木が見る夢
鈴音石
全十回です
元気に伸びた緑の葉が畑一杯に広がり、時折吹く風に揺れている。初夏と呼ぶにはもう熱すぎる太陽の光が、地面や川、家、発育途上の農作物にふりそそぐ。
「妙な気分だな。妖精以外から、助けを求められるなんてさ」
流れる汗を拭きながら、グレイヴァはつぶやいた。
「妖精が関わってはいるものの、こういうパターンは初めてですね」
律儀な魔法使いは、相手のつぶやきにそう応えた。
彼らは今、エスターシャンという小さな村の入口へ来ていた。
水の妖精を助けるために滞在したソロア半島の西端から船に乗り、着いた港から東へ向かった所にある村だ。
クリュの村からソロア半島へ向かったコースを、ほぼそのまま戻っている形になる。
「俺のいた村より小さいな」
「ニャ~ン?」
一緒でしょ? とでも言いたげなフィノの声を、グレイヴァはわざと無視した。
「平和そうな村ですね。……人間だけかも知れませんが」
特に目立つものもない。順調に作物が育っている畑が広がり、所々に家や家畜小屋があり……。どこにでもありそうな、田舎の村である。
グレイヴァ達がこの村へ来たのは、夢の妖精アージュに頼まれたからだ。
彼女達が夢を通じて「どこそこにいる妖精を助けてほしい」と頼んでくるのは、今となってはいつものこと。
だが、今回は少しばかり事情が違う。
アージュが助けを求める声に気付いて入った夢は、妖精のものではなく、木のものだったのだ。
その木を棲み処にしている妖精の様子がおかしくなり「誰か助けて」と念じていたところへ、アージュが現れたらしい。
そこまではよかったのだが、木は助けを得られそうだとわかると興奮状態になってしまい、アージュは断片的にしか話を聞くことができなかった。
それでなくても、植物は彼女の管轄外だ。植物の見る夢に入ることはあっても、その中で夢の持ち主と話をしたことなどない。
とにかく、そこでわかったことは、その木の名前はパロ・ビエホといい、ネーフという妖精がその木に棲んでいる。ネーフは眠りの妖精で、眠りの唄を歌うことで人や動物を安らかな眠りにつかせる力を持っているという。
そのネーフが、ある日から突然歌えなくなった。
声が出なくなったのだ。
生きる者達を、安らかな眠りにつかせる。そのことを喜びとする妖精。
その喜びを、声を、歌を奪われた。
ネーフは声を失っただけでなく、やがて次第に体調を崩し、今では彼女自身が眠りについて起きなくなってしまったのだ。
パロ・ビエホの支離滅裂にも近い言葉を、アージュは何とかそこまで並び替えて事情を判断した。
細かい部分は不明だが、大きく間違ってはいないはず。
そして、グレイヴァやアルテのことを話して「彼らが行くから待つように」と必死になだめすかしたのだ。
力を失い、弱っている妖精とは違って、しっかり土地に根付いている木の位置は簡単にわかった。
それがこの村、エスターシャンなのだ。
村の西南に、小高い丘がある。その頂上となる位置に、パロ・ビエホは立っている。まるで、村の見張り役のように。
そんな木だから、村へ入ったグレイヴァ達はすぐに目的地を見付けられた。丘の上に木は数本立っているが、パロ・ビエホに比べれば巨人と人間の子ども程に大きさが違うからだ。
「あれか」
「見張り役と言うか……守り神のようですね」
グレイヴァ達は、木の立つ所へまっすぐに向かう。
太い枝を大きく広げ、たくさんの葉を茂らせている木の下へ行くと、太陽の光が遮られる。ひんやりした風が通り過ぎて、気持ちよかった。
知らず、ほっと息をつく。
「この木、だよな」
「ええ。この木のどこかに、ネーフがいるはずです」
これがアージュの話していた木なら、眠ってしまった妖精はこの木のどこかに棲んでいる。
「……こうして近くで見ると、思ったよりもでかい木だな。お伽石があった木程じゃないけど、幹が太くて高いし、枝や葉も多いし。眠ってるんなら、呼んでもその妖精は出て来ないよな」
陽当たり良好な場所に立っているため、木の幹は大人二人くらいで何とか抱えられるであろう太さ。枝も多いし、太い。冬なら落ちたりするであろう葉も、今の季節には青々として、太陽の光を目一杯受けている。
どんな姿をしているのかもわからない妖精を、ここから見付け出すのはかなり大変な作業だ。
「日当たりや、色々な条件によって、もっと大きな木はいくらでもありますよ。しかし……確かに探すのは難しそうですね」
「パロ……ビエホ、だっけ? こいつが教えてくれりゃいいんだけど」
「うーん。それができれば、話は格段に早いですけれど……。残念ながら、木に発声器官はありませんからね。さすがに、それは無理でしょう」
「でも、アージュとしゃべったんだろ?」
だから、妖精の危機を知って、グレイヴァ達はここまで来たのだ。
「夢と現実では違いますよ。それに、アージュの時はしゃべった、と言うよりは、念じゃないですかね。ぼくも植物が夢を見るというのは、今回のことで初めて知りましたし」
木も花も、自由に話ができるのかも知れない。でも、それは夢の中でのこと。現実の世界で、木がべらべらしゃべるとは思えない。
