第104話:並行敷設された「銅線」と有線電信
建国7年の初夏。
黒煙を上げて疾走するディーゼル機関車がもたらした「ロジスティクス革命」の熱狂冷めやらぬ第一期鉄道の沿線では、すぐさま次なる巨大プロジェクトが進行していた。
等間隔に並べられた枕木と鋼のレールのすぐ脇に、防腐処理を施された丸太の柱――『電柱』が、一定の距離を保って延々と立てられている。
その頭頂部に取り付けられた陶器製の絶縁体(碍子)に、鈍く光る一本の太い『銅線』が次々と架け渡されていく。
「……よし、テンション(張力)は規定値通りだ。そのまま次の電柱まで引っ張れ!」
作業着姿の東航平が、気怠げな声で労働者たちに指示を飛ばしていた。
「東先生。……本当に、この細い金属の線一本で、帝都から採掘地まで『言葉』を送ることができるのでしょうか?」
隣で図面束を抱えたヨキが、風に揺れる銅線を見上げながら不思議そうに首を傾げた。
「ああ。言葉そのものじゃねえ。電流の『オン』と『オフ』の組み合わせを光の速度で送るんだよ。お前が先月まとめたあのモールス信号のプロトコルでな」
東は首の後ろをかきながら、まっすぐに地平線の彼方へと伸びる線路と電柱の列を見つめた。
『真野の作ったあのディーゼル機関車は、確かに化け物だ。数百トンの物資を、泥濘や天候に関係なく時速数十キロで運べる。……だが、それはあくまで「物理的な移動」だ。移動である以上、必ずタイムラグ(時間)が発生する』
東の脳裏にあるのは、帝国の広大な版図を完全に同期させるための「完璧な神経網」だった。
『もし採掘地でトラブルが起きた時、機関車や早馬で伝令を走らせていたら、帝都の九条が意思決定を下すまでに数時間のロスが出る。……そんなクソみたいな遅延は、俺のシステムでは絶対に許容できねえ』
「ヨキ、よく見とけ。この銅線は、九条という『脳』の命令を、帝国の末端まで遅延ゼロで伝えるための『神経』だ。……空間を圧縮するのが鉄道なら、時間をゼロにするのがこの有線電信なんだよ」
東の言葉に、ヨキはごくりと息を呑んだ。
「時間を、ゼロに……」
「そうだ。それに、単線運用が基本のこの鉄道網において、駅と駅の間で『機関車が今どこを走っているか』をリアルタイムで共有できなけりゃ、正面衝突の大事故が起きる。……この銅線は、物流のスケジューリングを完璧に管理するための命綱でもあるんだ」
物理的なロジスティクス(鉄道)と、情報伝達(電信)。
この二つが並行して敷設されることで、帝国は初めて「一つの巨大な生き物」として完璧な統率を得ることになる。
***
一方その頃。
帝都の統治局、郷田の専用設計室。
壁一面に巨大な北米大陸の地図が貼られたその部屋で、郷田は机に広げた分厚い図面を太い指でなぞりながら、豪快な笑い声を上げた。
「ガハハハハッ! よし、上出来だカヤ! よくあの短期間で組み上げやがった!」
郷田の手元には、はるか遠く離れたスペリオル湖畔の『採掘港』で現場監督を務めるカヤからの定期報告書が置かれていた。
『湖からの冷却水引き込みパイプ、設置完了。高炉の耐火レンガも予定の高さまで到達しました』という、若き右腕からの頼もしい報告だ。
現場の第一線をカヤたち若手に任せ、帝国のグランドデザイン(設計)に専念し始めた郷田にとって、この報告は何よりも喜ばしいものだった。
「これでクソ重てえ不純物まみれの石っころを、わざわざ帝都まで運ぶ無駄から解放されるぜ……」
郷田は満足げに窓の外、煙を吐く帝都の重工業エリアを見下ろした。
これまで、この一帯で採掘されたタングステンやクロムといった貴重なレアメタル原石は、そのまま船に積まれて帝都へ送られていた。
しかし、原石の中の「本当に必要な成分」はごく僅かであり、輸送コストのほとんどが「ただの石の塊」を運ぶために浪費されていたのだ。
『だが、無限の冷却水がある湖畔で、原石を溶かして不純物をすべて焼き飛ばし、純度100%の「インゴット(金属塊)」にしてしまえば……輸送効率は何十倍、いや何百倍にも跳ね上がる』
カヤが現場で完成させつつある製錬プラントが本格稼働すれば、真野が喉から手が出るほど欲しがっている『超硬合金』の材料が湯水のように供給できるようになる。
そうすれば、さらに巨大な重機も、絶対にひん曲がらない機関銃の銃身も作り放題だ。
「……だが、休んでる暇はねえぞ」
郷田は壁の地図へ向き直り、東の進めている『電信網』のロードマップを睨みつけた。
情報の神経網を張り巡らせるための『銅』のストックが、急速に枯渇し始めているという東からの悲鳴に近い要請が来ている。
「鉄道の第一期区間が完成して、土木部隊の手が空き始めた今がチャンスだ」
郷田は地図上の湖のさらに東、キーウィーナー半島と呼ばれる未開の地の方角に、赤鉛筆で力強く『×(バツ)』印を書き込んだ。
「次はあそこに、情報網の血液となる『銅』だけを無限に引き抜くための新しい前線基地(採掘港)をぶっ建てる。カヤたちに次の指示書を送れ!」
郷田は部屋で控えていた事務官に怒鳴るように指示を出した。
「俺たちの歩みは止めねえ。この大陸の資源を最後の一滴まで絞り尽くして、完璧なインフラを設計してやる!」
帝都から現場を完全にコントロールする郷田。
帝都の重工業エリアと内陸を結ぶ、物理的な「鉄のレール」。
そして、帝国の意思を光の速度で末端まで伝達する、情報網の「銅線」。
二つの絶対的な動脈と神経が完成に近づくにつれ、巨大化する国家のシステムは、いよいよ人間の処理能力の限界を超えようとしていた。




