大きな火
言うだけ言うと、エルデンは馬車を置いて来た方へと走り出した。
エルデンが何をするつもりかわからないが、とにかくアルテは意識のないカーミスをすくい上げ、フィノはグレイヴァをおぶってその後を追う。リュリーは、アルテの肩に乗って。
道まで戻って来ると、エルデンはすでに村の方へ馬の向きを変え、あとはアルテ達が乗ればいいだけになっていた。
エルデンにせかされ、全員が急いで荷台へ上がる。
「少し飛ばすわよ。舌を噛んだり、落ちたりしないでね」
エルデンがムチを入れると、馬は来る時の倍近いスピードで走り出す。後ろに乗っているグレイヴァ達は、振り落とされないように力を込めて荷台に掴まった。
「エルデン、うちへ戻ってどうするつもりなんです」
「台所へ行くのよ」
アルテの怒鳴りながらの質問に、エルデンも怒鳴りながら答える。
「台所なら、必ず火を使うわ。かまどなら、焚き火なんかよりずっと強い火になるでしょ」
もちろん、限界はある。だが、身近で強い火を起こせるとなると、台所がぴったりだ。
エルデンは行動も素早いが、頭の回転も素早いらしい。
これまで魔物になんてそう遭ったこともないであろうに、その後でこんな案が思い浮かぶのだから大した女性だ。
「勢いのあるねーちゃんだな」
グレイヴァのつぶやきには、アルテも大いにうなずけた。
自宅へ戻って来ると、馬を杭につなげるのももどかしく、エルデンは「先に火を起こして来る」と言いながら家へ駆け込んだ。
半ば呆然となりながら、残されたグレイヴァ達も中へ入る。
「今回、あたし達って後手にまわってる気がするわ」
エルデンの方が巻き込まれた形のはずなのに、彼女が一番張り切っているみたいだ。
「助けてもらえる、というのはいいことですよ。たまには甘えるのも、いいかも知れません」
誰かに手伝ってもらえるというのは、心が温かくなる気がする。今まで関わってきた妖精達も、こんなふうに思ってくれているだろうか。
台所へ入ると、エルデンがかまどの燃え盛る炎に薪をくべていた。横で母のデルナウが、不思議そうな顔をしながら立っている。
急いで出て行ったかと思うと慌てて戻って来て、突然火を起こす。不可解な行動をして、と思われても仕方がない。
だが、エルデンはそんな母親にはおかまいなく、できるだけ強い火を起こすとアルテの方を見た。正確には、アルテの肩の上にいるリュリーをだ。
「今あたし達ができるのは、こんなところよ。どうかしら、この火で何とかなる?」
「十分よ。ありがとう。あたし達を火の中へ投げ込んで」
「とりあえず、一晩燃やすようにはするわ。まだ足りないようだったら、言ってね」
「ええ。多分、一晩もあれば大丈夫だと思うわ」
リュリーはアルテの手に移り、自分の青焔石と意識のないカーミスを抱き締める。
アルテはかまどへ近付くと、自分の手に乗っている妖精達を炎の中へ軽く放るようにして投げ入れた。妖精の姿は、すぐに火に包まれて見えなくなる。
「ねぇ、エルデン。あなた達、何をやっているの?」
デルナウが尋ねる。
娘は魔法使いだが彼女自身は違うので、妖精の姿が見えていないのだ。一人できょとんとしている。
妖精が見えなければ、娘の言葉もアルテの行動も、じっとそれを見守るフィノやグレイヴァのことも、さっぱりわからないだろう。
「ちょっと困ってる妖精を助けたの。後でゆっくり話すわ。さてと」
エルデンはくるりと振り返ると、グレイヴァの方へつかつかと近付いた。何も言わずに、グレイヴァの額に手を当てる。
「さ、早く着替えて休みなさい。まだ熱は全然下がってないわ」
「着替えるのはわかるけど……もう青焔石はなくなったんだから、熱なんてすぐに」
「休むのっ」
グレイヴァの言葉を、エルデンはさっさとひったくる。
「医者として言うわ。今のあなたは、間違いなく病人よ。理由はどうあれ、ね。それだけ高い熱が、五分や十分で下がると思う? 今日はもう休みなさい」
「そうですよ、グレイヴァ。熱が下がったとしても、さっきまでのことで体力を消耗しているはずですから。せっかく場所を提供してもらったんです。ゆっくり休んでください」
確かに、熱のせいでまだふわふわしている。
だが、一つのことが終わった、という達成感のせいか。グレイヴァは気持ちが高ぶっていて、休むのがもったいない気がするのだ。
「お湯を沸かしていたなべは、お湯を移し替えてもしばらくは熱いでしょ。それと同じよ」
「俺はなべかよ……」
例えのひどさに、グレイヴァがむすっとなった。
「あなたは人間なんだから、もっと複雑なの。今はそうして立っていられるでしょうけど、時間が経って気が抜けたらおしまいよ。変な所で倒れないうちに、ベッドへ入りなさい」
「そうよ、グレイヴァ。小さい子じゃあるまいし、休める時にちゃんと休んでなさいよ。何だったら、あたしが着替えさせてあげるわ」