魔法がかかっている木や魔物に近い木ならともかく、これは普通の木だと聞いている。
「教えてくれないなら、捜すしかないでしょ。あたし、ちょっと上の方を見て来るわ」
周りに人がいないことを確認してから、フィノはそう言って木に登る。黒く小さな身体が、軽々と上に向かって行った。
「実は根っこの方に隠れてる、なんてことはないよな。それじゃ、村の人間なんかに見付かったりするだろうし」
「グレイヴァ、前にも話したと思いますが、妖精の姿を見るには目が必要なんです。村の人がここへ来ても、そう簡単に姿を見られることはないと思いますよ」
「あ、そっか……」
妖精が自分から姿を現すか、人間が妖精を見る目を持たなければ、彼らの姿を見付けることはできない。
そのことは、以前にアルテから聞いた。
だとすれば、根っこの辺りで妖精が眠っていても、人間にはわからない。
「じゃ、下にいるかも知れないってことだよな。この木、かなり大きな根っこだし、陰になってる部分に隠れてるかも」
人間に見付からない、とわかっていれば、上の枝に隠れる必要はない。
それに、具合が悪くなったのなら、そもそも上へ行けなかった、という可能性も有りだろう。
「そうですね。上はフィノにまかせて、ぼく達は目の届く範囲で近辺を捜してみましょう」
アルテに言われ、グレイヴァは太い根っこの盛り上がった部分にできた陰などを覗き込む。アルテは妖精が木の「中」に隠れていないか、気配を探った。
……て……る……か……?
何か声が聞こえた気がして、ひざまづいて根っこの辺りを探っていたグレイヴァは上を向いた。
「アルテ、何か言ったか?」
「え? いいえ、ぼくは何も」
「気のせいかな。声が聞こえたような……あ、でも、アルテの声じゃなかったな」
もっと低い声で、頭の中に響いてきた気がする。ただ、かなりかすれていたし、何を言ってるのかはさっぱりだった。
……たす……られ……?
気のせいだった、ということにして、再び妖精探索に戻ったグレイヴァ。だが、またさっきと同じ声が聞こえた。
「アルテ……また聞こえたぞ。俺だけか?」
「いえ、今度はぼくにも聞こえました。フィノ、そちらはどうです?」
アルテが上にいるフィノに声をかけると、葉の間から小さな黒ねこの顔がのぞく。
「聞こえたわ。やけにしんき臭い声で、耳と言うより頭の中で聞こえたわよ」
フィノの言葉に、グレイヴァとアルテは顔を見合わせた。
周囲を見回し、自分達以外に人がいないことを確認する。
それから改めて、堂々としたたたずまいの木を見た。
「もしかして……こいつがしゃべってんの?」
「話し掛けてきているんでしょうね。周りに人がいないので、安易に妖精の名前を口にしてしまいましたが……それを聞いて、アージュが話していた人間が来た、とわかったんでしょう」
「つまり、意思疎通ができるってことよね。じゃ、ネーフがどこにいるか、教えてもらえばいいじゃない」
言いながら、フィノがスルスルと下へ降りてきた。
「けどさ、かすれてただろ。ちゃんと聞き取れるかな」
「ぼく達の意識が、別方向にあったからですよ。耳を傾ければ、ちゃんと言葉が……わかればいいですが」
「アルテが弱気になるなよ」
グレイヴァにすれば、ここは知識と経験が多いアルテ頼み。弱腰になられても、グレイヴァは交代できない。
「ですが、ぼくも木と話をする、というのは初めてですからね。とにかく、やってみましょうか」
アルテは、木に手を添えた。
「パロ・ビエホ、ぼく達は夢の妖精アージュが話していた者です。眠りの妖精ネーフを助けるために来ました。ネーフがどこにいるか、教えてもらえますか?」
アルテが話し掛けても、返事がない。さっきのかすれた声さえも、聞こえなかった。
「言葉が通じてない、とか? 妖精語でないとわからないって訳じゃないよな」
「何言ってんのよ。妖精だって、あんたと同じ言葉を使ってるでしょ」
「あ、そっか。けど、返事がないってのは、言葉が通じてないか……信用されてないってこと……じゃないよな、まさか」
「ただの人間がいきなり来て、妖精の名前を口にするなんて、木だって思わないわよ。言葉にできるまで、単に時間がかかるだけじゃないの?」
「自分の気持ちを人間の言葉に置き換えるのに、か?」
それも、有りかも知れない。
木が普段使うことのない言葉を使うとなれば、グレイヴァ達が思う以上に大変なのだろう。
「待ってください、グレイヴァ。返事がありましたよ」
どこに、と言い掛けて、グレイヴァの言葉が止まる。
アルテが幹に添えた手の少し上にあったうろが、ゆっくりと大きくなっていくのを見たのだ。
最初に見た時は指が二本入る程度の大きさだった穴が、拳大にまでどんどん広がっていく。
「木って……こんなに動けるのか」
「さすがは妖精が棲む木、といったところでしょうね」
「こんなことができるの、きっと今だけよ」
フィノがアルテの肩にひょいっと乗り、六つの目でそのうろを覗き込む。
うろの中には、妖精が横たわっていた。





