表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/381

光るコケ

「あの子から、魔法使いらしい空気は感じなかったわ」

 ベッドに入っているのでもう眠った、と思っていたフィノが言った。

「らしい空気?」

「魔法の気配って言うのとは、ちょっと違うんだけど。魔法使いには魔法を使ってない時も、それなりに独特な空気があるの。オーラって言うのかしら。アルテの魔法使い仲間も、似たような空気を持ってた。もちろん、あたしが知らないだけで、そういうオーラを隠してる魔法使いも存在するだろうけど。マルサラに関しては、魔法使いじゃないわね」

「そっか……。妖精を見ることができると、こういう状態になる、とかは?」

「魔法とは違いますし、ああいう影響が出るとは思えませんね」

「もういいじゃない。今回は石を探すのであって、マルサラの身体の謎の究明じゃないのよ。グレイヴァ、さっさと寝て明日に備えなさい。本当に魔物に喰われても、知らないわよ」

 フィノにほとんど蹴られるように(いや、実際に蹴っていた)ベッドへ入ったグレイヴァだった。

「ランプは一つあれば、たぶん十分だと思うわ。あと、中で迷ったりしないよう、糸玉を持って」

「洞窟の中って、迷路みたくなってんのかな」

「奥の方まで入らなきゃいけないようになったら、帰り道が不安でしょ。あ、魔法使いはそんな心配、しなくていいのかしら」

「いえ、やはり備えがあれば、気の持ち方も変わります。ありがとう、マルサラ」

 何が起きるかわからない場所へ行くのだ。今のうちにできることは、少しでもしておきたい。

「それじゃ、出発しましょうか」

 食事が済み、自分が用意した物を持つと、マルサラは出かけるそぶりをする。

「え、マルサラも行くのか? 昨日、アイレトルからあれだけ止められてたじゃないか」

「場所だけ教えてもらえればいいんですよ。危険だと思われてる場所へ、わざわざ女性が(おもむ)くことはありませんから」

「でも、フィノだって女性でしょ」

 子どものように見えても、焦点の合わないような表情をしていても、言うことはちゃんと言うマルサラ。

「魔法使いじゃないけど、あたしも魔法は少々たしなむのよ」

「……魔法って、たしなむって言うのか?」

「いいのよ、そんなこと考えなくても」

 フィノが軽く睨む。

「……連れてってもらえないなら、場所は教えない」

 マルサラは、いきなりそんなことを言い出した。

「あーらら。急に強くなったわねぇ」

「あたしだけ輪の外にいるの、いやだわ」

「ですが、マルサラ。危険ではないですか? ぼくの魔法では、守り切ることができないかも知れませんよ」

「構わない。自分の身は自分で守るわ」

 何を言っても引きそうにない。マルサラの決心は堅いようだ。

「本当に何かあったら、俺達がアイレトルに殺されかねないよな」

「レトルが心配してくれるのはわかるけど……あたしは妖精達のために何かしてあげたい」

 魔法使いでなければならない、と言われた。でも、魔法使いの手伝いくらいならできるはずだ。

「昨日、東にある丘、と言っていましたね。そこへ行けば、すぐではなくても見付かると思いますが」

「あ……」

 場所はすでに教えていたのだ。詳しくはまだだが、おおよその場所さえわかれば行けるはず。

 マルサラは自分の話していたことを思い出して、うつむいた。

「でも、知らないうちに後ろからついて来られたりしたら、困りますからね……」

 アルテの言葉に、マルサラが顔を上げた。

「改めて、場所を教えてもらえますか?」

「はい!」

 マルサラが元気に返事した。

☆☆☆

「あ、そうだ。すっかり忘れていたけど、ねこがいなくなってるわ。グレイヴァを屋敷へ連れて帰る時、一緒に黒ねこが馬車へ乗ってきたんだけど。あなた達のねこなの?」

「え? あ、ああ、あの子? かわいいでしょ?」

 フィノの言葉に、グレイヴァがけっという顔をする。

「人を見て、態度を変える奴なんだよな」

「どこか居心地のいい場所を見付けて、くつろいでるのよ。気にしないで。街を出る時は、ちゃんと戻って来るから」

 グレイヴァの頭を押さえ込みながら、フィノは笑ってごまかした。まさか、ここにいる、とは言えない。

 フォーレン家を出て、東へ歩く。いくらも行かないうちに、(くだん)の丘は現れた。

 マルサラの後をついて行くと、大きな横穴のある所まで来る。その穴の入口に立って後ろを向くと、穏やかな水面の湖が見えた。

「屋敷からもっと離れてると思ったのに、近くなんだな。……化け物が出るかも知れないような洞窟のそばで、怖くないのか?」

「今までに見たことはないし……いてもきっと怖くないわ」

「……マルサラ、何か隠していませんか?」

「え?」

 アルテの問いに、マルサラはきょとんとした顔を向けた。

「そう思ったのは、ぼくの勘ですが。今、少しだけためらいのようなものを感じたんです」

「別に隠しては……」

 マルサラは、少し言いよどむ。

「あたしは、この中に化け物がいたとしても、本当に怖くないと思う。それだけよ」

 本人がそう言うので、アルテはそれ以上何も聞かなかった。

 マルサラは持って来た糸玉の糸の先を、洞窟のそばに立つ木の幹にしっかりとくくりつける。それから玉の方をマルサラが持って、一行は洞窟へ入った。

