と泥でできた奇妙な塚があった。
外の戦士たちに待機を命じ、タラックは槍を握り締めながら、警戒心を露わに低い入り口をくぐった。
中に入った瞬間。
タラックの思考は、完全に停止した。
『……ッ!?』
『なんだこの空間は……! 春の精霊が宿っているのか!?』
外は氷点下の死の森だ。
しかし、この分厚い石と泥の壁に囲まれた空間は、分厚い毛皮を脱ぎ捨てたくなるほどに暖かかった。
タラックは信じられない思いで、泥の壁に触れ、そして足元の「床」に手を触れた。
「ア、アツ……!?(熱い……!)」
信じられない。足元の石が、火も直接触れていないのに、熱を放っているのだ。
さらにタラックの心を折ったのは、「煙の不在」だった。
彼らの知る暖かさとは、目に染みる酷い煙と引き換えに得るものだ。密閉空間でこれほど暖かければ、普通なら煙で息ができず死んでしまう。
しかし、ここは空気が澄んでいる。煙の匂いすらない。
タラックは部屋の隅で、魔法のように煙を外へと吸い出している奇妙な穴(煙突)を見つめた。
『煙のない、春のような熱。そして、血の匂いのしない完璧な肉……。すべてが、我々の常識をはるかに超えている』
これは武力ではない。
だが、槍や弓よりもはるかに残酷な、「圧倒的な力の差」だった。
タラックは震える足で後ろずさり、外で待機していた部下たちに向かって叫んだ。
「マ・タワ! クワ・ハ・タワ!!(武器を置け! 敵対してはならない!!)」
中に入ってきた部下たちもまた、異常な暖かさと煙のない空間に目を剥き、恐怖と畏敬のあまりその場に硬直した。
タラックは、槍と弓をゆっくりと床に置いた。
そして、冷徹な笑みを浮かべて自分を見下ろしている異邦人のリーダー(九条)に向かって、両手を広げ、深く頭を下げた。
『精霊よ。我々はこの力に服従する』
それは、過酷な自然で死と隣り合わせで生きてきた誇り高き戦士が、未知の超文明に対して、自身の精神を完全に明け渡した瞬間だった。