「た、頼んでないっ。着替えくらい、できるっ」
フィノに襟首を掴まれ、グレイヴァはばたばたと暴れる。と、目の前がぐらりと揺れて倒れそうになり、アルテが慌てて支えた。
「ほら、言った通りでしょ。おとなしく寝なさい」
エルデンの言い方は、医者と言うより母親のようだ。
「……わかったよ」
グレイヴァもあきらめて、素直に部屋へ戻った。途中で倒れないよう、フィノが部屋まで付き添う。
「さてと。次は……ねぇ、アルテ。どこから説明をしたらいいかしらね」
母のデルナウが、娘からの説明を待っている。
グレイヴァ達が来た時点では、具合の悪くなった旅人を休ませる、というような話をしていたのだが、もうそれだけでは納得してもらえないだろう。
「そうですねぇ。そのままでいいと思いますが……エルデンにおまかせします」
ちゃっかりエルデンに一任する、説明下手のアルテだった。
☆☆☆
往診に出ていたエルデンの父シュプルングが、夕方に戻って来た。
グレイヴァはやはり熱でかなり体力を消耗しているので「しばらく休養した方がいい」と診察される。
魔物に襲われてできた頬の傷や、落ちてくるカーミスを助ける時に他の氷であちこち切ってしまった手の傷も、ちゃんと手当てされた。
休めと言われて、病気じゃないんだからと難色を示したグレイヴァ。だが「これからも旅を続けるのなら、しっかり体力を回復させた方がいい」と言われては、逆らえない。
とにかく、その日の夜は疲れとまだ熱が高いこともあって、ぐっすりと眠った。
「エルデン、一晩中ずっと火の番をするつもりですか?」
アルテが台所へ入ると、かまどの近くにイスを持って来て座っているエルデンを見付けた。
彼女の手には、魔法書らしき本。せっかくの明るさを無駄にしないためだろう。
「リュリーに約束したもの。一晩は燃やすつもりでいるからって。とりあえず、今晩は火が消えたりしないようについてないとね」
「それじゃあ、ぼくも付き合います」
「いいわよ。あなたは疲れてるでしょ。変に気を遣わないで、ゆっくり休んでちょうだい」
「ありがたいですけれど、疲れているのはエルデンも同じでしょう? 本当なら、ぼく達がしているはずのことですからね。それに、時々は休憩も必要ですよ」
アルテの言葉に、エルデンは微笑む。
「じゃ、付き合ってもらおうかしら。イスはその辺りにあるのを、適当に取って来てね」
アルテは言われた通り、近くに置かれているイスを持って来ると、エルデンと向かい合うようにして座った。
「ありがとうございました、エルデン」
アルテが頭を下げる。
「え? 何よ、アルテったら。急にかしこまらないでよ」
「でも、やはりこういうことは、きちんと言っておかないと。そんなつもりはなかったんですが、すっかり巻き込んでしまいましたからね」
最初に会った時、ここまで世話になってしまうとは、もちろん思っていなかった。水がある場所を教えてもらうだけのために、たまたま現れた彼女に声をかけたのだ。
エルデンに言わせると、単に世話好きなだけよ、ということになるらしい。
「あたしはこういうことって……あ、つまり、妖精に会ってどうこうっていうのは初めてよ。でも、楽しかったわ。火の妖精達にすれば、楽しいどころじゃないでしょうけどね。楽しいっていうのは不謹慎な言葉になってしまうけど、とっても新鮮なできごとだったわ」
珍しい体験だろうというのは、アルテもわかっている。
今はこうして妖精を助けることを目的にして自分達は旅をしているが、たとえ魔法使いでもここまで頻繁に妖精と会うことはない。
エルデンが新鮮なできごとだ、と言うのも、当然だろう。
「ねぇ、あの氷穴でリュリーが現れたけど、彼女は元気になれたのかしら」
エルデンが薪をくべた。おとなしくなりかけた炎が、また大きくなる。
「全快、というのではなかったと思いますよ。火の妖精にしては、まだ弱々しい部分があったように感じましたから。グレイヴァの中でどうにか動けるまでには回復したので、あんな状況になったのを知って現れたんじゃないでしょうかね」
あの時、リュリーはアルテとエルデンに炎の魔法を使うように言った。全快しているのなら、リュリーも同じように魔法を使って攻撃していたはずだ。
青焔石の持ち主は彼女だから、その力を一番使いこなせるのも彼女。
だが、実際に攻撃したのは、魔法使い達だけだ。リュリーはまだ魔法を使える程に回復していなかった、と考えるのが妥当だろう。
「でも、最初に会った時とは見違える程に、元気でしたよ。話をすることもつらそうでしたからね。彼女の持っていた石と……グレイヴァのおかげでしょう。カーミスと一緒に彼女も火の中へ入ったんですから、次に会える時には十分元気になってるはずですよ」
目の前の炎に、火の妖精達の姿は見えない。だが、この中で身体を回復させているはずだ。





