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少年とねこと魔法使い ~フェアリーストーン~  作者: 碧衣 奈美
7の石 ~守水石~

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二匹目の魔物

 魔物はずっと壁の向こう側で、妖精達が現れるのを待ち伏せているのだ。

 エシナ達は洞窟の壁を抜けて外へ出る、ということはできない。この守水石の壁を通り、滝を抜けなければ外へ出られないのだ。

 つまり、魔物は防げても、今度は自分達が逃げられなくなってしまった。壁を造って、自らを閉じ込めてしまったのだ。

 それから今日まで、魔物との睨み合い状態がずっと続いている。

「グレイヴァが言った通りだった訳? 偶然って怖いわね」

 あの壁が侵入者を防ごうとしている、と言い出したのはグレイヴァだった。

 その時は思い付いたままを言っていただけだったのだが、真実をついていたのだ。

 実際、壁を抜けたこちら側は、つるつるとまではいかないが、あまりとげとげしくなっていない。

「あの壁を造ったのは私達だけど、好きでここに閉じこもっているんじゃない。ずっと外へ出たくて、いつも叫んでいたわ。出たいって。誰かここから出してって。もう気が狂うかと思ったくらい。どうやってだかわからないけど……あなたがその声を聞いたのね」

 ずっと閉じ込められていたのだ、ヒステリックな声になっていたのもわかる。

「最初は石から聞こえた気がしたんだけど、次の時は滝から聞こえた……と思う。その時は昼間だったけど、滝の向こうにこの光と同じ光を見た気がするんだよな」

「グレイヴァが石のかけらを持っていたから、どういう加減でか、世界がつながったのかもね」

「だとしたら……すごいな、この石」

 エシナは癒やしを与えてくれる石だと話したが、この現状はともかく、水の妖精達を守ってくれている。

 ふんわりした優しい色を放っているが、実はすごい力を持っていそうだ。

「守水石というのは、こちらの世界にしかないものなんですか。ぼく達の世界では聞いたことのない名前ですが……だとすれば、どうして滝の外に落ちていたんでしょう」

「私も、そこはわからないわ。魔物があの壁をどうにかしようとして、何度も体当たりしていたの。きっとその衝撃で、一部の石が落ちたんじゃないかしら。滝の外へ出たのは、魔物に弾き飛ばされたりしてるうちに色んな偶然が重なって転がり出たんでしょうね」

 真相は水の妖精にもわからないようだ。

「でも、どうして滝の中にいるエシナの声が聞こえたり、夜中になってグレイヴァがふらふらと滝へ来たの? 守水石って妖精を守るだけじゃなく、人間を動かす力もあるの?」

「それは……私達にもよくわからないわ。この石が他にどんな力を秘めてるか、なんてこれまでに考えたことがないもの。必要になることもなかったし……」

 エシナは仲間の方を見るが、わからないというようにみんなは首を横に振るだけだ。

「全ては、水の妖精を守る力でしょう。石の名前からして、そうですから。壁となって魔物を(はば)むだけでは、妖精を守れない。どうすればいいか、と石も考えてくれたんじゃないですか? うまく外へ出た石がグレイヴァに拾われて、ここの異常を知らせた。外から第三者が介入しなければ、解決は難しいでしょうからね。もちろん、全てぼくの想像でしかありませんが」

 本当に石が考えて行動を起こしたのか、はわからない。

 でも、守水石が持つ「水の妖精を守る力」が働いた結果だとすれば、無理な想像ではないだろう。

 ここにいる妖精を守らなければいけないから、夜に同化した時にしか現れないはずの石が、一日中壁となってあり続けてくれて。

 さらに、グレイヴァが拾った時点から、守水石はまた別の力を発揮していたのだ。

 その力は妖精達の助けを求める声を聞かせ、あの魔物を退治なり追い払うなりをしてくれる誰かをこの場へ来させる、という結果をもたらした。

 力を発揮しすぎて、そういったものに影響を受けやすいらしいグレイヴァが倒れる、というハプニングも起こってしまったが。

 守水石にとっても、そこは想定外だっただろう。

「水の妖精のための石なのに、青系の色じゃないんだな。源水石は、もっと水に近い感じだったけど」

「ああ、守水石って名前は、昔の水の妖精が付けたそうなの。今回のように、私たちを助けてくれた石だから、何の違和感もないけれど。本来はよその世界の石だし、本当は別の何かのために存在する石なのかも」

