水の妖精達
「何かよくないことが起きているんですね? 話してみてくれませんか。ぼく達はたぶん、今の状況を変えるためにここへ呼ばれたんです」
「……変えるなんて無理よ」
「そんなの、ちゃんと話を聞かなきゃわからないだろ」
気弱な言葉に、グレイヴァが強い口調で返す。
それから、ずいっと前へ出た。
「そっちは呼んだ覚えがないって言うけど、俺達はこうして来てるんだ。それだけで、もう状況は変わってるはずだぞ。ほんのちょっとかも知れないけどさ。俺は意識がなかったから偉そうなことは言えないけど、ここへ来るまでにアルテなんか魚もどきに食われそうになったんだ。事情くらい……」
「魚ですってっ?」
言い掛けたグレイヴァの言葉をひったくるように、声の主が叫んだ。
「魚って、黒くってすっごく大きな目で、手や足がある……あいつ?」
表情は見えないが、その口調や声色から、ひどく怯えているのがわかった。
「ああ。たぶん、同じ奴だと思うけど。それがどうかした? あいつなら」
グレイヴァの言葉が終わらないうちに、光は奥へと逃げるように飛んで行く。
「お、おいっ。待てよ、どこへ行くんだ。おいってばっ」
グレイヴァが呼び止めても、光は答えずにそのまま行ってしまう。
「やっぱり、あの魚もどきと何かあったのかしら。普通じゃないわよ。一目散って感じ」
「話だけで逃げるんですから、余程ですよ。あの様子だと、友好的でなかったのは確かですね。あの魚もどきを恐れているのなら、もういないことを教えてあげないと」
「ちゃんとした事情だって、まだ聞いてないしな」
グレイヴァ達は、光が飛んで行った方へと向かった。が、この洞窟はそんなに奥行きがなく、すぐに行き止まりになる。
ここへ来るまでの細い道とは違い、人間が十人くらいいても十分余裕がありそうな空間が広がっていた。
でも、そこに人間は一人もいない。いるのは……さっきと同じ光だ。
薄く青みがかった小さな光が、いつくも浮かんでいる。二、三十はあるだろうか。
わずかに大きさが違ったりするが、それでもだいたい似たような大きさの光がふわふわと飛んでいた。
「これって……さっきの声の仲間、かなぁ。もしかして、見られてる?」
「そりゃ、あたし達は招かれざる侵入者だもん。しっかり見られてるわよ。視線をびしばし感じるし」
簡単に入れないらしい所へ、しかも人間が入って来たのだ。注目されもする。
「えっと、さっきの……名前を聞いてませんでしたね。さっきの声の女性、どこですか」
アルテが見回すが、どれも同じように見えるので話し掛ける向きに困る。
「どれでもいいや。さっきの話の続きだ。あの魚もどきは、アルテがやっつけた。あいつが怖いってことなら、いなくなったから。もう怖がらなくていい。おわり」
視線が定まらないので、グレイヴァは適当な方向を見ながらしゃべった。
この奥にはもう道がなさそうだから、声の主はここにいるはず。なら、ちゃんと聞こえているだろう。
「……ほんと? 本当に……あいつ、いなくなったの?」
さっきの声がした。たくさんある光の中から、一つがグレイヴァ達へ近付いて来る。
その光の中から、人に近い姿が現れた。背中に透明な青の羽を持つ、女性の姿が。
年齢的には、二十歳前後といったところ。アルテとよく似た青みがかった銀の髪はまっすぐで、腰まである。薄い青の瞳は大きく、顔色は少し青白く見えた。
グレイヴァの顔より小さいその身体は、ほっそりしている……と言うより、やつれた印象だ。
声は似ている気がしたが、彼女の容姿はペールに似ていなかった。
「本当よ。ここにいるのは、魔法使い。彼の魔法で、あの魚もどきは消滅したわ」
フィノの言葉で、急に周りが騒がしくなる。光の玉でしかなかったものが、どんどんその姿を現しているのだ。
おとなから子どもまで年齢層は色々だが、全員が透明な青の羽を持っていた。
何となく想像していたが……ここには妖精達が集まっていたのだ。
「あなた達、聞くまでもないけど、妖精よね? なぜこんな所に隠れてるの?」
フィノが尋ねるが、妖精達は口を開かない。お互いの顔を見合わせて、どうしようか、とでも言いたそうな表情だ。
初めて会う人間に事情を話していいのか、悩んでいるのだろう。
「アージュからは聞いてないけど、ここも同じじゃないの?」
フィノがアルテの方を向いて、魔法使いの同意を求める。
「どうやら、そんな感じですね。話してもらえませんか。ぼく達はあなた達のような妖精を手助けするために、旅をしているんです。何かできることがあるかも知れません」
アルテは妖精の警戒心を解くべく、手短にこれまでの旅の話をした。
だが、その話を信じてもらえるかどうか、は別問題。こちらの事情を話しても、すぐに打ち解けてはもらえない。
「何だよ、疑い深いんだな」
妖精の態度が変わらないので、グレイヴァがふくれる。
「仕方ないわよ。人間と関わりが少ない妖精は、どうしたって警戒心が強くなるものなんだから。あたし達が今まで会った妖精は、常に人間の近くにいたり、アージュが話をつけてたからね」
