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少年とねこと魔法使い ~フェアリーストーン~  作者: 碧衣 奈美
7の石 ~守水石~

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石の壁

 水面が静かになり、アルテはゆっくりとグレイヴァやフィノがいる方へと泳いだ。髪を結わえていた紐が切れ、銀糸が水に流されているように見える。

 グレイヴァの手を借りて、ようやくアルテは水から上がった。

「大丈夫か、アルテ」

「それはこちらのセリフです。具合の悪い所はありませんか、グレイヴァ」

「え? 俺は全然……」

 アルテには珍しく、怒られるように尋ねられたので、グレイヴァは少し引きかけた。

 そんなグレイヴァの気持ちを知ってか知らずか、アルテはグレイヴァの額に手をかざす。

「熱なんかないぞ」

「わかってます。ぼくがみているのは、おかしな魔法にかかっていないかで……今は何ともないようですね」

 異常がないとわかり、アルテはほっとする。この様子は、いつものグレイヴァだ。

「魔法をかけるような奴に会った覚え、ないけど」

「本当にないの?」

 フィノが横から、鋭く突っ込む。

「ないよ。あったら、覚えてるはずだろ」

「そんなの、断定できないわよ。かけられたことを忘れさせる魔法を使えば、それで済む話でしょ。グレイヴァはあっさり魔法にかかるタイプだから、そういう魔法をかけられてるかも知れないじゃない。……だとしたら、何度尋ねたって無理ね」

 フィノは自分の言葉で納得してしまった。

「引っ掛かる言い方、するなよな」

「グレイヴァ。ぼく達がここへ来たのは、グレイヴァを追って来たからなんですよ」

「へ?」

 アルテの言葉で、フィノの言い方にむくれかけていたグレイヴァはきょとんとなる。

「俺を追って……って、だいたいここってどこなんだよ」

 追う、ということは、自分が先を行っている、ということ。

 だが、グレイヴァは今まで寝ていた、という認識しかない。もちろん、あのたき火の前で。なのに、目が覚めたらここにいた。

「夕方にグレイヴァが倒れていた滝……と言いたいところですが、現実は少し違うようですね」

 アルテは、グレイヴァを追うに至った経緯を話す。聞かされたグレイヴァも、どうしてアルテが怒ったように身体の不調を尋ねたのか、わかった。

 真剣に心配してもらっていたのだ。

 悪い魔法にかかっていないか、後遺症がないか、と。

 意識のない自分がどういう行動を起こしていたのか、当のグレイヴァには知る(よし)もないのだが、余程心配させてしまうようなことをしていたのだろう。

 だが、グレイヴァは本当に、何も覚えていない。

 魔法をかけられたことも、魔法をかけるような誰かに遭ったことも。

 ここへ来てしまった理由だって、もちろんわからない。

「あ、そうだ。グレイヴァ、どこかでおかしな物、拾ってない?」

 フィノに指摘され、グレイヴァは胸ポケットに入っていた石を取り出す。

 小さな、水晶のような透明の石。どこかで見たような……と考え、滝の近くで拾ったことを思い出した。

「あんたには感じられないでしょうけど、ここの空気とその石から漂ってる気配がそっくりなのよ。悪いものじゃないみたいだけど、それが何かわからない以上、絶対に悪くないものとは言い切れない。グレイヴァをここへ呼んだのは、たぶんその石よ」

「こんな小さな石が?」

「小さくても、大きな力を秘めてる。そういう石を、これまで何度も見て来たでしょ」

「あ、そうか……」

 言われて納得。

 これまで探した石が、妖精にどれだけの力を与えたか。何度となく、()の当たりにしてきた。

 ここにある石がそれらと同じように力を秘めているのであれば、たかだか人間の自分をどうこうするくらい、簡単だろう。

「これを拾った時……母さんに似た声を聞いたような気がする」

 まだその部分はあいまいなのだが、事態がややこしくなってきたようなので、うろ覚えでもとにかく話しておく。

 後で何か起こってから話せば、フィノに「どうしてもっと早く言わないのっ」と怒鳴られかねないから。

「お母さんの声? グレイヴァの夢の中に入った時、お父さんが言ってなかったっけ? 確か『彼女は水晶みたいだ』とか何とか。現実でも口グセみたいに、いつも言ってたんでしょ。それが頭に残ってたんじゃないの?」

