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新大陸建国記 〜未開のアパラチア山脈から始まる世界蹂躙〜  作者: tky
第8章:歪む帝都と血の粛清

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第106話:帝都のメガシティ化と「壁の外」

建国8年、春。


帝都の中枢にそびえ立つ統治局ビル。


その最上階にある九条の執務室からは、眼下に広がる巨大都市の全貌を見渡すことができた。


窓の外に広がるのは、かつての未開の森からは想像もつかない光景だった。


碁盤の目のように整然と区画された完全舗装のアスファルト道路。


規則正しく並ぶ強固なコンクリート造りの居住棟。


そして、都市の血脈である鉄道のターミナル駅には、漆黒のディーゼル機関車が絶え間なく物資を運び込み、電気の光が昼夜を問わず街を照らし出している。


「……おい九条。先月の国勢調査と、労働キャンプからの脱落者の集計が終わったぞ。あー、マジで目が痛え……」


静寂を破るように、気怠げな声と共にアズマが執務室に入ってきた。


彼は手元の分厚いバインダー(植物紙が丁寧に綴じられている)を、九条のデスクに乱雑に放り投げる。


現在、データ処理に長けたヨキは、電信網の拡張に必要な大量の銅を求めて、はるか北西のスペリオル湖畔へと赴いている。未開の部族との面倒な外交交渉と、新規採掘港の開発を任されている真っ最中だ。


結果として、有線電信で送られてくる各拠点からの莫大なデータ集計は、情報網のトップである東の元へと一極集中していた。


「ヨキの野郎、今頃クソ寒い湖の畔で部族相手にガラス玉でもチラつかせてるんだろうが……あいつがいない分のペーパーワーク、全部俺に回ってきてんじゃねえか。早く完全電脳化させろ」


「ご苦労。お前のサボり癖を直すには丁度いいリハビリだ」


九条は東の愚痴を冷たく一蹴し、手元の書類に目を落とした。


「……で? 帝都周辺の総定住人口は、どこまで膨れ上がった?」


「水運の完全整備のせいだな。圧倒的な物資と『光』の噂に引き寄せられて、遠方からも移民が押し寄せてる。総人口は、ついに八千人を突破した」


「……八千、か」


九条は窓の外から視線を外し、手元の万年筆を軽く回した。


「新規移民の言語教育と、労働プロトコルの進捗は?」


「労働キャンプのキャパ自体は足りてる。帝国標準語の習得確認も、俺が作ったペーパーテストを定期的に更新して回してるから、システムとしては自動化できてるよ」


東はそこで言葉を区切り、重いため息をついた。


「問題は……そのシステムから『零れ落ちた連中』だ」


東は少しだけ表情を曇らせ、窓の外、巨大なコンクリートの外壁の「向こう側」を顎でしゃくった。


「ローマ字を覚えようとしない怠け者はまだ良いが、時計が示す定時の概念が理解できずにサボる奴や、ルールを破って暴力沙汰を起こす馬鹿などは、労働キャンプから追放される。その追放された『落伍者ども』が、帝都の外壁周辺に勝手にテントを張って定住し始めて、数百人規模のスラムが形成されている」


「少し多いが概ね想定通りだ」


九条の言葉に、迷いや焦りは一切なかった。

あまりにも即答だったため、東は怪訝な顔をする。


「想定……されてたのか? 放置すりゃ、スラムの不衛生な環境から疫病が発生するぞ。冴島が知ったら発狂する案件だ」


「ああ。人間というリソースが一点に集中すれば、必ずルールに適応できない”澱み”が生まれる。全員を救済するなど不可能だ。だからこそ、帝都の設計段階から『スラムが形成される場所』を物理的に強制した」


九条は立ち上がり、巨大な帝都の設計図が広げられたテーブルへと歩み寄った。


「いいか、東。人間は住処を探す時、必ず清潔な水を求めて『上流』へ向かおうとする。その生存本能は自然なことだ。だから、帝都の水源が汚染する事が無いよう、対策する必要がある」


九条の指先が、地図を横断する川の線をなぞる。


「その対策とは、上流の川沿いに長大な『有刺鉄線』を張り巡らせてあるだけだ。毎日の水汲みに困るように水際を鉄線で封鎖する事で、物理的な『定住』さえ阻止できれば、川の自浄作用が働く。深刻な水質汚染は防げるからな」


「……なるほど。有刺鉄線だけで水際の生活圏を奪ってるわけか」


「そうだ。加えて、万が一、水源付近に定住する者が現れた場合は、物理的に排除できる監視体制は整えてある」


東はハッと息を呑んだ。

その意図する残酷なほど合理的なロジックに気づいたからだ。


「……落伍者どもがいくら綺麗な水を求めて上流へ彷徨い歩こうが、有刺鉄線に阻まれて定住はできないってことか……!」


「その通りだ。有刺鉄線による『定住阻止』と『監視体制』。たったそれだけで水源は守られる」


九条は冷酷に言い放つ。


「その上で、食糧の配給所や残飯が手に入る場所は、全て帝都の『下流』かつ『風下』にある広大な平野部にのみ集中配置した」


『……人間は結局、最も抵抗の少ない場所へ流れる』


「奴らは生きるために、嫌でも『下流のゲート周辺』の平地に集まって泥をすするしかない。そこで排泄し、どれほど不衛生な環境を作り出そうと……川の水は高いところから低いところへ流れる。帝都の水源だけは、絶対に汚染されない」