「しかし、困りましたね。話してもらわなければ、こちらとしても助けようがありませんし。このまま戻るにしても……あの壁をまたすんなり通れるかどうか」
「ねぇ、あなた達はどうやってここへ来たの?」
例の声の主が、最初と同じ質問を改めて口にした。
「どうやってって……歩いて来たんだよ。この足で。人間には羽がないからな」
「来たいって思って来た訳じゃないけど。この子がふらふらとこっちへ向かうもんだから、あたし達もそれを追いかけてね」
「あの壁はどうやって抜けたの?」
それを聞かれると、ちょっと困る。こちらも理由がわからないまま、ここまで来てしまったのだ。
「自然に……と言うと、語弊があるかも知れません。でも、それに近い状態です。ぼくは魔法を使っていませんから。彼があの壁に触れると、そのまま通り抜けてしまったんです」
「あ、一応念のために言っとくけど、俺は魔法使いじゃないからな」
なぜかよく間違われてしまうので、グレイヴァは言われる前に言っておく。
「でも、確かに俺が触れた時だけ、通り抜けたんだよな」
「やっぱり、グレイヴァがあの石を持ってたからじゃない? 魔法じゃないとしたら、あの石が原因としか思えないわよ」
「石って?」
「ここへ入れないように、壁を作っている石です。彼が同じ石を持っていて」
「滝の外で、昼間拾った。あんたの声も、その石から聞こえたんだ」
「この子があの石を持ってたから、あの壁を抜けたんじゃないかって、あたし達は思ってるんだけど」
妖精は仲間の方を振り返り、またグレイヴァ達の方を向いた。
「……あの壁は、私達を守ってくれてるの」
ようやくグレイヴァ達を信じる気になったのか、妖精は自分達のことを話し始めた。
☆☆☆
声の主はエシナと言い、ここにいるのはこの森に棲む水の妖精達だ。
エシナの話によると、ここは昼間は普通の滝で、夜になると別世界の滝がこちらの世界と同化すると言う。
エシナ達は普段、水のある所にそれぞれ棲んでいるのだが、顔合わせをするために不定期で夜の滝へ集まる。
人間で言えば、村の寄り合いのようなもの。仲間同士の近況報告みたいなものを、いつすると決めることなく、気紛れにやっているのだ。
それが、今から一ヶ月半くらい前だろうか。
いつものように誰からともなく集まり、そのうちみんながこの洞窟へ集まってわいわいとおしゃべりに興じていた。
そこへ、グレイヴァ達もここへ来る時に見た、あの異形の魚が現れたのだ。
以前から魔物の魚がいたのは知っていたが、何もしてこなかったのでエシナ達も気にしていなかった。
それに、形もあんな異形ではなかった。手足はなかったはずなのだ。グレイヴァ達が話していたように、もう魚もどきとしか言えない。
手足が生えただけでなく、魔物はエシナ達が認識していたより巨大になっている。それに、輪郭が妙にはっきりしなくなって。
顔の比率からすれば。大きすぎる目。妖精達よりも大きい。前はそんな目ではなかったはずだ。
手足が生えたことで水から上がって来られるようになった魔物は、その大きな目で妖精を睨み、いきなり大きく息を吸い込み始めた。
途端に、妖精達は飛ぶ力を失って地面へ落ちる。みんなが動けなくなると、魔物は水の中へと戻った。
何に襲われたのか、何がどうなったのかもよくわからない。そのまま、数日が経った。
どうにか動けるだけの力が戻り、エシナ達が洞窟の外へ出ようとするとまた魚もどきが現れ、同じことを繰り返してさっさと水の中へ消える。
これまで妖精達が滝やこの洞窟に出入りしても、全く接触して来なかったのに。あの魔物はいつからあんな形になったのか。
いや、そんなことはどうでもいい。
何が目的か知らない。とにかく、あの魔物は自分達の力を奪うために、ずっと滝壺の中に身を潜めているのだ。
完全に力がなくなってしまうまで、自分達が消滅するまで、力を吸い取り続ける気かも知れない。
みんなで考えた。体力は奪われても、考える力までは奪われていない。
手足が生えたとは言え、洞窟の奥までは魔物も入って来ないようだ。それでも、水から上がると、こちらへ来ようとする時もある。
どうにかして、あの魔物がここへ来るのを防がなくては。このままでは、間違いなく全滅してしまう。
やがて、外が夜になった。何度目の夜だろう。
洞窟内にいても時間帯がわかるのは、気配が変わるから。この洞窟の中は、別世界が同化することで、夜になるとほのかな桃色の光に満ちるのだ。
エシナ達は力を取り戻すと、すぐに洞窟の中にある全ての守水石で壁を築き、魔物がここまで入って来られないようにした。
「守水石? これ、そんな名前の石なのか」
グレイヴァが、自分の拾った石を見詰める。
「ええ。私達がここへ集まるのは、この石の波動が力を安定させてくれるから。あと、気分がよくなるっていうのもあるわ。水の妖精にとっては、癒やしを与えてくれる石よ」
この石の壁ができたことで魔物は障害物に阻まれ、ここまでは入って来られなくなった。
守水石は、水の妖精を水の魔物から守ってくれているのだ。石を壁という一つのかたまりにしたことで、身体もさらに楽になって。
だが、問題も生じた。