 厳密には、水の妖精のための石ではないのかも知れない。だから、エシナ達にも、この石の真実がわからない。

 でも、こうして妖精達は助けられている。だったら、それで十分だ。

「まぁ、助けてくれるなら、それでいいよな。魚もどきの魔物はいなくなったんだから出られるぞ」

 恐れる原因は、アルテのおかげでなくなった。あの壁を抜けて、外へ行けるのだ。

 グレイヴァの言葉で、妖精達に笑顔が浮かぶ。ほっとした空気が流れた。

「思いがけず、妖精を助けられてよかったですね」

 グレイヴァの奇行で(?)一時はどうなるかと思ったが、大事に至らなくてよかった。

 問題は全て解決されたようで、アルテは、そしてフィノも、ようやく一安心というところだ。

 だが、その安心も、妖精達の悲鳴によって破られた。

 先に壁へ向かった妖精達が、慌てて戻って来るのだ。その後ろから、ガラスが割られるような音が洞窟内に響く。

「あの魔物、まだいるじゃないっ」

「退治してくれたんじゃなかったの」

「壁が……壁が壊れてくわ」

「みんな喰われちゃうっ!」

 妖精達は文句と悲鳴をないまぜにしながら、奥へと逃げて行く。

「まだいるって……あいつは確かにアルテがやっつけたじゃないか」

 魚もどきの魔物は、アルテの魔法によって消滅したはずだ。

 アルテもしっかり手応えを感じていたし、泡のように消えたところをフィノやグレイヴァがちゃんと見ている。

 でも、妖精達は逃げながら、魔物がまだいるということ、守水石の壁が壊れているということを、口々に叫んでいる。

 あの魔物が、とうとう壁を壊して侵入してきたらしい。

「妖精にとっての守水石のように、魔物も何か力の源になるものを持っていたんでしょうか」

「魔法使い、もしかしてあなたが退治したのは……一匹だけだったの?」

 エシナの問いに、グレイヴァ達の方がどきっとする。

「もしかして……複数いるとかなのか?」

 この状況では、もしかしなくても複数いることになる。

「あの魚の魔物は、二匹いたのよっ」

 エシナの答えを聞いて、グレイヴァは走り出していた。自分に何かできるとは思っていないが、気が付くと走っていたのだ。

 一歩遅れて、アルテとフィノがその後を追う。

 壁の所まで来ると、グレイヴァ達が通り抜けた辺りに穴があき、そこからあの異形の魚もどきが入り込んでいるところだった。

 その魔物の前に、逃げ遅れた妖精が地面にへたりこんでいる。壁を崩して抜けようとしたら魔物が現れ、恐怖で動けなくなったのだろう。

「あいつ、さっきのとは少し違うぞ。目が金色になってる」

 金の目と銀の目で、対になっていたのだろう。

 相棒を殺されて怒っているのか、身体を壁にねじ込むようにして侵入しながら、何度も奇声を発している。

「あいつ、どうしてここへ入って来られるんだよ。あの壁で(はば)まれるはずだろ」

「もしかしたら、ぼく達が通り抜けたことで、壁のバランスが崩れたのかも知れません」

「バランス? そんなの、ありか。弱い所をつかれて、壊れたってのかよ」

「もしくは、もう限界がきてたのかも。ここまで保った方がすごいのよ、きっと」

 魔物だって、ただ手をこまねいて壁の外にいた訳ではあるまい。魔力をぶつけるとか、エシナが話していたように体当たりをするなどして、壁に衝撃を与えていたはず。

 そのため、壁の耐久力に限界が近付いていたのだ。

 そこへ相棒を殺された魔物の力が働いて、耐久力の低下が加速されたのだろう。

 何にしろ、これは非常にまずい状況だ。

 とうとう魔物の身体が、完全に壁の内側へと入って来た。

 まず、逃げ遅れた妖精に、その目を向ける。睨まれた妖精は「ヒッ」と小さい悲鳴をあげて、すくみ上がった。

 グレイヴァより幼い少女のような姿の妖精は、恐怖で完全に動けないでいる。

「タリ……ヌ……」

 魔物は大きな口を、がばっと開ける。妖精の力を吸い込むつもりだ。

「くそっ……お前なんかの思い通りにさせてたまるかっ」

 グレイヴァはいきなり駆け出すと、その妖精と魔物の間に立ちふさがった。

 相手が人間とわかったら、喰われるかも知れない。どんな形にしろ、邪魔者は一掃するかも。

 さっきアルテが喰われそうになっていたことを思い出し、グレイヴァは自分の不利な状況を遅まきながら認識した。

 だが、その時にはすでに、グレイヴァの身体は動いていたのだ。

「逃げろ、早くっ」

「え……でも……」

 逃げ遅れた妖精に怒鳴るが、言われた方は何を言われたのかわからずに戸惑う。それでなくても怖くて動けないので、すぐには逃げられない。

 それに気付いたフィノがさっと飛び出し、妖精をくわえると仲間がいる奥へと運んだ。

 これで、一番最初に襲われる、という事態からは免れた。

 だが、魔物の方は獲物を奪われ、ますます怒り狂う。

 ただでさえ、ずっと壁に阻まれて妖精達を襲えずにいらいらしていた。外からやって来た人間に、仲間を殺された。ようやく中へ入れたと思ったら、また邪魔が入る。

 グレイヴァの行動で、魔物の怒りは頂点に達していた。

 カエルのように水かきのついた前脚を振り上げると、そのままグレイヴァ攻撃する。グレイヴァの腕よりも太い。

 構えたグレイヴァだったが、身体は軽々と飛ばされて洞窟の壁に激突した。

「グレイヴァ!」

 いくつもの悲鳴とともに、洞窟の中にいた誰もが異口同音に叫ぶ。

 一方、名前を呼ばれたグレイヴァの方は、背中を強く打ち付けてすぐには起き上がれないでいる。

 だが、次の瞬間、とんでもなく大きな悲鳴が洞窟内に響き、誰もがぎょっとして顔を上げた。耳をふさぎたくなるような大音量だ。

 悲鳴の主は、あの魔物だった。飛ばされたのはグレイヴァなのに、自分が苦しんでいるのだ。

 よく見ると、片方の金の目に何か突き刺さっている。

 グレイヴァが拾ってポケットに入れていた、守水石だ。

 飛ばされた時にポケットから落ち、それが魔物の目に刺さったらしい。矢が的に当たるように、見事に真ん中へ突き刺さって血が流れていた。

 もしかしたら、あの石はただ落ちただけではないのかも知れない。

 あまりにもうまい具合に刺さっているし、そもそも投げた訳でもないのに刺さるとは思えないので、アルテはそう考えてしまう。

 とにかく、魔物がひるんだ今がチャンスだ。

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