東は九条の横顔を見つめた。

人間の生存本能と自然の摂理すらも盤面の駒として扱う、その冷徹なまでの合理性に、背筋が粟立つような畏怖を覚える。


「……相変わらず、血も涙もねえシステム設計だな。自分の無能で追い出された連中とはいえ、少しは同情するぜ」


「我々が守るべきは、帝国市民としてのルールと義務を果たす者だけだ。こちらから弾圧するつもりはないが、現状はルールを無視する連中にリソースを割く余裕がない」


九条は感情を微塵も交えずに言い放ち、再び窓の外の光景へと目を向けた。


***


同時刻。帝都の南側、巨大なコンクリート外壁の「外」。


「……ひでえ有様だな、こりゃ」


視察に訪れていたインフラ統括の郷田剛は、壁の上にある監視通路から外を見下ろし、忌々しそうに重いため息をついた。


彼の眼下には、木っ端やボロボロの布、泥を寄せ集めて作られた無数の粗末な小屋が、びっしりと連なっていた。


鼻を突くのは、腐臭と排泄物、そして大勢の人間が発する泥臭い体臭だ。


『九条の野郎、最初からこれが分かってて、上流を有刺鉄線で封鎖し、下流にだけ居座れる平地を残す偏った設計にしやがった。……頭が良すぎるってのも、考えもんだぜ』


郷田は土木のプロフェッショナルとして、このスラムの危険性を誰よりも理解していた。

上下水道という概念を持たない数百人の人間が密集すれば、大地は瞬く間に汚染される。


「カヤ。水質調査の結果はどうだ?」


郷田の背後に控えていたカヤが、計測器の数値を読み上げる。


「はい。帝都内の水源は、密閉管を通しているため完全にクリーンな状態を保っています。しかし……壁の外、スラムが広がる下流エリアの水質は、すでに危険水域を突破しています。大腸菌などの数値が、計測限界を振り切るほどです」


カヤの報告に、郷田は眉間を深く揉んだ。


「冴島の旦那が聞いたら、卒倒しそうな数値だな。……気温が上がれば、いつ最悪の事態パンデミックが起きてもおかしくねえ。おい、もしあの泥水まみれの連中が、暴動を起こしてゲートに殺到したらどうなる?」


郷田が独り言のように呟いたその時、背後から荒々しい声が響いた。


「決まってんだろ。一発警告して、それでも退かなきゃ鉛玉をぶち込むだけだ」


軍事・防衛を統括する鬼頭陣が、獰猛な笑みを浮かべながら現れた。

彼の背後には、防衛部隊を率いるタタンカの姿があり、壁の要所にはマキシム水冷式機関銃が据え付けられ、冷たい鋼の輝きを放ちながらスラムを睥睨している。


「鬼頭……お前、相変わらず物騒なこと言ってんな」


「事実だぜ、郷田。お前ら土方が作ったこの壁は、帝国の『内側』を守るためのもんだ。外のゴミどもがルールを破ってシステムにエラーを起こそうとするなら、俺の管轄だ。防衛部隊が物理的に『排除』する」


鬼頭はタタンカの肩をバンと叩いた。


「なあ、タタンカ? 俺たちのマキシム機関銃は、ただの飾りじゃねえんだからよ」


「……わかっています、鬼頭殿。帝国の安全を脅かす者は、容赦なく排除します。……帝国市民の命を守るためですから」


タタンカの声には、かつての素朴な戦士の面影はない。

彼は今や、冷徹な帝国の防衛機構システムの一部として、完全に最適化されていた。


郷田と鬼頭は、並んでスラムを見下ろした。

無秩序に蠢く命の群れ。


それは、帝国が圧倒的な豊かさという「光」を放てば放つほど、濃く、大きく広がる巨大な「影」だった。


***


夜。


壁の外、スラム街の奥深く。


ぬかるんだ泥の地面に敷かれたむしろの上で、やせ細った男が焚き火の炎を見つめていた。


彼はかつて、遠方の小部族で狩人として尊敬を集めていた男だった。

『帝都に行けば、働かなくても腹一杯食えて、夜も明るい』という噂を信じて、家族を連れてやってきたのだ。


しかし、現実は違った。


『どうしてだ……どうして俺たちは、こんな泥水をすすって生きなきゃならねえ……!』


男は、ローマ字のペーパーテストを何度受けても理解しようとせず、時間管理の概念も無視してサボり続けた結果、「不適合」として労働キャンプから放り出された。


追放された後、彼は綺麗な水を求めて川の上流へと向かった。 しかし、そこには鋭い棘のついた鋼の糸(有刺鉄線)が延々と張り巡らされており、水際に近づくことすらできなかった。


結局、配給の残飯をもらうために、この不衛生な下流のゲート前にすがるしかないのだ。


男は憎悪に満ちた目で、頭上にそびえ立つ巨大なコンクリートの壁を睨み上げた。


壁の向こう側からは、眩いばかりの電気の光が夜空を照らし出している。 時折、風に乗って、肉の焼ける匂いや、陽気な音楽の調べすら聞こえてくる。


圧倒的な豊かさ。

神の国のような安全と、無限の食糧。


だが、それは「内側」の人間だけのものだ。


「……あいつらは、悪魔だ。俺たちから土地を奪い、俺たちをゴミのように見下している……俺が文字を読めないからって、馬鹿にしやがって……!」


自分の怠惰と無能によって、壁の内側と近い生活が可能な労働キャンプを追放された男は、自分の落ち度を完全に棚に上げていた。


周囲のテントから這い出してきた数人の男たちが、そんな言葉に同調するようにつぶやく。


彼らの瞳には、飢えと、強烈なルサンチマン(怨恨)がどす黒く渦巻いていた。


文明の光は、人々を救うと同時に、残酷なまでの「階層カースト」を可視化した。


帝都という巨大なシステムが回り続ける中、その足元では、破滅的な暴力の種が、不衛生な泥と自己正当化の憎悪を養分にして、静かに、そして確実に芽吹き始めていた。

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