「ランプ、火をつけないのか?」

「まだ明るいはずだから」

 言われた入った洞窟は、入っても確かに暗くなかった。

 入口からの光が入っているせいではない。洞窟全体がほのかに明るいのだ。

「どうして明かりもないのに、こんなに明るいんだ?」

「これは……発光性のコケ、ですね」

 洞窟の地面にも壁面にも、さらには天井までも、コケがびっしりと生えている。そのコケが、淡い黄色の光を発しているのだ。

 真昼の空の下、とまではいかないが、ランプなどなくてもつまづかずに歩けるし、互いの顔もちゃんと見えている。

「これがあるから、ランプは一つでいいって言ったのね。マルサラは、ここへ入ったことがあるんでしょ」

 フィノの言葉に、マルサラは小さくうなずく。

「昨日、話してたでしょ。母が死んだ時、とても悲しくて悲しくて。泣きながら家を飛び出して、気付いたらここへ来てたの。ここへ入った時はとても明るかったから、驚いたわ」

「で、その時に化け物はいなかったから、いないんじゃないかって思ったんだな」

 本当にいないのなら、石を見付けるのには好都合だ。

「で、この奥へ行けばいいのか」

「小さな泉が会って、その中に石があるはずだって」

「洞窟に泉?」

「雨水が地面を抜けてたまったか、湧き水があるんじゃないですか。それとも、湖がすぐそばですから、地下の深い所でつながっているのかも知れませんね」

「この辺りはこのコケが全部、水を吸ってるのよ。やーん、やな感触」

 水が好きではないフィノ。歩くたびに足の下でグシュッという音に、心底いやそうな顔をしている。

「こんなことになるもっと前、源水石についてシューレから聞いたことがあるの。その石は、泉の中で育つんですって」

「石が育つ? そんなの、ありかよ。風雨にさらされて、しまいには砂になるってんならわかるけど」

「あたしも初めは驚いたわ。その時は場所まで教えてもらわなかったけど、本当にそうなんだって。湖の中にある石の力が弱くなったら、その泉の石と取り替えるって話をしてくれたの」

 力が弱くなったら取り替える……って、お(とぎ)石もそんな感じだったっけ。

 以前に助けた妖精の顔を思い出しながら、グレイヴァはマルサラの話を聞いた。

「こんなことになってしまって、シューレはこの場所を教えてくれたわ。でも、本当は人間に知られたくないみたい」

 場所を教え、それを持って来てもらわなければ、自分達の命に関わる。

 妖精にすれば、背に腹は代えられなかったのだ。

「妖精の力の源となる石なら、どんな力や魔力を秘めているかわかりませんからね。知った人間が、奪いに来ることだってあるでしょう。その石を命の(かて)としている妖精にすれば、おいそれとは話せませんよ。このコケも、実は侵入者を追い返すために生えていると思います」

「こんなぼやーっと光ってるだけのコケが……か?」

 うすぼんやりと、辺りを照らすコケ。

 グレイヴァ達にすれば、ランプなしで歩けるからありがたいのだが。だいたい、こんなコケに侵入者の排除ができるのだろうか。

「ここは化け物が出る。アイレトルも言ってましたが、そのことは他の人も知っているでしょう?」

 アルテに聞かれ、マルサラはうなずいた。

「この洞窟は、化け物の棲み()と思ってるわ。あたしが普通じゃないのも、その化け物のせいだって言う人もいたりするし。父が留守がちなのは、化け物から逃げてるからだって言われたりもする。使用人が逃げないのは、金が必要で何かすねにキズを持った奴ばかりだから、とか……」

 ずいぶんな言われ様である。

 こう言う人は少ないのよ、とマルサラはフォローした。

 だが、彼女が知っているということは、それなりの数の人間がそう思って口にするから、少女の耳にもその声が入ってくるのだ。

「こうして見る限りは、ただ光っているだけで何の害もなさそうですね。でも、入って来る人間がいたら光を加減し、影を作ったりして脅かすんじゃないでしょうか。こういった空間では、自分の影さえも得体の知れないものに見えてしまいますからね」

「光が強くなったり、弱くなったりするのか? 太陽が雲に隠されてそうなるってんならわかるけど」

「あくまでも推測です。どこか一方が、そうですね、進行方向のコケが光を落として暗くなるとしましょう。天井も暗い方がいいかも知れません。光が後ろから当たると、前に影ができますね。でも、最初に入った時は周り全体が明るいから、いきなり現れたそれが自分の影だとわからない。初めからランプなどをつけて、その光でできた影を見ていれば、そう驚くことはないでしょう。ですが、ふいに現れた黒い物体が実は自分だなんて、余程冷静でなければすぐには気付きませんよ。ほら、あんなふうに」

 アルテが歩く先を指差すと、黒く大きな山がいくつも動いている。

「げっ……本当に出た」

 強い光に照らされているのではないので、影そのものもひどくぼんやりとした輪郭でしかない。

 前置きも何もなくこれを見たら、普通の人間は驚いて逃げ出すだろう。

「明るい暗いの差なんてわからないのに……でも、影ができるように調節してるのね」

 ずっとアルテの説明を聞いていたせいか、マルサラも悲鳴を上げることなく落ち着いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