「んー、俺もあんまり自信はないけどさ」

 グレイヴァの父グルドは、ペールのことを石に例えるなら水晶みたいだ、とよく話していた。

 だからと言って、水晶のような石を拾ったくらいでそんな空耳を聞くだろうか。

「とりあえず……この洞窟の奥へ入ってみましょうか。このまま外へ戻っても、また呼び戻されかねませんし。それ以前に、すんなり帰らせてもらえるかも怪しいですからね」

 特別な滝であるならば、簡単にここから抜け出せるとは思えない。

 どういう事情にしろ、自分達はここにいる誰かに呼ばれたのだ。グレイヴァを媒体にして。

 だとすれば、無理にここから離れても、アルテが言うように呼び戻される可能性は高い。グレイヴァは今のところ無事だが、今度も無傷のまま呼ばれる、という保証はないのだ。

 今だって、妙な魚もどきが現れた。グレイヴァだけでここへ来ていたら、喰われていたかも知れない。

 アルテやフィノなら対処の仕様もあるが、グレイヴァを人質にとられるとかなり不利だ。行動を制限されかねないだろう。

 最初から不利になりそうだとわかっているなら、こちらから先に動き、こうなってしまった理由を解明しておいた方がずっといい。

「やれやれ。今夜はゆっくり寝てられそうにないわね」

 小さくため息をつきながら、フィノはまだ毛の間に残っている水を振り払った。

☆☆☆

 動くとなったら、向かう方向はすぐに決まる。

 グレイヴァが拾った石。それと同じ気配のある方向だ。

 ほんのわずかに桃色がかった、柔らかな光。グレイヴァは昼間、光に透かしてこの石を見ていたが、その時は光っているとは思わなかった。

 同じ石がこの洞窟の奥にあるのなら、この石自体が発光しているのだろうか。もしくは、石の近くに光源となるものがあるのかも知れない。

「助けて、と言ったんですか、その声は」

「うん。ウインデやメルテムのことがあるから、石の中に誰か封じられてるのかなって思ったんだけど……俺には見えなかった」

 アルテがグレイヴァから石を受け取り、調べてみるが、生命体が封じられている様子はない。

 アルテは実際に聞いていないので断定はできないが、声はこの石を通してグレイヴァの耳に届いたのではないだろうか。

 この洞窟の奥に助けを求める誰かがいるとしても、滝の水音が邪魔をして言葉がはっきり聞こえるとは思えないからだ。

「ここから出たいって言ってたから、どこかに閉じ込められてるんだろうな」

「もしかしたら、さっきの魚もどきに閉じ込められたんだったりしてね。アルテにとってはただの雑魚でも、声の主にすればとんでもない相手だってこともあるだろうし」

「あいつが諸悪の根源なら、もう解決したじゃないか」

「あの魚がそうだと、まだ決まってませんよ。他にも理由があるかも知れません」

 とりあえず歩き出したグレイヴァ達だったが、少し進むとすぐに止まってしまった。進みたくないのではなく、進めなくなったのだ。

 何となれば、グレイヴァの拾った石と同じ石で壁ができている。まるで奥へ続く道を石でふたをされたかのような状態で、そこから進めなくなっていた。

 洞窟の大きさは、グレイヴァとアルテがどうにか並んで歩ける程度。高さはアルテの倍くらいか。

 恐らくはまだこの奥に道が続いているのだろうが、見事にこの薄桃色の石が上から下までしっかりふさいでいる。隙間はなく、壁の向こうを覗き見ることもできない。

 小さな石が積み重ねられて造られたらしい壁は、尖った石の先が無数に突き出ている。この石がもし鉛色なら、釘でできた壁のように見えただろう。

 壁を壊そうと体当たりでもしようものなら、身体中に石が刺さりそうだ。相当硬い身体でもなければ、無事では済まない。

 一つならわずかな光も、固まりとなると光も強くなる。やはり石そのものが、わずかながらに発光しているようだ。その光が、この洞窟内を明るくしていた。

「この壁の一部が、滝の外へ飛び出したのかなぁ」

 グレイヴァが自分の拾った石と、壁から突き出ている石とを比べてみる。

 大きさや形はばらばらなのでそこは考えないとして、透明感や色は同じだ。やはり「同種の石」と思っていいだろう。

「だけど、余程のことがないと、滝の外へなんて飛び出さないわよ。歩けばすぐだけど、石が飛び出すには距離があるもの」

 丸くもないこの石が、滝の外へ転がり落ちた、と考えるのは無理がある。

 まして、滝の水という障害物もあるのだ。普通に転がれば、外の滝壺に落ちるだろう。

「じゃ、こういう石がこの滝の周辺にはあるのかな。ま、今はそんなことはいいや。アルテ、ここからどうする?」

「普通の石ではなさそうですからね」

 言いながら、アルテが石の壁を爪で軽く弾いてみる。

 でこぼこと言うより、ギザギザという表現の方が合いそうな、壁の表面。薄いガラスのグラスを叩いた時のような、透明な音が響く。

 だが、簡単に割れてはくれないだろう。

「この壁……誰かがこの奥に閉じ込められてるとして、閉じ込めた奴がこれを造ったと思う?」

「どういう意味です?」

「何て言うか、侵入者を寄せ付けないようにしてる気がするんだよ。近付いたら、この石の先が刺さるぞって、来る奴を脅かしてるような」

 外から来る者を(こば)んでいるような、見たままにとげとげしい壁。

 もし、こんな事情でなく、たまたま通りすがりというだけだったら、さっさと回れ右をしてしまいそうな、鋭い石の角。

 グレイヴァは「ここから出たい」という声を聞いた。その声の主が、この奥にいるとして。

 そういう言葉が出るということは、誰かに閉じ込められた、と考えられる。

 閉じ込めた誰かが、この壁を崩して声の主が出てしまわないよう、少しでも触れないよう、壁の表面をギザギザにしている、というならわかる。

 だが、こちら側まで、つまり声の主には触れない面までギザギザにする必要はあるだろうか。

 声の主の仲間が助けられないように、とも考えられるが、道具などを持ち込んで物理的に壊す方法もある。それなら、壁の表面がギザギザであろうが、大した問題ではない。

 そう考えていくと、洞窟をふさぐ壁の材質など、どんなものでもいいような気がする。

 それなのに、正体はまだわからないが、この特殊な石を使って壁を造ったのはなぜだろう。

「グレイヴァって、不思議なことを言い出すのね」

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